「ふひぃ~。久しぶりの我が家って感じだぜ」
「あはは。クリフ、親父くさいよそれ」
もうすっかりお馴染みになったディプロ転送室。伸びをしながらのクリフの台詞に、フェイトが爽やかな笑顔でツッコむ。
「……じゃあ、明日の朝まで自由行動ってことで」
「うん、分かった。スフレちゃん、細工一緒にやろう?」
「そーだねソフィアちゃん!」
「マリエッタに報告書もらって……思ってたより長期サボってたから頑張らないと」
「……フン」
三々五々散った仲間たち。フェイトのツッコミがざっくり来たおかげで反応が遅れ、最後に残ったクリフはあらためて伸びをした。急に眠気がこみ上げてきて、自室に向かいながらあくびを噛み殺す。
別に急いですることはないし。それこそ親父臭いが、久々にゆっくり眠ろうか。

―― Sein Beruhigungsmittel 1

ディプロの一角、個人部屋の並ぶ廊下の一番奥。数ヶ月振りの自室には先客がいた。
クリフはわざとらしく片眉を跳ね上げる。
「どうした、ミラージュ」
いつでもにこやかな相棒は、やはりいつもと同じ穏やかな笑みでくすりと笑う。
「……いえ。あなたのことですから、時間ができたら寝だめしようとここに来るんじゃないかと思って、ベッドを整えに来ただけです」
「分かってんじゃねえか」
「長い付き合いですからね。ここ最近ずっと保護者役で疲れてるでしょうから、今日だけ特別サービスですよ」
「……今日だけか」
「はい」
すまして答えて、そして入口に立ったままのクリフの脇をすり抜けようとするのを、その細いウェストに腕を回して妨害する。何ですか? とあわてもせずに見上げてくるのに苦笑して、そのまま彼女を包み込むように抱きしめた。
「……クリフ」
「ん?」
「寝るならベッドで寝てください」
「冷たいこと言うなよ」
自分でも分かる、すでに半分眠った声。しかし抱擁に応えるように背に回されたミラージュの腕が、応えると思いきや器用に締め上げてきて、その痛みに意識が浮上する。
「……いてえっ!!」
「痛いようにしたんだから当然です」
仕方がないのでそのままミラージュを引きずって、クリフは彼女が整えたベッドに転がった。すぐにまた意識が薄れていく。

「クリフ、私は抱き枕じゃありません」
「わあってる。……今日はサービスしてくれるんだろ、このままでいてくれよ」
「いつまでですか?」
「……オレが寝るまで」
もうすでにほとんど寝ているクリフの声に、ミラージュは小さく息を吐いた。
実のところ身体に回る腕には力がほとんど入っていない。逃げようと思えばいつでも逃げられるのだが、本当に疲れているらしいクリフの、その滅多に見せない甘えた様子に毒気を抜かれた。
「仕方ないですね」
つぶやきは、くかー、などという平和な寝息に溶けた。ミラージュはとりあえず居心地の良い場所を探してごそごそしてから、ふっと見上げた男の顔にやわらかく微笑んだ。

◇◆◇◆◇◆

寝たふりなどではなく、完璧に寝入っているクリフ。寝るまで、という約束は果たしたけれど。さてこれからどうしようとミラージュが考えた時、不意に部屋のインターホンが鳴り出した。
「……?」
インターホンに出るのを面倒臭がるクリフの性格は、ディプロに乗っている全員が知っている。入ってほしくない時にはロックかけてるから、用があるならんなもん鳴らさずに直接入って来い、とはディプロに乗り込めば誰でも必ず一回は聞く本人の台詞だ。
それはもうすっかりお馴染みなった、あの青髪の青年たち一行も同じはずで。
ミラージュが途惑っている間にインターホンはふつりと途切れ、入れ代わるようにクリフの通信機が、ぴぴぴぴっぴぴぴぴっ、と賑やかに騒ぎはじめる。眉間にしわを寄せたクリフはごそごそと音源を探り、そしてあろうことかそれをミラージュに押し付けてきた。
「……クリフ?」
訊ねても相手は夢の中。渡されたということはミラージュの判断に任せるということなのだろうと、とりあえず相手を確認することにする。
「マリアから?」
つぶやいて、とにかく通信をオンに。さすがにこの状況を見られるのはと躊躇して、音声だけ。
「ミラージュです。クリフに用ですか?」
「あら。……」
立ち上がった画面に映るマリアは、一瞬目を見開いた。通信先を確認したのだろう、目線が少し移動する。
「そこにクリフはいる?」
「はい。起こしますか?」
「……寝てるのね。それならいいわ、別に大した用件じゃないから」
「……そうですか?」
珍しくインターホンを鳴らして、それでダメなら通信機まで持ち出して。そこまでしておいて大したことがないと言うのは、理知的な養女にしては珍しく説得力がない。
クリフに腕枕をしてもらっている格好のままミラージュがマリアの反応を待っていると、やがて彼女の顔に決まり悪い色が広がっていく。
「……ミラージュには通用しないわね。ええと、リーダー命令でクリフを休ませようと思ったのよ」
「でも、命令するまでもなく、クリフは今寝ていますから」
「ええ。……私じゃミラージュの代わりにはなれないみたいね」
少しだけ淋しそうに笑うマリア。
「もう七年も一緒にいるのに、結局クリフは私の前でも気を抜いたりしないのよ。保護対象者だから、自分がしっかりしてなきゃいけないとかって思っているか、それも無意識のうちかもしれないけど」
「無意識ですね。……クリフのこれは、クセですよ」
マリアの言いたいことが分かって、ミラージュの笑顔も苦い色に染まっていく。

