だいぶ衰弱してはいたものの、タイネーブとファリンを無事助け出すことができた。敵国アーリグリフが抱える三軍のうち、「漆黒」副団長シェルビーを討ち取った。少数精鋭と言えば何とか聞こえの良いこちらに、どうにか死者はなし。
――普通の作戦だったなら「大成功」なのだろう。少なくとも二人の無事救出が広がれば、ここのところ沈みがちだったシーハーツの兵たちの士気はいや増すはずだ。
それでも。カルサア修練場からこっち、ネルはむっつりと黙って自分からは口を開こうとしない。
鉱山の町カルサア。
男二人を宿屋に、衰弱した部下たちは潜入工作用の民家に置いて、ネルはアイテムの買い足しその他の雑用に出ていた。機嫌の悪い自分もその理由も、ついでに子供っぽい拗ね方も自覚していたため、しばらくひとりでいたかった。
換金できるものは換金して、回復アイテムその他消耗品の入った袋を腕に抱えながら――少し大回りをして宿屋に帰ることにする。
本当は寄り道せずに、できるだけアーリグリフの人間の目につかないように行動するべきなのは分かっていたけれど。シーハーツの隠密という立場上、そうするべきだと分かってはいたけれど。
今はどうしても――誰かと一緒にいたくなかった。
あてもなく町中を何となくふらつく。
砂塵の混じる埃っぽい空気、潤いのない風景。どこかすさんでぴりぴりしている人々の口に上るのは、あくまでアーリグリフ至上主義、シーハーツ批判ばかりでネルには不快なものだったけれど、それさえなければ自国の民と特に何が違うわけでもない。
きゃあきゃあと騒ぎながら駆け回る子供たちをぼんやりと眺める。
いつか、この腰にある刃がこの子たちに向けられる日が来てしまうのではないか。道を行く無辜の人々に刃を振るう日が来るのではないか。――ある日突然アリアスの村を襲ったアーリグリフ兵のように。ヴォックスあたりが意図的に流したのだろう、間違いだらけのあの噂の中のシーハーツ像そのままに。
きしり、奥歯が軋む。抱き潰しそうになるアイテム入りの袋を持つ腕から、無理やり力を抜く。
息を吐く。
「……お、いたいた」
「……っ!?」
いきなりの声に顔を向ければ、陽光に金髪をきらきらさせた大男が、どこか人の悪い笑顔を浮かべていた。ネルは思わず息を呑む。
「あ、あんた何……っ、宿屋で休んでたんじゃ、」
捕らえられ磔にされた結果、消耗衰弱したタイネーブとファリンは自力で立とうとする足元さえだいぶ危うかった。とはいえ、隠密、軍人として訓練を受けている身、それでも歩けないことはなかったし、本人たちもカルサアくらいまでなら何とか自力で移動できると主張した。
が。
ふらふらぐらぐらと危うい様子に気づいた瞬間、この男は小麦の袋よろしく二人を両肩に担ぎ上げた。そのままお世辞にも近いとは言いがたいカルサア修練場からカルサアの町間、グラナ丘陵を平気な顔をして渡ってみせた。羞恥から暴れる二人をまるでものともしなかった。――運び方が運び方だけあって、色気も何もあったものではなかったのは果たして良いことだったのだろうか。というか、あの姿はまかり間違うと人攫いにしか見えなかった。
ともあれ町の少し手前で二人を下ろして、さすがに疲れたと、ネルが出かける時には宿屋のベッドに伸びていたくせに。
大して時間が経っているわけでもなく、そう簡単に回復したとも思えない。珍しく感情をあらわに驚愕で動きを凍りつかせたネルから、彼女が抱えていたアイテムの入った袋をひょいと取り上げたクリフは、唇の端を上げた。
「あいにく体力腕力にゃ自信があってな。本気で動けないほど疲労したわけでなし」
「だ……、し、修練場から、この町まで……っ」
「おいおい、クラ……じゃなかった、このオレを馬鹿にすんなよ。あんな細っこいねーちゃん二人抱えて移動する程度、大したことねえよ。
疑うなら明日アリアスまで、おまえ背負ってってやろうか?」
「ば、馬鹿にするんじゃないよっ!!」
驚愕から何とか立ち直って、しかし軽い調子で言い放たれた言葉にネルは真っ赤になる。思わず放ちかけた平手は何とか自制して、へらへら笑う大男を力いっぱいにらみつけた。
クリフは、しかしちょっと遠い目で苦笑していて、何となく嫌な予感が、
「――フェイトのやつが、おまえの帰りが遅いとか何とか騒いでてうるさくてよ……」
つきん、なぜか走った胸の痛みに目を瞬いてから、ネルはやれやれと息を吐く。
「ガキじゃないんだから……出発は明日って決めてあるし。たとえばタイネーブたちの看病であの民家に泊まるとか、考えつかなかったのかい?」
「オレに言われてもな。ともあれ、そんなわけだ。あいつはあいつで町中走り回ってるみたいだし――まだどっか回るならつき合うぜ」
「いらないよ。……散歩がてら帰ろうと思ってたところさ」
「そりゃ残念。せっかく大義名分抱えて美人とデートできると思ったんだがな」
「っ!!」
その荷物を返せと手を伸ばしかけたネルは。前触れなく言われたいつもの単語に、せっかく落ち着きかけた血をまた顔に上らせた。何かを言いかけてぱくぱくと口が動いて、しかし何も言えないままにクリフに背を向ける。ずんずんと歩き出す。
