「アルベルちゃん。あのね、アタシね、……アルベルちゃんが好きだよ」
「……あ?」
脈絡のない告白に、アルベルは目を瞬いた。そもそもスフレがアルベルを好きだと連発することなど珍しくもなくて、それ自体にはもうすっかり慣れてしまっていた。
――彼女の「好き」は、家族などに対するそれだと、アルベルは思っている。

―― Irgendwann, irgendwo 2

「なんだいきなり」
「今ならね、保護条約を取り締まってる連邦がしっちゃかめっちゃかだから、今ならアルベルちゃんを連れてっても大丈夫だと思うんだ。二度とアーリグリフに戻れないかもしれないけど、そのかわりに宇宙を旅することができるよ」
「……なんだ?」
炎に当たって熱くなった小さなてのひらが、アルベルの服の裾をきゅっと掴む。
「アタシは、アルベルちゃんが好きだよ。アタシのお婿さんになってくれるなら、そう約束してくれるなら、今ならアルベルちゃんを連れて行くことができる。アルベルちゃんの剣の腕なら、剣舞で十分興行になるから、一座のみんなもきっと歓迎してくれる。
ねえ、アルベルちゃん、そうすればみんなにもいつでも会えるよ。……一緒に、来てよ」
言われた内容よりも、どこまでも澄み切った、今にも泣き出しそうな瞳の深さに目眩を感じた。純粋で無垢でその分危うくて、守ってやらなければならない何か。恐れを知らないからどこまでも強くて、同時に脆くて、目を離した途端に消えてしまいそうに儚くて。
吸い寄せられるように手を伸ばしかけて、動いた視界にはっとする。抱きしめようとしていた手で小さな頭を軽く叩くように触れて、スフレに気付かれないように動揺を押し隠した。
「……ガキがひとりで突っ走るな。この国に戻れねえ? ただでさえ戦争で人手不足なんだ、無茶言うんじゃねえ」
「でも……!」
「でも、じゃねえよ。てめえ勝手な満足に他人を振り回すな、ガキ」
くしゃり、乱暴に髪をかき混ぜてやる。大きな瞳が揺れて、涙がぽろりと頬を伝う。
「ガキガキ、って……っ、アタシ、ガキじゃないよ……っ!!」
「さっきの思い付きはお前のワガママだろ。泣いて我を通すのはガキのすることだろ。そのうち嫌でも大人になるんだ、認めとけ、ガキ」
「アルベルちゃんの、意地悪……!」
「そうじゃねえだろうが……」
ため息。それでも服の裾を握り締めた手は緩まない。そのうちに、ぎゅっと色気も何もなく抱き付かれてアルベルは対応に困った。

◇◆◇◆◇◆

「アタシのこと、キライ?」
「……いや」
とりあえず絨毯の上に腰を下ろす。
「アタシ、迷惑?」
「そうだったら放り出してる」
胡座をかいて、その中にスフレを閉じ込める。――まるで猫か何かの相手をしているようだ。
「アタシって、ガキ?」
「今はな」
年ごろの女だったら、こうして気軽に男に抱き付いたりしないのではないか、などと思いながらアルベルはその銀髪を指に絡めてみる。
「……分かった」
言葉と共に身体が離れて。いつの間にぬぐったのか、涙の痕まできれいに消えている。
「今のアタシに手なんか出したら、アルベルちゃん、まるでロリコンだもんねっ。分かった、今は無理言わない」
言うに事欠いてロリコンとまで言われて、喧嘩なら買ってやろうかと物騒なことを考えるアルベルの、毒気を抜く満面の笑顔。
「今、アタシ十四歳なんだ」
「……知ってる」
見事に一回り離れた相手なのだと、そう知った時、自分でも驚くほどに愕然とした。
「でね、連邦法だとあと二年、十六歳で結婚ができるの」
「ほう」
ここでキッとまなじりをきつくすると、胡座をかいたままのアルベルにスフレはびしりと指を突き付ける。
「見ててよねっ、アルベルちゃんがアタシの成長見なかったこと心底後悔するような、ものすごい美人になってやるんだから!」
「……なるのは勝手だが、それをどうやって俺に認めさせるつもりなんだ」
そうそうここには来ることができない、そう言ったのはスフレ本人ではないのか。
ツッコむと、にんまりとした笑顔が浮かぶ。
「二年後のアタシの十六歳の誕生日に、絶対にまたここに来てあげるっ! 多分バタバタしてて公演ができないのは、すっごく残念だけどねっ」
大して広くもない部屋の中、何にもぶつからずに器用にくるりときれいなターンをしてみせて、
「アタシに見惚れたなら、アルベルちゃん今度こそアタシのお婿さんになってもらうからね! カクゴしてなさいっ」
「つーかその時に別の奴に惚れてたらどーすんだよ」
「……アルベルちゃんが?」
「阿呆。お前が、だ」
十四歳の二年と二十四歳の二年では、持つ意味が違う。
そうと指摘してやると、突き付けた指をちっちっちと振ってみせるスフレ。
「アルベルちゃん、アタシをナメないで。たった二年で他の男に目移りなんかしないよ」
「……ほぉ」
自信たっぷりなその様子にため息を吐くと、ふとスフレはなにやら考え込んでいた。ぽんと手を打ち合わせると、懐から見慣れない機械を取り出し、さし出してくる。
「これ、それまで貸しといてあげるね」
アルベルの手に押し付けたそれの、ボタンをいくつか手慣れた様子で押すと、何かの文様が表示された。
「ここの暦とアタシたちの暦とはやっぱり違うから。……ええと、何か書くもの……」
くるくると動き回るスフレに気圧されながら、アルベルは横を指差す。
「そこの机の上の、」
「ありがとっ!」
呆気にとられて見ていれば、ファクトリーでいつか見た、落書きみたいな勢いで何かを書いて、
「その画面がこれと同じ表示になったら、その日がアタシの誕生日だから。待っててね、絶対イイ女になってあげるからっ」
羊皮紙をずいと突き付けられ、勢いそのまま受け取る。淡い黄色の紙ごしに少女を見れば、先ほどまで半泣きだったことはもうまるで分からない顔で、偉そうに腕まで組んでいる。
「だから、アルベルちゃん。それまで何があっても死なないこと。アタシのこと忘れないこと。……未来のアタシに釣り合うような、もっとイイ男になってることっ!」
「……フン」
そっぽを向くアルベルの頬を、スフレが両手で包み込んだ。小さなてのひら、指全部にはめた指輪がアルベルにはごつごつと変な感じにくすぐったい。
「アタシも、絶対に死なないしアルベルちゃんのこと忘れるはずないし、本当に、たとえば道歩けばみんなが振り返るようなものすごい美人になってあげるから」
うなずかないと離しそうにないので、彼はため息を吐いた。そうしてからまっすぐ目を合わせて、口元を歪めてやる。
「……そうだな。まあ、期待しないでおく」
「なんでっ!? ――アルベルちゃんのバカっ、とーへんぼく、分からず屋っ!」
もういい! ぷりぷりしてくるりと背を向けるスフレに、笑う。

