何かを「したい」と思う心が、おおよそ肉体によるものだなどとこんなにも強く強く思い知るなんて。
「ルーファス?」
「ん? ……ああ、なんともないぜ。別にマテリアライズが失敗したとかはないから」
心配いらないと続けたなら、アリーシャはそうですかと小さく笑う。
――風渡る、延々続く草原の海に彼女がたたずめば、それだけで風景はきらきらと何かを帯びた。
自覚までするばからしいことをふと思って、思いながら彼は大げさに肩をすくめてみる。先ほどまで大体となりを歩いていたのが、気が付けば数歩分の距離の先に金髪をなびかせる少女がいた。だからこそ彼女が気付いたのだろうし、そうなれば自分がぼんやりしていたのだろう。
立ち止まったままのアリーシャは、どうやらその数歩分ルーファスが追いつくのを待っているようなので、ゆっくりと大またで彼女のささやかすぎる願いをかなえてみせて。
「……何か、考えごとでも?」
「ん。……ああ、まあな。考えなきゃならないことは山積みだし、考えるだけじゃラチ明かないこともてんこ盛りだし」
そのまま追いこす勢いで足を進めたなら、一瞬遅れたアリーシャがついてくる。なんでもない、まあ一応はシリアスめいた会話をのんびり交わしながら、歩調だってそれに負けないくらいにどこまでものんびりと。
さあぁ、音を立てて渡る風はどこまでも爽やか。
一度死んだのが、嘘みたいだと。思う先には金色の頭がある。視線を感じたのか不意にこちらを見上げて、なぜだかふわりと花のように微笑む。
瞬間、覚えたそれは果たしてなんと言い表せばいいものか。
無意識に服の胸元を握りこんでいた手に気が付いて、あわててはなしてそれをなかったことにして。また少し遅れそうになっていたから、気持ち大またに足を踏み出して。
微笑を見せたのは一瞬で彼女は前に視線を戻していたから、それは見られなかったと思う。
思って、勝手にひとりで動揺している自分が少し情けなくて。
あのとき、ユグドラシルで肉体を失った。魂だけになった彼を彼女は助けてくれて、宿るべき肉体までなんとかマテリアライズしてくれた。魂だけの状態が時間的に長くなかったからか、転生などという無茶を味あわなくてすんだためか、幾度となく目にしたエインフェリアたちのマテリアライズと彼の場合はどうやら違うらしい。どことなく存在感の薄い感じもしないし、戦闘以外の今だって、こうして歩いていて何の不都合もない。
肉体的には、そう、何も問題はない。数日前に同じ道を逆にたどってきたときと、肉体的には何の違いもない。
違うといえば。
魂だけの存在がいかに不安定なのかを身をもって知って、それを受け入れてくれた彼女の内の――こころのあたたかさを知って、肉体があることの不自由さその他を思い知った。それだけだ。
あるいは――ちらりと見下ろしたなら今もほっそりとした左薬指を飾る、赤い宝石のついた指輪。気の遠くなるほど長い間自分が身に着けていたそれが、今は彼女の元にあること。それを身に着けないまま、今仮にミッドガルドに戻ったところで、魂の消滅におびえなくてもすむ。それだけだ。
たった、それだけ――なのに。
光るような草原の中、いやそれはたとえどこでも、微笑む彼女を見るたびにその華奢な身体を抱きしめたいと思う。もちろん単なる自分の欲求でもある反面、そうすることでここ最近儚さばかりをいやます彼女を、この場に繋ぎ止めたいと。そんな風にも思う。
いつからか不意にわきあがるようになったそれは、あの時彼女の手で再び肉体を得てから、急激に――気のせいと無視できなくなるほどに、急成長した。それはもう本当に何かの反射のように、その笑顔を見るたびにわきあがるこの感情は――今はそれを押さえつけている理性も、やがて磨耗するのではと確信するほどに瞬間的に。
そうしたところで、彼女の意思を無視してその身体を抱きしめたところで、別段拒絶されないだろうと不思議と確信があるものの。それが正しいかどうか確かめる勇気はどこからもわいてこないし、実際に思い切るだけの最後の一押しも――
――いや、なんてこと考えてるんだオレ。今はそんな場合じゃあ、
「……ルーファス? 本当に、」
「いやいやいや、大丈夫だから! 信用しろよ、な?」
「もちろん、信用してるけど……」
「なら気にするな!!」
「……そう?」
そうして彼女がまた微笑むから。他でもない彼に、きっと確実に何の邪気もなく、ひょっとしたら意味さえもなく微笑みかけるから。
どくり、巡る血の音を身体の奥に確かに聞いた。体温がきっと瞬間的に温度を上げた。けれど腕は動かないまま、ああ、それが凍りついたようになのか意志の総動員の結果なのか。
誰か教えてくれと現実逃避気味に、心の奥で絶叫する。
何かを「したい」と思う心が、おおよそ肉体によるものだなどとこんなにも強く強く思い知るなんて。その想いの自覚がこんなにも痛いほどに切なく、胸を締め付けるものだなんて。
知らなかった。……決して短くはない、この生の中で。
