なれるだろうか、かなうだろか。
おれに、おれは――本当に。
タルタロスから海を見ていた。
夜の航海は危険だからと、停泊したそこで。真っ黒な海を、星明りをかすかに反射するだけの深い深い色の海を。一度は仲間たちを心底あきれ果てさせたあの甲板から、手すりにもたれかかるように手すりに肘をついて。
ただ、海を見ていた。
「……ルーク?」
名前を呼ばれて、ゆっくりと顔を向ける。
夜のひそやかな潮風に長い髪を揺らして、ティアがゆっくり歩いてくる。再び顔を前に向けたなら彼女はルークの脇に立った。一度視線が向いて、そして彼と同じ夜の海に向く。
歩くことで立っていた彼女の靴音が、残響が消えたならあとは潮騒だけしかなくて。ほんの時おりタルタロスの船体の軋みのような音も聞こえたかもしれないけれど、基本的にはただどこまでも静かで。
星明りをかすかに反射するだけの夜の海は、視界一面の真っ黒は、ルークの目に彼自身の未来のようにも映って。
それは、
「――何を、考えていたの?」
「んー……いろいろ。考えれば考えるほど暗くなってくって分かってるけど、なんかいろいろ考えてた。
おれのこと、アッシュのこと、……ナタリアのこと。師匠のこと。預言に、大地の崩落に……戦争に、……まあ、他にもいろいろ。考えてもどうにもならないことばっかり、考えてた」
「そう」
静かな声にぼそぼそと返して、自分でも鬱々とした考えにルークは内心ほぞをかむ。
ユリアシティから外殻大地に戻ってきて、イオンとナタリアを救出して、ダアトを出てグランコクマに向かうと決めた。戦争のことも崩落のことも気にかかって、けれどこの身はひとつしかない。一度にやれることはたったひとつしかなくて、それが正しいか間違っているかは結果が出てみないと分からない。
できることからはじめることにした、けれど。一体自分は何ができるのだろう。
考えても仕方がないと、知ってはいるのに静かな夜はどうしても考えがそこに向いてしまう。
ティアは、何も言わない。ただ彼の脇に立って彼と同じように夜の海を見ている。
それがありがたくて、いたたまれない。沈黙が苦しい。
「……「ルーク」……」
「うん?」
ぽつり、つぶやけば彼女の声が向く。それが嬉しかった、自分の声がちゃんと彼女に届いていることが嬉しかった。
嬉しさに後押しされるように、ルークはぽつぽつつむいでいく。
「古代イスパニア語で……聖なる焔の光、だったよな」
「ルーク?」
「意味は知ってたんだ。預言は……アクゼリュスに行けって言われるまで知らなかったけど、自分の名前の意味くらいはちゃんと知ってた」
記憶を失くして――失くしたと思われて、いちから教えられたときに。まず第一に教えられたのは自分の名前で、たぶんそのときからことあるごとに何度も何度もうるさいくらいに聞いていたから。
だから意味は知っていた。
けれど。
「ルークってのはおれの名前で、聖なる焔の光って意味で、そういうもんなんだって思ってて。
けど、おれ、自分がレプリカだって知らなかったからそれを当然て思ってたけど、さ」
脇のティアが怪訝な顔をしているのが分かる。見なくても分かった。ひょっとして、困ったように怒ったように顔をしかめているのかもしれない、そんな気配がした。
見てしまえば言葉が止まると分かっていて、止めたくなかったからまっすぐ前を向いたまま、
「けど、思うんだ。レプリカだって知ってから、それこそ考えても仕方ないくせにどうしても」
――聖なる焔の光、なんて。
「そんな偉い名前、おれ、名乗ってていいのかな……だってどう考えたって、名前負けしてるじゃねーか」
所詮はレプリカでしかない自分が奪い取って名乗るには、その言葉はあまりにも、
「ルーク……」
「いい名前だって思うさ、響きも、意味も。
父上が……ファブレ公爵が、息子が生まれるときに一生懸命に考えたのか、それとも預言にあるローレライの力を継ぐ者ってのに該当するからってつけたのか、それはわからねーけど。
けど、どっちでもそれはいい名前で、本当にそう思うから、おれ、」
「ルーク!」
苛立ったティアの声、細い手がのびてきて両手が頬を包むと、ぐいと無理やり彼女の方を向かされる。勢いで首の筋さえ痛めてしまいそうな、そんな有無を言わさない力だった。
そして無理やり向かされた彼女の目は、なぜだか星明りにうるんでいるように見えた。
首の痛みよりもそちらに、ルークの息が止まる。
