「……ネルさん、僕の知らないところでクリフと何かあったんですか?」
「――え……?」
青い髪の青年が、真面目な顔で訊ねてきた。旅荷をまとめていたネルは、手を止め反射的に青年を見上げて、ひとつ目を瞬く。わけが分からなくて眉を寄せる。
「……地下牢からここまで、ずっと三人一緒だっただろう? さっきの自由行動の時も、あたしは外に出てあいつは宿にいた。あんたの知らないところって言っても、まずその機会がないじゃないか。
一体、何のことなんだい??」
「――いえ、それなら良いんです」
そんなネルの言葉に青年は微妙な笑顔を浮かべると、邪魔してすいませんでしたおわびに手伝いますよと手を出してくる。もう終わりだからとやんわり断って、ネルはほんのかすかに首をかしげた。
……? 何だろう。

―― 挑不動 [それ以上近付くな] 1

アーリグリフの地下牢に囚われていた異国の技術者、フェイト・ラインゴッドとクリフ・フィッターを助け出し、王都シランドのシーハーツ女王、シーハート27世の元まで連れていく。できればその間に、兵器作製協力の約束を取りつける。
――彼女、ネル・ゼルファーの今回の任務は、とりあえず最初の山場を何とか乗り越えたところだった。
追ってきた疾風兵をタイネーブとファリンを囮に何とか撒いて、カルサアまで逃げ込み、明けて一夜。今日はカルサア山洞を抜けてアリアスに向かう。

なんとなく腑に落ちないものを抱えながら荷物をまとめ終わり、そこでネルは身を震わせた。
気配にばっと顔を上げれば、予想よりだいぶ近い位置に大柄な金髪男――つい先ほど話題に出ていたクリフ。鮮やかな青い目が笑ったと思ったら、旅荷をつめたばかりの袋を片手でひょいと担ぎ上げる。
「ち、ちょ……っ」
「けっこう重いな。……こんなもん好き好んでかつぎたいのか?」
「は? そんなわけないじゃ――じゃなくて! いきなり何すんだいあんた、それにあんたこそそんな荷物かかえて――」
「ああ、オレは「好き好んで」手ぇ出したんだ。気にすんなよ。戦闘になったら放り出すかもしんねえけどな。
――で? かるさーさんどーだったっけか。とっとと行こうぜ」
くい、と顎で示された先に、旅仕度を整えた青年の姿。ネルはひとつ息を吐くとそれ以上文句をつけるのはあきらめて、部屋の外、階段に向かった。腰に差した短刀の柄を意味もなくいじりながらふと振り返れば、男二人が何やらつっ立ったまま動いていない。
「――何やってんだい、とっとと行くよ!」
胸の奥、くすぶるものを誤魔化すように怒鳴りつける。

引っかかっていることがある。くすぶっているものがある。けれど、それに気づくわけにはいかない。気づいてはいけない。
――だって、本能が告げるから。気づいたら、苦しいだけだと告げるから。
だから気づかない。それが何なのか、……気づかない。

◇◆◇◆◇◆

――僕の知らないところでクリフと何かあったんですか?
暗く狭く埃っぽい坑道を歩きながら、彼女の顔はしかめられたままだった。
いつ襲い来るか分からないモンスターを警戒しているのが二割、捕まったと知らされた部下たちを心配しているのが二割、アリアスでクレアと合流してから今後のことが一割――残りは、すべて先ほど青年に指摘された内容が占めている。
――クリフと何かあったんですか?
「馬鹿らしい……あるわけないじゃないか」
「ん? どうかしたか」
いつの間にか口から漏れていたつぶやきを聞きとがめたのは、当のクリフだった。一瞬息を呑んでから、ネルはぎっと彼をにらみつける。
「……っ、何でもないよ!」
「怖ぇなあ……まあ、美人は凄んでも美人だけどな」
「やかましい!!」
思わず怒鳴れば、ひとの悪いにやにやした笑いを浮かべている。からかわれたことにさらに頭に血が上ったところで、制御室らしき扉の前に立った青髪の青年の、呆れた視線に彼女はふと気がついた。ぎりぎりと奥歯を軋ませながら、冷静さを装って青年の脇に立つ。
「……っ、何がいるか分からないからね……警戒を怠るんじゃないよ」
「――……はい」
何かを言いたそうな顔で、それでも真面目にうなずいた青年のかわりにネルが扉に手をかけた。クリフの、楽しそうな低い笑いが耳に届いて、下がりつつあった血が再びかあっと頭に上る。
――開いた扉の奥、わだかまった闇のどこかに何かの気配が獲物を待ちかまえていた。

◇◆◇◆◇◆

「はぁ……っ!!」
気合と共に短剣を振るう。硬い岩の表皮に勢いは殺されても、多少のダメージなら与えることができている。手応えはある。ある、ものの……、
「ネルさん無理しないでくださいっ!」
炎をまとわりつかせた長剣を手に、青髪の青年が声を上げた。
数回くり返した攻撃で痺れかけた腕を見下ろして、ネルは舌打ちをする。刃は目に見えて欠けてはいないものの、多分切れ味がずいぶん落ちていることだろう。この部屋に入る前に体力や精神力を回復させておくべきだったのに、ついそれを怠ったせいで技を放つ余裕がない。
けれど、だからといって傍観に回ることが彼女にはできなくて、もうずいぶん戦っているから、この敵――アースプルートの残り体力も少ないはずだと再び地を蹴った。
いや、地を蹴り飛び出そうとした次の瞬間、
「そうカリカリすんな、気楽にいこうぜ」
声と共にするりと伸びたものが彼女の腰をがっちりと捕らえ、いつの間にかくり出された敵のこぶしを彼女ごと後ろに飛びすさって避ける。――そうされなければ、そのこぶしは確実に彼女の腹を捕らえていたはずで、岩のこぶしを受けていればどうなっていたかなど、その攻撃で割れ砕けた地面を見れば一目瞭然だった。
――けれどそんな事実よりも。クリフに腰を抱かれた瞬間、身体の内で脳裏で何かが弾けたような――ぱきん、という硬い音が、耳には決して届かないけれど確かに聞こえた音の方が、ネルには気になった。
とにかく。冷静であろうとする彼女の中の隠密の部分が叫ぶ。今はとにかくそんな時ではない、それよりも、今は、
「……、あ……礼は言っとくよ。助かった」
「おう」
抱え込まれていた自分のウェストに近い太さの、筋肉のカタマリのような腕は、低いうなずきと共にあっさりと遠くなる。それを思わず見送れば、胸の奥、どこか近くて遠いところがきゅうっと音を立てる。
長い脚を蹴り出すように、雑に、しかしかなりの早さで走り寄って、岩のきしむような吠え声を上げるアースプルートにそのままの勢いで蹴りを放つ。ネルの攻撃とはまるで重みの違うそれが命中すると、鈍い音と共にアースプルートを構成する外皮、小石がはぜ割れ飛び散った。
それで完全に我に返って、鋭く目を細めたネルは彼女自身がアイテムを詰めた袋に手を突っ込む。すぐに手に当たった果物を引っつかみ、口に放り込んで咀嚼する。飲み込んで、体内からふっと立ち上がった何かに精神力が回復したことを感じ取って、
「影祓い!!」
狙いすました衝撃波が放たれた。

―― Next ――
2004/07/21UP
憎しみあう5つのお題_so3クリフ×ネル_
OFP
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それ以上近付くな 1 2
[最終修正 - 2024/06/14-14:45]