それは本当に本当に本当に、
単なる偶然の結果だったから。

―― 虎杖

「――きゃあ!?」
「姫!?」
「っ、と、……おい!!」
歩いていたらいきなり悲鳴が上がって、しがみつかれた。まあ確かに足場があまり良くないからな、……などと冷静に考える余裕もなく、つられて彼も叫んでいた。
あわてたように、あるいは叱るような腹に響く声が自分の声に重なったことに、一瞬遅れて気が付いて。前を向いていたはずなのに、またたいてみれば自分は振り向いていて金髪を見下ろしていてその向こうの大男が金髪――アリーシャを気遣っていて。困ったような泣き出しそうな、あるいは罰の悪そうな表情の当の本人がこちらをうかがっていたことに、その深く吸い込まれそうにきれいな色の目と、ばっちりくっきり目が合ってしまって。

心臓が、跳ね上がった。

◇◆◇◆◇◆

――偶然だったのだ。

なぜだか彼女の姿が目に入るたびに騒ぎ出すようになってしまった心臓を、どうにかこうにかなだめようと足掻きながら、ルーファスは必死になって自分にいい聞かせる。

――ここは、王家の地下道なんてもはや名ばかりの、すっかり放置されるようになってそれなりに経つような海底トンネルの中で。
――だから、まあ別にすぐに崩れそうなほどの危険はないものの、壁などから薄くにじみ出してくる海水がところどころにたまっていたりして、
――ついでに、昔はきちんと敷き詰められていたのだろう石畳も、場所によってはすっかり割れ砕けていたりして、
――いつの間にかここを根城にしだした不死者どもが、もしくはそんな不死者と戦ったのだろう人間が、結果的にあちこちほじくり返したようになって、
――他にも、彼には予想のつかない原因その他で、荒れ果てていて。
――つまりは、足場があまりよろしくないような状況で。

◇◆◇◆◇◆

そこまで考えたとき、見ているとどうにも落ち着かないものの、かといって目を離すとそれはそれでまたもや落ち着かなくなる、どうしようもないこの状況の原因のアリーシャが。またもや何かに足をとられたのか、ぐらりと姿勢を崩しかけた。
反射のように跳ね上がって口から出るのではと変な心配をさせる自分の心臓に、かまっている暇もなくその細い背に手をのばしかけた彼だけれど。どうやら、なんとか倒れこむ前に彼女はバランスを取り戻した。
中途半端に動かした彼の手が中を泳いで、とりあえずそれに残りの二人は気付かない。
変にわき起こるやるせなさをこれまた無理やり押さえつけて、ルーファスはなんでもないように手を引っ込めた。

――そう、足場がこれだけ良くない状況で。
――自称ディパンのオヒメサマとやらは、少なくともそれが事実かもしれないと思わせる程度には、歩くことに慣れていないらしく。
――偶然だ、今だってそうではないか。
――ときどき今みたいに、彼女は瓦礫やらぬめる地面やらに足を取られて、しょっちゅう転びそうになる。

それは本当に本当に本当に、単なる偶然の結果だったから。理性はそう思っているし、理屈ではそのとおりだし、それ以上の理由なんてあるはずもないのに。そう分かっているのに、分かりきっているのに。
必死になって、彼は自分にいい聞かせる。

――そうだ、偶然だ事故だただの不測の事態だ。
――だから二度目を期待するはずがないしするわけがないしするようなことでもない。

◇◆◇◆◇◆

先ほどから一人黙々と歩きながら、変に真面目に真剣な顔でぶつぶつ声に出している彼を、最初の方こそ気にしていたもののたぶんもう慣れたのだろう。あるいは無理にでも意識を向けないようにしているだけかもしれないけれど。
先ほどまでとは隊列を入れかえて、多少はこの地下道を知っているらしい大男が先ほどまでの彼のかわりに先頭を行き、続く件のアリーシャが彼の視界にはばっちり入っていて、二人ともしんがりをつとめる彼をまるで振り向きもしない。不自然なまでに振り向かない二人に、気付く余裕が当の彼にはない。

――気のせいだ気の迷いだ気でも違ったか。
――気をしっかり持つんだ惑わされるな落ち着くんだ、オレ。

ただただいっぱいいっぱいで自分にいい聞かせるさまが、二人にどう見えているかなんて考える余裕は、今のルーファスにあるはずがない。

――ああ、でもなんか……やわかった。
――いや! なに考えてるんだオレ。
――中身入ってるのかこいつ、ちゃんと生きてるんだよな。
――いやいや! 別のこと考えろよオレ。
――オンナノコってのは、みんなこんな感じなのか?
――いやいやいや! だからあれは事故なんだよいい加減分かれ女ってのは怖いイキモノだろうが身に染みて知ってるはずだろオレ。
――どうせなら……今度はちゃんと正面から抱きしめ、
――……いやいやいやいやいや!!!!

◇◆◇◆◇◆

悪い足場に転びかけたアリーシャに思わずすがりつかれて以降、ルーファスの思考はどうにもこうにもこの目の前のかよわいイキモノに集中してしまってどうにもならない。触れてみてはじめて実感したほそさもろさの認識が、気を抜いたならすぐにでも押し寄せてくる。叶うならもう一度とか、とうに忘れ去った過ぎ去りまくりの思春期まっさかりの思考が頭を占めていなくなってくれない。

ぶつぶつひとりごとを唱えては時おり激しく首を振ったりする彼の姿は怪しい以外の何者でもなく、同行者二人はすっかり怯えていたけれど、いっぱいいっぱいで、もう、彼は本当にどうにもならない切羽詰まった状況に追い込まれていたりして。
そんな彼の、目の前で。(隊列の関係上)
――ああ、また姿勢を崩しかけたその細い背に。

もはや彼の心臓は反射のように騒いで踊って、落ち着く気配すら、ない。

―― End ――
2007/11/16UP
ルーファス×アリーシャ
OFP
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虎杖
[最終修正 - 2024/06/27-10:31]