喜怒哀楽が激しくて、物怖じしないで、アルベルなどよりよほど無茶をして、その割に運がいいのかあまり怪我をしないで、他者の傷を自分のように受け止めて、泣いて怒って笑って――どこまでもまっすぐな少女は。二年後、きっと彼女にふさわしい男を見つけていると思う。多分、アルベルよりもずっと釣り合う相手を見つけていると思う。
この、妹がいればきっとこんな感じなのだろうという感情は。決して不快ではないけれど、扱いに困る。自分がそんな感情を抱くことが嫌というわけではないけれど、居心地が悪い。
そしてそれは、どこまでいっても「親愛」でしかないと思う。
――それでも。
「……待っててやるよ」
ぼそり、つぶやいて。
二年後。スフレが本当に彼に会いにここに来るのなら、それを待つのを、その日が来るのを待つのも悪くないと、そう思った。スフレはきっとスフレのままだろうと、そんな彼女でいてほしいと、そんな彼女と、今より少しだけ大人になった彼女に会ってみたいと。
そう思うのは真実だから。そう願うのは真実だから。
「お前の行く道に、幸多からんことを」
――せめて、心からの祝福を。

◇◆◇◆◇◆

つぶやきが届いたどうか分からないままに、銀髪がドアをくぐって。アルベルはそこでふと気付いた。
「……おい、お前がここに住むのは選択肢にないのか?」
「冗談!」
ぱっと振り向いた顔には、やはりいつもの満面の笑み。多分先ほどの、あの言葉が聞こえていたのだろう。だから呆気なく機嫌を戻したのだろう。
「アタシの野望は、この銀河系イチの踊り娘になることなんだからねっ! アルベルちゃんには悪いけど、アーリグリフとかエリクールじゃアタシに狭すぎるの!!」
「……ギンガケ?」
「そ。……平たく言えば、宇宙一!!」
――風呂敷が大きいにもほどがあると思うのだが。
アルベルのそんな呆れた表情を読んだスフレは、またまたぷくっと頬を膨らませて、
「それも二年後嫌でも認めさせてあげるからっ! じゃあねっアルベルちゃん、ばいばいっ」
「……おう」

鈴の音が遠くなる、太陽のような笑顔が遠くなる。
けれどそれは、またきっと聞くことが見ることができるから。他愛もない約束を、彼女はきっとずっと覚えているだろうから。だから今は、このなんとも言えない淋しさなど知らないことにしておこう。らしくなくてもいいから、未来の彼女に思いを馳せていよう。

いつか、きっと。
――約束は、果たされる。

―― End ――
2004/02/13執筆 2004/06/04UP
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Irgendwann, irgendwo 1 2
[最終修正 - 2024/06/26-15:08]