何とか戦闘終了。
浅く肩を上下させる彼女は、短刀の刃の欠け具合を確認すると眉を寄せた。……とりあえずしばらくはもつだろうが、落ち着いたらどこか修繕屋に持ち込むべきかもしれない。手入れでどうにかなる範囲を超えている。
確認してふと上げた視界の先では、青髪の青年が腕の傷を自分の術で癒していて、クリフが脚に浅く負った擦り傷に顔をしかめている。
そこで。何があったわけでもないのに不意に――いきなり思い当たった。
さっき聞いた何かが割れた音。きゅうっとなった胸の音、その正体。引っかかっていて気になっていて、しかし気づいてはいけないと無理に目をそらしていた「何か」の正体に。……思い当たってしまった。
――クリフと、何か、
……ああ、そうか。何か「あった」わけではないけれど、
――動揺を隠すように目を伏せる。
面と向かって「美人」などと何の含みもなく連発されるから、その慣れない形容詞に居心地が悪いのだ。
もちろん彼女をからかっている時もある。いちいちネルが大袈裟に反応するから、一緒に行動しはじめてまだ数日しか経っていないくせに、特に最近はからかい目的ばかりだ。
それでも……その言葉を口にする瞬間、からかっているはずなのにいつだって男のその目は真剣だった。だからこそ、ネルは大袈裟に反応してしまうし居心地が悪いし、そして――嬉しい。
短刀を腰の鞘に戻す。治療を終えた二人と一緒に操作室をざっと捜索する。入ってきたのとはほぼ向かい、別の扉から部屋を出る。
言われ慣れない言葉をくれるから、それが嬉しいから。だからその言葉を発する男を常に意識してしまう。その目を口元を、常に注視していないといけないような気分になる。
それなのに、目が合うたび「美人」と言われるたび、尾骨のあたりがぞわぞわしてぞわぞわは背中を伝って全身に広がって、まるで何かに追い立てられるようなひどく落ち着かない気持ちになる。
落ち着かなくて、けれど嬉しくて、それなのにどこか切なくて、幸せで、苦しくて。その全部をまとめてあらわす言葉は知らないけれど、――本当に知ってはいけないのはその言葉だと分かって、なぜか分かってしまって、――ネルはそこで思考を停止した。
暗く狭く埃っぽい坑道を、モンスターを警戒しながら行く。前に後ろに、時には横に。落ち着きなく立ち位置を変える金髪を、その立ち位置が変わるたびににらみながら歩く。青年の碧い瞳に物言いたげな色が広がっているのを、分かっていながら無視して、ただひたすら先を急ぐ。
知ってはいけない――こころの奥底では、本当は分かっている。分かっていながら、けれど知らないフリをしろと、知っているこころの欠片が叫んでいる。分裂した欠片の存在に気づくなと、そう叫んでいる。
この気持ちの正体を、知らない方がいいと知っているから。
重い荷物を軽々と担ぎ上げて、青い瞳が笑う。ネルはその青を、これ以上はないほどのきつい目つきでにらみすえる。
――それ以上近づくな。あたしのこころに、それ以上近づかないでくれ。
言葉にしない気持ちを目に込めて、ひたすらひたすらにらみつける。
――やさしい言葉でまっすぐな目であたしを包まないでくれ。あたしのこころを、持って行かないでくれ。あたしを、クリムゾンブレイドを、別の何かに変えないでくれ。
そして向けた視界の奥、暗い闇の中から、大きな亀がのっそりと姿を現した。
