それは、「いつか」きっと。

―― Irgendwann, irgendwo 1

「アルベルちゃ~んっ!!」
ドップラー効果すら伴って響き渡る声。アルベルは顔を引きつらせると、思わず脊椎反射的に走り出していた。
「待ってよ~。アルベルちゃ~ん!」
「なら追いかけてくんな!!」
アルベルを追いかけるピンク色の弾丸、スフレはぷくっと頬を膨らませると、断罪者すら倒したことのあるケープをぐっと掴む。
一秒で目標を補足。
「えいっ!」
「ぐはっ」
狙い違わず目標――アルベルの後頭部にケープの重りが直撃し、声もなく倒れる漆黒団長。スフレはそのままの勢いでうつ伏せの彼に駆け寄ると、ぽすんとその背に飛び乗った。
「……っ!!」
いくら少女の身体が軽くても、何しろ慣性の法則というものが存在する。反応のなくなったアルベルに、あれ? とスフレが首をかしげると、その下敷きにされながら悶絶のち気絶した、非常に情けない漆黒団長の姿があった。

「ひどいよアルベルちゃんっ、いきなり逃げ出すし勝手につぶれるし」
「……何の用だ……つーかまず退け」
「やだ。だってアルベルちゃん逃げるんだもん!」
「――逃げねえから……」
軍事国家アーリグリフ、王都アーリグリフ。雪の積もる道端に押し倒されれば、さすがのアルベルだってきっと風邪を引く。ただでさえ腹やら腿やらがむき出しの、季節やら気温やらを無視した格好なのだ。風邪の一つくらい、引かないほうがおかしい。……何より道行く人々の視線が、寒いとか冷たいとかを通り越して、痛い。
――ああ、これがアーリグリフの誇る三軍の長の姿か。
しぶしぶ納得したらしいスフレが退いたので、雪をはらって立ち上がり、さっさと背を向ける。あー、アルベルちゃんのウソつきー、などとやかましい声に大きく息を吐いて、とりあえず彼は振り向いた。
「……こんなところで立ち話しろとでも言うのか阿呆。付いてこい」
「へ? ……うんっ!」
膨れっ面が呆気なく満面の笑みに変わって、ころころと表情の変わるのが面白くてかすかに頬をゆるめる。脚を踏み出せば鈴の小さな音が立って、ざくざくという雪を踏む音に、さくさくりんりんと軽く賑やかな音が重なった。

◇◆◇◆◇◆

アーリグリフ城内で、すれ違った女官に飲み物を命じる。アルベルちゃんって偉そうだよねー、とつぶやくスフレに、うるせえ、偉いんだよ俺は、などと返して入った一室。物珍しそうにきょろきょろする落ち着きのない姿に椅子をすすめて、アルベル自身はベッドに腰を落ち着けた。
「……で?」
やがて運ばれてきた飲み物をすすり、身体がある程度温まったところで促す。
「ほぇ?」
両手で大事そうにカップを抱えた顔がきょとんとして、そしてすぐに、えへへ、とほころんだ。
「……あのね、」
ふーっふーっと、湯気の立つホットミルクを冷ましながら、上目遣いがアルベルを見る。
「もったいぶるな阿呆。どうせお前のことだ、大したことじゃねえんだろ」
「あ、ひどいよアルベルちゃん。今日のは大したことだよ!」
「ほう。……いつものはどうでもいいことだと認めるんだな」
「そんなことないけど!!」
くつくつと笑うのにむーっと口を尖らせて、憤慨しているとばかりに椅子の両足をぶんと振る。靴に付けた鈴がしゃんと鳴って、ばたばたと足を動かすたびに、しゃんしゃんと音が重なった。
最初はやかましくてカンに障ってどうしようもなかったその音が、今となっては気にならないどころかむしろ心地良くて。機嫌良さそうに細くなる緋色に、怒っていたはずのスフレが小さく息を吐く。

「……あのね。今日はサヨナラを言いに来たの」
「――あ?」
聞き返すと、蜂蜜入りのミルクを一口。揺れる水面に目を落としたまま、
「明日ね、一座のみんなを乗っけたディプロが迎えに来てくれるんだって。それから最寄りの宇宙港におろしてもらって、みんなで一緒にまた興行をするの」
「……ほう」
ブランデーを落とした茶をすするアルベル。
「お前が行くってことは、他のやつらもいっぺんにいなくなるってことか?」
「んとね、フェイトちゃんはなんだかここに残る、みたいなこと言ってたけど」
「……一番いらんやつが残るのかよ……しっかし、まったく聞いてなかったぞ俺は」
「なんか、みんながみんな、誰かしらが言ったと思い込んでたみたい。……アルベルちゃん、付き合い悪いから」
「余計な世話だ」
憮然としてつぶやくのを深い色が見つめている。
飲み物をすする音と薪がはぜる音。ときおりスフレが脚を揺らすたびに部屋に立つ鈴の小さな音。

◇◆◇◆◇◆

「……アルベルちゃん、驚かないんだね」
中身が空になった、まだ温かいカップを抱えたスフレがやがてぽつりとつぶやいた。サイドテーブルにカップを置きがてら、暖炉のそばにしゃがみこんで薪をつついていたアルベルが、ぴくりと眉を跳ね上げてそんなスフレを肩越しに見やる。
「お前らがいなくなることなんざ、最初から分かってたことだろ。こっちに戻って来てから、顔突き合わせるたびにンなこと話してやがったし。今さら驚くようなことじゃねえだろうが」
「だって、それがいつか、なんて全然知らなかったんでしょ?」
「あのな……。ガキじゃねえんだ、いつまでもくっついてダンゴになっててどうする。
それでなくともこっちは戦争のゴタゴタで忙しいんだ、別れを惜しんでる暇なんかねえんだよ。――生きてさえいりゃ十分だろうが」
冷たい物言いに、またしてもむっとなったスフレが見えるようで、そんな彼女から目をそらしたアルベルは苦笑する。
――そう、生きていれば十分だ。アルベルがディプロに乗り込んだ時には、何だかんだ言ってこうしてアーリグリフに戻って来ることができたのだから。こちらから連絡を付けることができなくなっても、星の船の科学力のことだ、きっとしばらく経ったら思い出したようにひょっこりあらわれるに決まっている。
気配と鈴の音が近付いてきて、彼の横にしゃがみこんだスフレは。しかしそんな考えを読んだように困った笑いを浮かべていた。
「……あのね、多分アルベルちゃん勘違いしてると思うんだけど、」
「あぁ?」
「エリクールの人たちが自力で宇宙船作れるようになるまで、ホントはアタシたちここにひょいひょい来ちゃいけないんだよ? 連邦にバレちゃったら、軍法会議で裁かれちゃうの」
「軍……?」
「うん。アタシはよく知らないけど、なんだか普通の裁判よりもキビシイんだって」
だから……、と続けかけたスフレが、小さく首を振るとまっすぐにアルベルを見上げた。

―― Next ――
2004/02/13執筆 2004/06/04UP
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Irgendwann, irgendwo 1 2
[最終修正 - 2024/06/26-15:08]