「アルベルさん! 「あしがる」ってなんですかっ!?」
「……あ……?」
唐突すぎるというかまるで前後の脈絡のない突飛のない、あまりといえばあまりな質問に、――アルベルの顔が呆けた。
現在地、エリクール二号星軍事国家アーリグリフ首都アーリグリフ、街唯一の宿屋「ワイバーン・テイル」の一室。先を急ぐ身ではあるけれど、土地柄季節柄大雪が続いていて今日などは特に吹雪がひどくて、一行はこの街に足止めをくらっていた。
何もすることがない何をする気もないアルベルこそ、現在こうして宿屋でごろごろしていたものの。他のメンバー、特に現在目の前に立っているこの少女などは確か工房に行っているはずではなかったか。
寝すぎてぼんやりする頭を、アルベルは振ってみる。かなり寝たはずなのに眠気はいまだ目蓋の奥に貼りついていて、一向に剥がれる気配がない。
とりあえずうめいてみる。
「……何だいきなり……」
それとも何かの聞き間違いだったのだろうか。しかし何をどう聞き間違えたら「足軽」などという単語が出てくるのだろうか。
疑問に頭をひねるアルベルをよそに、寒い中を全力で走ってきたのだろう。鼻を赤くして頬を赤くして、いまだ冷たい息を吐きながら、謎の疑問を持ってきた少女は溌剌とした満面の笑みを浮かべる。
「「あしがる」です! アルベルさん、知りませんか?」
「……どこでんな単語拾ってくるんだ……」
――というか、なんでそういう疑問を俺のところに持ってくるんだ。
当初はどう贔屓目に見ても怯えられていたはずなのに。近寄りもしないし目線を合わせようともしないし当然話しかけても来なかったくせに。
目つきと口と態度の悪さは自覚している。それが原因で、女子供に怖がられているのは知っている。今だっていかにも寝起きの彼が不機嫌なのはきっとあらわで、前だったら「やっぱりいいです」とか曖昧な笑みを浮かべてすぐにいなくなったはずなのに。
寝転がっていたソファから身を起こして、くぁぁっ、とあくびをする長身を覗き込んでいたソフィアは、そういえばまるで脈絡のないことをいきなり言い出した自分に、遅ればせながらようやく気づいた。半分くらいはいまだ眠りに捕らわれたまま不機嫌ではなく疑問に眉を寄せているアルベルに、雪で湿った髪を後ろに流しながら小首をかしげてみせる。
「ええと、さっきまでフェイトとマリアさんと三人で執筆やってたんですけど、」
「……ああ」
「暇つぶしにしりとりやってたら、フェイトが出したんです「あしがる」っていうの」
「……だったらあいつに訊きゃいいだろうが……」
「それはそうなんですけど……」
面倒臭そうにぼさぼさになってしまった髪に手を突っ込んで、起き上がったためにスペースのできたソファを逆の手でばしばしやるアルベル。目の間に突っ立ってんなうっとおしい、と緋色の目が言っているようで、ソフィアは、ありがとうございますとつぶやくとそこにちょこんと腰を下ろした。たった今まで彼が横になっていたそこは、ほんのりと人肌の温かさを残している。冷え切った肌に腰を下ろしたところからその温もりがじんわりと伝わってきて、知らずほっと息を吐く。
当初はどうしようもなく怖かったのに。鉄でできたいかにも重そうなガントレットのせいではなくて、何だか血のにおいがして。緋色の目がぎらぎらして雰囲気がすさんでいて、下手なちんぴらよりもずっとずっと怖かったのに。
けれど最近では雰囲気がずいぶんやわらかくなって、こうして多少乱暴ではあっても気を使ってくれる。今まで身近にいなかった人種だから、最初は確かに怖かったものの。確かに目つきと口は悪くても、そういえば会ってから今まで、一度だって乱暴なことをされたことはなかった。
くすりと口元をゆるめたソフィアに何を思ったか、緋色のまなざしが不機嫌そうに彼女を射た。けれどそれはやはり怖くはなくて、今では怖くなくなっていて、くすくすくすとソフィアは笑う。
いつまでも笑っているソフィアにやがてアルベルが根負けした。長い息を吐くとソファに脱力する。
「――で、たかがそんなことのために、クリエイションほったらかしでここまで来たのか」
阿呆、といつものように続けられて、ソフィアは頬を膨らませた。
「マリアさんが、もういいからって言ってくれたんですっ」
「ほぅ……?」
探るように細くなった緋色の目に、翡翠色がてきめんにうろたえて明後日の方角を見る。
「――いつまでも気になって集中しないなら、役に立たない邪魔なだけだから、とっとと宿に戻りなさい、って……」
それは正論だろうが、いつもながらきついもの言いをする女だ。
――そうは思ったものの、それにしてはまったく凹んだ様子のない少女が逆に疑問を呼ぶ。目にそれが出ていたのか、ちらちらと彼をうかがっていたソフィアが……うつむいた。
頬どころか髪の間からのぞく首筋まで、なぜか薄く染まっていた。
……なんでも良かったんです。アルベルさんとお話しする、そのきっかけがほしかったんです。だから、ちょっと怒ったマリアさんにそう言われて、怖くて申しわけなかった反面、嬉しかったんです。
――そんな本心はとても言えたものではなくて、ただいつも鋭く尖っている男の雰囲気が、なぜか少しだけやわらかくなったのが嬉しい。ソファの背もたれにだらしなく伸びている腕がもう少しで彼女の肩に触れそうな、今の距離がとても愛しい。
恋とか愛とか、そういうのとは違うと思う。思い描いていた甘いそれとは違うと思う。
ただ、――無愛想で怖くて一見乱暴なだけなようでいて、その実強くてやさしくて不器用に彼女を気にかけてくれる男の、そのそばにいたくて。そのそばが居心地良くて。
ぱちぱちと暖炉で薪がはぜている、遠く風が唸っている。それ以外の音はすべて降り積もる雪に溶けて、ただただ静かな、心の落ち着く静けさが部屋に満ちている。
「……教えて、くれませんか……?」
少女がぽつりとつぶやいて、――男が低く喉の奥で笑った。