◇◆◇◆◇◆

クリフの眠りは、ありえないほどに浅い。
ほんのかすかな音、気配の揺らめき、そういうものにも敏感に意識が浮上する。そうして寝たふりのまま周囲を探って、音や気配が完全に静まらないと再び眠りに就くことはない。
実際のところ、防音技術の不完全な未開惑星にいる間中、何かしら外部の音が入ってくる環境では。クリフは決して短くはない今まで、本当の意味では一切寝ていないことだろう。
それは確かに戦場なら分かる。一瞬の気の緩みが、自分だけではなく守るはずの味方の危機まで呼ぶとあれば、そうそう休むことなどできるはずがない。しかし、何も銃弾飛び交う敵戦地まっただ中にいるわけでもないのに、クリフは決して眠らないのだ。
元々クラウストロ人の中でも体力がある方だし、寝たふりでもなんでも横になって休んでいれば体力は回復するだろう。――しかし、常に張りつめて、緩むことのない精神は?
睡眠薬で強制的に休ませようにも、クラウストロ人にはそういう薬も効きが悪い。さらにクリフは何度か修羅場を経験しているために、そういう薬物に対して妙な抵抗力がある。効果が出るまで投薬をしたら、きっとそのまま死に直行する。
すべてを知っているマリアは、だからせめて彼が休むことのできる環境を持つ、このディプロにいる間だけでもクリフに寝てもらいたかったらしい。

◇◆◇◆◇◆

「……マリア。心配しなくても、クリフは大丈夫ですから」
何を言えばいいのか少しだけ悩んでから、ミラージュは柔らかく言った。
「あなたのことを信頼していないとか、そういうのとは関係ないんです。この世界に入って一番危険なところで動きたがったのは、他でもないクリフ本人なんですから」
手を伸ばして無心に眠るその金髪をゆっくりと梳いて、
「だからこんな弊害が出ても、それはクリフ本人の責任なんです。あなたが気にする必要はないんですよ」
画面の向こうの彼女は頬杖をついて息を吐く。――今日は珍しい彼女がいっぱいだ。マリアのこんな子供っぽい仕草は久々に見た。
「……で、そんなクリフにとってミラージュは特別なのよね」
「……え?」
すっと笑みの形に細くなる翠の瞳。こちらの映像が向こうに流れているわけではないのに、少しだけミラージュの心臓が跳ねる。
「クリフったら、ミラージュのそばなら安心して寝てるんでしょう? 今だって、こうやって通信してても全然起きないじゃない。いつもなら私が起きているだけで、こっちが何の身動きを取らなくても絶対に寝ないクリフが。
……妬けるわね」
「……マリア?」
「ミラージュ、今日はもう仕事に戻らなくていいわ。そこのでっかい子供の世話をよろしく」
「あの、でも……」
「リーダー命令よ。あなたもたまにはゆっくり休みなさい」
ぴっと指を突き付けて、不適に笑うと通信は一方的に切れた。残像を残して消えゆく画面に、ミラージュはそれこそ珍しい、困惑の色を浮かべる。

―― Next ――
2004/03/12執筆 2004/06/11UP
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Sein Beruhigungsmittel 1 2
[最終修正 - 2024/06/26-15:08]