名前に恥じないだけの、おれになれるだろうか。
今はまだ全然届かないけれど、けれど、いつかはかなうだろうか。

―― qui se respecte 2

ルーク、と彼女が呼ぶ。音のない唇の動きだけで、何度も何度も彼を呼ぶ。彼の頬を包んだ手は、儚いくせに離れることを許さない。
またひとつ、ルーク、と名前を呼ばれて、
「……あなたの、名前でしょう」
「でも、おれは、」
見上げるような覗き込むような、ティアの深い瞳。夜で明かりが足りなくて、昼間は極上のサファイアにも負けない蒼が、今は海と同じ色に見える。
それはまるですべての色を内包した、深い深い深い色。

「彼は今アッシュを名乗っているわ。あなたは「ルーク」以外の名前を持たない。
あなたがそう名乗るのをやめたら、わたしはあなたをどう呼べばいいの?」
その深い色がうるんでいるようで揺れているようで、それがとてもとても美しく見えて、息が止まったまま戻らない。

「名前は、記号よ。個人を示す記号、記号に付随する意味なんて二の次でしかない」
いつの間にか、力の入っていた彼女の手がただ彼の頬に添えられているだけになって、その手がなんだかふるえているような気がしてきた。怒りに、ではなくて――多分。多分、感情のわななきで彼女の手がふるえているように思えてきた。
「お願いだから、哀しいこと言わないで」
そのか細い声まで、まるでふるえているように。

そういえば、ずいぶん顔が近い。彼女の吐息を唇に感じる。
気付いてしまえばいよいよ頭の中から言葉が消える。呼吸が止まったままで、いつか頭が酸欠で苦しい。

◇◆◇◆◇◆

「でもティア、おれは、」
「気になるなら、ふさわしくなればいいの。いい名前だと言うなら、それに恥じないあなたになればいい」
苦しい息の中懸命に声を上げるのに、ティアはけれど首を振る。
「あなた、変わりたいって言ったじゃない。変わるからって言ったじゃない。あの時わたしに言って、髪まで切って決意を見せたじゃない」
どうしてだろう、誰よりも強いティアが誰よりももろく儚く見えるなんて。
「どう変わるか決めるのはあなたよ。
まだ決まっていないなら、名前にふさわしいあなたになればいい」
まっすぐに彼を見つめる、深い深い色の瞳。師匠と同じ色の、けれど少なくとも今は、
「名前負けしていたっていいじゃない。今は。いつか負けないあなたになればいい、それでいいじゃない。
あなたはルークなんだから。他の誰でもない、あなたなんだから」
今は、この色はきっと生まれてはじめて見る色で。

でも、と反論しようとしてルークはそこで目を閉じた。ティアの目は確実に、まだまっすぐに彼を見ていると分かったけれど、目を閉じてそれが見えなくなってしまえば、止まっていた息がようやく戻る。
何度か呼吸をくり返したなら、酸欠で白くにごった脳が新しい空気にクリアになっていく。

◇◆◇◆◇◆

聖なる焔の光、なんて。
そんな偉そうな名前。
おれには、レプリカのおれにはもったいないだけの名前、……けれど。

なれるだろうか、かなうだろか。
おれに、おれは――本当に。

名前に恥じないだけの、おれになれるだろうか。
今はまだ全然届かないけれど、けれど、いつかはかなうだろうか。

◇◆◇◆◇◆

「……なれるのかな」
「なるんでしょう?」
ティアの声の響きがやさしかった。思ってそうっと目を開けたなら、声どおりの目が彼を見ていた。
まっすぐ、まっすぐ。夜の海の瞳を、深い深い深い色の瞳を。
何よりも美しい、どんな宝石よりも美しいそれを。
正面から見つめ返すことに気後れを感じたけれど、なんとかどうにかちゃんと目を合わせる。

――聖なる焔の光、そうだ、それに負けないだけの自分に、

「……うん、なりたい。なれるように努力したい」
できることからはじめる、これだってきっと、その一歩なのかもしれない。

ぽつりとつぶやいたなら、ティアが微笑んだ。何ごともなかったように手を引いて、再び彼の脇に夜の海に向いて立つ。ルークもならって、真っ黒な海を、星明りをかすかに反射するだけの深い深い色の海をただじっと見つめる。
漠然とした不安や焦りや、底の見えない黒を怖いと思う気持ちは――彼の中からいつの間にか、どこか彼方に消えていて。

聖なる焔の光、それに見合うだけの自分に、
彼の目にまだ見えない未来は、きっとそれでも、

―― End ――
2006/08/07UP
ルーク×ティア
OFP
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Qui se respecte 1 2
[最終修正 - 2024/06/27-09:55]