「先日……まあお前はここに来なかったから知らないとは思うが、彼女がアーリグリフの歴史資料を見せてほしいと言って来てな。確かにそういう資料はここにしかないし、見られて困らないあたりを見繕ったのだが」
「ほう」
「さすがに持ち出されては困るのでその場で読んでもらって、――そこにいるならと先ほどのお前のように少し動いてもらったら、」
少しじゃねえだろ、とは思ったが何も言わずに先を促す。
「――今までの文官武官女官連中よりも、彼女の方がよほど役に立った」
「……それと俺と何の関係がある」
長年仕えた漆黒団長よりも、ほぼはじめて顔を突き合わせた得体の知れない女の方が使えると言われて、さすがに面白くなくて半眼でうめく。
アルゼイはにやりと笑うと書類を置いて指を組んだ。
「どんな手を使っても、彼女が欲しくてな」
「――ああ、そうかぃ」
「腐るな腐るな」
げっそりしてうめくアルベルににやにや笑っていたアルゼイが、そこでいきなり真剣な顔になる。
「真面目な話、戦争で人材がごっそりやられた。我が国の三軍の長からして、一人が戦死、一人が行方不明、まともに動けるのは一番歳を取っている一人だけだ。なのに問題ごとは山積みになっている。使えるものなら猫の手だって使いたい。
誇張抜きに、彼女は俺が知る中で一、二を争う事務処理能力の持ち主だ。多少の無理無茶をしてでも手に入れる価値は十分以上にある」
「――俺じゃなくて本人に言え、そういうことは。言われんでもそれくらい分かってるし、コトが片付いたら俺だって戻ってくるつもりだ。……必要ないなら、適当に旅にでも出るつもりだったが」
「お前が戻ってくるならそれなりに心強いな。……でな。当然、俺も彼女に直接言ったんだ。役職および待遇は国王である俺が約束する。この国に仕えないか、と」
アルゼイは小さく笑う。
「……そうしたら、この国の民でもない自分はその要求に応じられないそうだ。戸籍などならいくらでも用意するのにな」
「星の船の技術を欲しがっていると思わせたんじゃないのか」
ミカイなんとかという条約があって、アルベルにはよく分からないものの、本来ならばこの星の人間には星の船の技術を何一つ教えてはいけないものらしい。アルゼイの話からすると、欲しいのはマリアの事務能力であって、そういう技術うんぬんはこの際関係ないらしいから気にすることはないはずだが。
「そうだな、彼女が去ってからそれに気付いた。まあ、機会があればその誤解は俺が解く。ともあれ、直接で駄目なら、じゃあ今度は搦め手でいこうかと思ったわけだ」
楽しそうに笑うアルゼイは、むしろ難しいパズルでも解くときのような笑みを浮かべていた。難問解決の糸口を見つけた、子供の笑みだ。アルベルは肩をすくめる。
「――その話は分かった。で? なんで俺の身の振り方に話が移るんだ」
「搦め手で、と言っただろう」
アルゼイは再びにやにやと笑っている。アルベルの背筋をなにか冷たいものが走る。
「……あ?」
「単純に書類上の戸籍で問題があるのなら、この国の民になるだけの理由があればいい」
「……で?」
「たとえば養子縁組とか、婚姻契約とか」
にやり。アルゼイの笑みが深くなった。
「実際俺が独身ならその場で求婚してたぞ」
ロザリアに文句があるわけじゃないが、あいつの得意は別にあるしな。
そこまで欲しいものなのか。そこまでこの国の人材は枯渇しているものなのか。
考えてアルベルは眉を寄せる。――多分、違う。それほどの能力を、きっとマリアは持っている。
「――だからって、なんで俺が……」
「ある程度俺に近い奴か、もしくは政治とまったく関わりのない奴か、どちらかがいいだろうということと。この国の独身者で彼女の知り合いといったら、お前くらいのものだろう?」
どうだ反論できるものならするがいい。
人の悪い笑いを顔に貼り付けて、しかし瞳だけは心底真剣に、アルゼイがまっすぐアルベルを見る。ここでどうにかしないと気が付いたら色々と根回しされていそうなことは予想が付いて、アルベルは顔を引きつらせながら何とか反論の糸口を探した。
「あの女、あれでもどこぞの団体のリーダーやっ――」
「本人さえその気にさせれば自分からそのへんの事務作業はするだろうな」
「口うるさい保護者が絶対つ――」
「ああ、あの金髪の。彼もなかなか得がたい人材だな。むしろ望むところだ」
「第一あっちも都合があ――」
「だからこそ婚姻関係を結ばせようと言っているのだ。力ずくでなどと一言も言っていないぞ」
何を言っても瞬時に冷静に返されて、そのたびに追い詰められていくような気がする。
目を泳がせる漆黒団長に、アルゼイはふっと首をかしげた。
「女一人口説き落とす自信がないのか。別に無理にとは言わないが、誰だって得手不得手はあるものだし」
「そんなことあるか馬鹿にするな阿呆!!」
脊椎反射的に声を上げてから、アルベルは固まる。アルゼイがとうとう耐え切れなくなったというように爆笑していた。
「お前、実はまんざらでもないじゃないのか? ……さっきから、一言も拒否していないところを見ると、実はそうなんだろ」
げらげらと、多分こんな笑い方をする王を見たことのあるやつはほとんどいないのではないかというくらい、笑っている。アルベルの頭にかっと血が上った。
真面目ぶっておいて、結局はアルベルをからかうのが目的だったのだろう。
もう何があっても立ち止まるものかと踵を返して入口に向かう。金輪際この部屋に立ち入るものかと硬く決意しながら。
「……くくっ、アルベル」
返事もしない。ドアを壊す勢いでノブを回す。
「――今の言葉に嘘偽りはないからな。気が向いたらで良い、頑張って口説け」
遠慮のない笑い声は、叩きつけたドアの影からも漏れていて。アルベルは肩を怒らせながらずんずんと城を後にした。
後日。漆黒団長が二人の女性を同時に口説いているなどといういわれのない噂がアーリグリフ国内中に広まり、彼を見る視線が真っ二つに分かれたらしい。そしてその噂を入手してきたシーハーツのクリムゾンブレイド及びそれを聞いたクォークリーダーから、アルベルが手ひどい攻撃を喰らったという逸話は――
彼の名誉のために単なる空言だと明記しておこう。
エリクールは今日も平和だ。
