もしも手放しで応援することができたなら。
努力次第で望む展開へ持っていくことができたなら。

―― 苧 1

両手いっぱいに抱えた酒瓶に苦労しながら、肘でノブを少し回して、あとは安っぽいドアを蹴り開けた。うまいこと力が抜けていた証拠にドアはそれなりにゆっくり開いて、それが壁に激突する前に部屋にすべり込むと、蹴る、というよりは足で押す感じで元通りそれを閉める。
「……なんだ、声かけてくれりゃドア開けるくらいはするぜ?」
「別にどってことねえよこのくらい。……つか、鍵かけろよ無用心だな」
「あんたその鍵持って出なかっただろ。それでどかどかドア叩かれて、アリーシャ起こすのも忍びないって思ったんだよ」
「へいへい」

重さよりも持ち方で苦労していた酒瓶をごろごろ小卓に転がして、とりあえずもう一度ドアまで戻って鍵をかける。今さらコソ泥にひるむかわいげがあるはずもなし、むしろ今敵対している奴らがその気になって襲ってくるならこの宿屋ごとつぶされるだろうけれど、まあ、こんな些細なことで人間らしさを実感するのも悪くないだろう。
我ながら馬鹿げているなと思いながら鍵をかけて小卓に戻って、適当に一本手にとると軽くそれをあおった。……ロクに選びもしないで買ってきた割に、悪くない。反対の手でもう一本を再び勘でつかむと、おい、と軽く声をかけてからそれを投げた。
「奢ってやる。呑めよ、けっこうアタリだぜ?」
「そりゃどうも」

やる気のない声が上がって、宙を飛んだ酒瓶はさっそく栓を抜かれて、彼の真似をするように瓶から直接あおる男は、けれど先ほどから一度として視線を彼に投げることはない。
部屋にベッドは二つ、その片方に身を沈ませているのは先日滅びた国の、最後の王女。彼が出かけたときからまるで同じ位置に同じ姿勢で、ただただ死んだように眠っている。男の視線はその彼女から多分一度も外れない。
――おアツいこって。
そんな風に軽口を叩くことができたなら、どんなにか良かっただろう。けれど。実際は何も言うことができないまま、ただ瓶が軽くなっていく。

◇◆◇◆◇◆

黒の戦乙女に殺され、その英霊という名のコマにさせられた。自暴自棄になって従っていたものの、すぐに嫌気がさして――というかそんな自分に飽きた。そんなときそんな彼のいたヴァルハラくんだりまで乗り込んできたのがこの二人で、少し前までの旅の仲間で、黒の戦乙女の命令とはいえ自分はその父王を手にかけた身で、……いっそこの二人に殺されてやってもいいなと思った。
結果的に後ろ向きの目論見は達成されることなく、三人が合流した直後、とりあえず街に戻るというのにくっついてきたけれど。どれだけ無理やら無茶やらを重ねてきたのか、宿につくなり倒れるように寝入ってしまった王女と、その王女から離れようとしない男。おかげで不要なものを売り払ったり必要なものを買い込んできたり、そんな雑用を買って出るはめになってしまった。――まあ、だからこそそのついでにこうしてしこたま酒を買い込むこともできたわけだけれど。

◇◆◇◆◇◆

「……嬢ちゃんは、ずっと寝っぱなしか?」
「見ての通りだよ、……まあずいぶん無理してたしな。あっちじゃロクに休む気にもなれなかったし」
「つか、まさかおまえらがヴァルハラなんてとこまでやってくるとは思ってなかったぜ。何度も言ってるかもしれねえが」
「まあ、いろいろあったんだ」
「そりゃ、いろいろあったんだろうけどよ」

この二人から離れたのは、時間的にはそれほど前ではなかったはずだ。けれど、離れる前と今とでは、何かが確実に違う。目に見えるものとしては、たとえば男の右手中指にあったはずの指輪が、王女の左手薬指に移っていたこと。そしてたとえば、男と王女の、互いを映す視線の温度。
ただし、自他ともに認める無骨な重剣士には、その理由もそうなった経過も想像できるものではない。
「――邪魔者がいなくなったのをさいわい、ちゃっかりくっつきましたってのとは違うんだろうけどよ」
「……ああそうだな、そんなんだったらどんなにか良かっただろうな」

思考がいつの間にか声に出ていたらしい。けれどそれに対する男の反応に、彼は目をむいた。今までだったら面白いくらいムキになって否定していただろうに、けれど、今は。受け流すとも多分違う、素直に認めた。けれど、その背後にあるどこか苦々しい感情も隠してはいない。
――何があったのか、本格的に問い詰めるべきかもしれない。
それは、多分。この先に待つだろう怒涛とも、確実に彼を巻きこむそれとも、多分無関係ではないはずだ。

◇◆◇◆◇◆

「……なあ、」
「――……シアワセってなんだろうな」
「…………はァ?」
問い詰めようと口を開いたところで、逆に問いかけられた。そのタイミングよりもむしろ問いの中身に思わずマヌケな声が出ていて、男の口元が、ふと苦笑に歪む。
「ワケがわからんぜ。なんでそんな話になるんだ? つか、よりにもよってそれを俺にぶつけるか」
「他に誰もいないだろ。……アリーシャに訊けるはずもなし、なら、あんたしかいねえじゃねえか。アリューゼ」
どこか疲れた口調、ただ真摯に王女だけに向いた目。手に持つ瓶を時おりあおっては、けれどきっと酔うこともなく、ただただ苦いもので心のうちを満たすような。

「あんたどこまで知ってるんだったか? 今、シルメリアはいないんだ」
「……一応、王呼の秘法発動あたりまではその場にいたぜ」
「それなら話は早い、かな。
あの後、オレとアリーシャ以外はみんなどこかに消えて、アリーシャからシルメリアも引き剥がされてて……オレならオーディンに成り代われるかもってことでヴァルハラへ行こうってことになって、行けるとこまでって約束でアリーシャと精霊の森に向かったんだ。
精霊の森の奥はビフレストにつながってる、そこ抜ければヴァルハラへ行けるはずだってな」
「ああ、だから空飛んだりしなくてもおまえらあそこへ来れたんだな」
「そんな簡単な話じゃねえよ」
男の目につられるように、ふと王女に目をやった。彼女はやはり動かない。……気のせいかもしれないけれど、呼吸さえ止まっているような。けれどずっとじっと、ただひたすら彼女を見つめる男にあわてた様子がないから、どこか腑に落ちないものの、彼は目線を男に戻す。
「アリューゼ、知ってるか? ビフレストには、いや、その手前に狭間の洞窟ってのがあるんだが、そこの入口から。生きた人間は立ち入り禁止なんだぜ」
ぎくり、と。なんだか背筋がこわばる。このままだと、聞いてはいけないことを聞いてしまいそうな、聞かなければ良かったと後悔することを聞いてしまいそうな、そんな予感が悪寒となって、脇からぞっと這い上がる。
「……おまえらは、けど、そこを、」
「ああ、抜けてきた。
……オレはハーフエルフだからな、もともとノーパスで抜けられる。シルメリアがいたときのアリーシャなら、ひょっとしたらなんとか抜けられたかもしれない。
……けど、あのときアリーシャは、もう、ただの人間で……オレには抜けられた壁が、彼女には抜けられなかった。手が血だらけになるまで壁叩いても、彼女は抜けられなかった。
行けるとこまで、は、多分そこまでだったんだ」

―― Next ――
2008/10/07UP
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苧 1 2
[最終修正 - 2024/06/27-11:22]