彼女の笑みは、見事に咲いた大輪のバラに似ている。

―― sourire crispe 2

「――それよりも、ピオニー陛下? いったいどういうおつもりなのですか」
「どういうもこういうも。手紙にもちゃんと書いたつもりなんだが」
「わたくしには陛下の真意が理解いたしかねます」
「それを訊くためだけにはるばるグランコクマまで来てくれたわけだ? これはありがたいな」
「茶化さないでください」
適当な椅子をすすめたなら、ブウサギの上に座るのは気が引けます、と返された。見ればそこにはゲルダがくつろいでいて、多分いきなり彼女が訪れたことによる動揺は収まっていないのだと思い知る。
彼女は、そして冷たい目のまま腕を組みなおして。そんな些細な動きひとつとっても、変わらず気品と自信に満ちていて。
ピオニーは喉の奥で笑った。
「俺の真意、ね。――単純明快だ、断っておくが嘘でも冗談でも伊達や酔狂でもない。
ナタリア王女、あなたを俺の后に迎えたい」
そして彼女の浮かべる見事な笑みが、引きつったものになるのをじっと見届ける。

◇◆◇◆◇◆

「い、以前……ルークが陛下から私的な手紙を預かったと聞いたことがありましたけども」
「ほう?」
「それはどうやらわたくしの出自に関する調査のために、みなで口裏を合わせた嘘だったようですわ」
「――今回のは確かの俺の意志だしさっき言ったとおり冗談ではないぞ」
引きつった笑顔の彼女が、彼がふと踏み出した一歩に三歩ほどずささっと下がった。毛を逆立てた子猫よろしく全身で拒絶されて、嫌がっているわけでは多分なくて照れと困惑で拒絶されて、さてどうしたものかとピオニーは考える。
根が素直で疑うということを知らない彼女のことだ、飾らない単刀直入の告白はきっとまっすぐに届いたのだとは思う。ただ、それでも彼女が警戒しているのは、――おそらく彼を嫌って拒絶しているわけではなくて、きっとどうして良いのかが分からないためだろう。
希望がだいぶ混ざっていることを自覚しながら、ピオニーはまたひとつ笑う。
――まったく、なんて初々しい。

「姫?」
「……あの、あの……! わ、わたくしには婚約者が!!」
「承知している、……その上で俺はあなたにプロポーズしている。
いつ帰ってくるか分からない、帰らないかもしれない男なんてあきらめて、俺を選んでほしい」
「ひどいことをおっしゃらないで!!」
「ひどい? ……何も言わずにさっさとくたばったり、あるいは姿を消して音沙汰のない方がよっぽどひどいと思うが」
いつか彼女の顔から笑みが消えて、形式ばかりの引きつった笑みが消えて、ひどくまっすぐににらみつけられて。けれど揺れる目に揺れる心を感じ取って、ピオニーは息を吐いた。
「……言い方が悪かったな。俺も、あいつは――ルークの方は知っている。俺なりにやつを気に入っているんだ。生きていてほしいと思うし、実際生きているなら連絡をよこせない理由があるんだろう。
ただ、山ほど存在するあなたの未来の選択肢の中に、俺との婚姻というカードを増やしてほしい」
「――それは為政者として、ですか」
「そうだな……一番大きな理由はそれだ。
が、ナタリア姫。俺はあんたのことも十分気に入っているんだ。あんたを幸せにしたい気持ちもちゃんとあるし、だから真面目にプロポーズしているつもりだ」
「……わたくしに本当はキムラスカ王家の血が流れていなくても?」
「ジェイドから報告を受けている。逆に、だからこそ俺はプロポーズすることを決めた部分もある」
「?」
「王位継承問題で、これからキムラスカは大揺れに揺れるだろう。馬鹿げたごたごたにあんたが巻き込まれるのを見ているよりは、マルクトという――その件に関しては安全圏に、あんたを引き上げておきたい」
「まあ」
キムラスカ・ランバルディア王国の現国王が血のつながっていない彼女を娘と認めても。頭のかたい本質の理解できない貴族の馬鹿者どもは彼女が王冠を戴くことに反対をするだろうから。
言ったなら、ナタリアは目を瞠って。驚いたときのそれは癖なのだろう、上品に手を口元に当てて。
「何度も言うが、俺は本気だ。大真面目であんたをほしいと思っている」
強くてまっすぐでどこかもろい少女は、くるくると表情を変える。今は真面目な顔で大真面目な彼の目を正面から見据えていた。

――今、なら。手をのばしたならきっと触れることを許すだろう。
思ったけれどピオニーは動かずに、まっすぐな目を正面から受け止める。

◇◆◇◆◇◆

「――わたくしは、」
「ストップ、返事は急がない。いや、本音を言えば今ここで聞くのが怖いんだ。
……大体、俺はあんたにすれば中年の親父だろう?」
そして、ふわりと。今度は、今度こそひょっとしたらはじめて、ナタリアの表情が笑みの形にほころんだ。比喩ではなく本当にそれは花開くさまを見るようで、瑞々しい花を見るようで、彼の目にそれはまぶしくて思わず目をすがめる。
「親子ほど、祖父と孫ほど歳の離れた相手との婚姻など、王家にはごろごろ存在します。けれど、ふふ、……冗談と気遣い、嬉しいですわ」
「あながちそれだけじゃないかもしれないがね?」
「今は、そうと受け取っておきます」
「まあたとえふられても、俺はしつこいからな? そうそう諦められるとは思えないが」
「肝に銘じておきますわ」
そして芝居がかった動作で手を差し出したなら、優美に彼女の指先がのせられて。これくらいなら大丈夫かな、と軽く引き寄せその手の甲に口付けたなら、やわらかなラインを描くほほにぱっと血の色が散った。

「色良い返事を期待しているぜ?」
「さあ、どうでしょう?」

彼女の笑みは、見事に咲いた大輪のバラに似ている。

―― End ――
2006/09/29UP
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Sourire crispe 1 2
[最終修正 - 2024/06/27-10:19]