最近、目蓋の奥がずんと重い。やけに目が乾いているような気がする。目からくる頭痛でいらいらする。眠りが浅くて眠れなくて、頭に靄をかけっぱなしの眠気に腹が立つ。
――街やら町やら村やらに数日滞在すると、彼はそんな風になる。
現在地、商業の町ペターニ。数日前からこの町で、一行は最終決戦に向けてあれこれクリエイションなどをしていた。
ここ数日、どう贔屓目に見ても日を追うごとに機嫌を悪化させつつある長身細身の男が、クリエイション作業が一息ついたのか、鍛冶用のハンマーから手を離してごきりと肩を鳴らした。
ソフィアはひとつ息を吸う。
「――あの、アルベルさん」
「あァ?」
いかにも面倒臭そうに振り向いた綺麗な顔、鋭い緋色が彼女を映した瞬間少しだけやわらかくなった。それに後押しされるように、彼女はメモ用紙を胸元に握りしめたまま一歩彼に詰め寄る。
「あの……、クリエイション用のアイテムとかが足りなくなっちゃって……今から買い物に行くんですけど、ついて来てくれませんか?」
「…………」
「フェイトも……他のひとたちもみんな作業中で邪魔できなくて……あの、無理なら良いんですけど」
おどおどと目を伏せると、持っていたメモがむしり取られる。いかにも面倒臭そうにざっと目を通して、とっとと行くぞと顎が扉を差す。
「ありがとうございます!」
ぱっと顔を輝かせたソフィアがぱたぱたと移動して、すでにドアをくぐっていたアルベルの後に続いた。
「あ、アルベルさ……っ、待ってください!」
ちょうど時間的に夕市でも開かれているらしく、普段でさえそれなりに通行人の多い町が、大通りすらかなりの人数でごった返していた。少女のあわてた声にアルベルは立ち止まって背後を見て、すぐそこにいるはずのソフィアの姿は人間の影に埋もれて見えない。
「……」
半眼になった彼は、とりあえず先ほど声がしたと思しき方向へゆっくりと戻りはじめる。周囲より頭半分確実に飛び抜けている彼に、ソフィアの方から気づいて寄ってくることもあるかもしれない。――というか、そうでないと困る。
そうして数歩歩いたところで、アルベルは不機嫌だった緋色の瞳をさらに物騒に細くした。
「なあ、いいだろ? ちょっとこの町案内してくれるだけでいいんだって」
「そーそー。お礼にお茶くらい奢るし。何だったら酒とかでもいいし」
「あ、……のっ、えと、」
顔立ち体格服装そのものは全然共通点がないのに、下心ありありの口元に浮かべた下卑た笑みとすさんだ雰囲気で、いっそ双子のような男二人に左右から詰め寄られて。アルベルとはぐれたばかりの少女がおろおろしている。
――ああ、頭が痛い。
「こ、困ります……!」
「かーわいーねぇ、「こまりますぅ」……だってよ」
うわ似てねえ気色悪ぃ、やっぱそう思うか? などと馬鹿をやっている隙をつくかと思いきや、逃げようとしたソフィアの肩に男の片方が手を伸ばして、
「……何してるんだ阿呆」
「あ、アルベルさん……っ」
「なんだて……め……」
「横からしゃしゃり……」
「あぁ? 俺の連れだ、命が惜しかったらとっとと失せろ。目障りなんだよクソ虫どもが」
ちんぴら程度では到底太刀打ちできるはずもない、突き刺してなおかつ抉るような凶悪な目つき。それを目の当たりにした男たちは、賢明にもあっさりと尻尾を巻いて逃げ去った。
捨て台詞を右から左に、アルベルは勢いしがみついてきた少女のつむじを見下ろしてひとつ大きく息を吐く。よほど怖かったのか、見下ろした細い肩が小刻みに震えている。
「……阿呆。隙だらけでちんたら歩いてるんじゃねえよ」
「こ、怖かったですアルベルさんどんどん行っちゃうしあの男のひとたちしつこいしっ」
涙の響きの声に、思わず空を仰いだ。――漆黒団長の語彙に、こんな状態の女の子をなだめる存在しない。
仕方がないので震え続ける頭をぽふりと叩く。
「――行くぞ。とっとと用すませて、お前は宿にでもこもってろ」
「……、」
泣いてはいないものの目元をこする手を頭を叩いた右手でぐいと掴むと、そのままアルベルは歩き出した。
知り合い、特にパーティメンバーに見られていないことを、信じてもいない「神」に、この時ばかりはアルベルも真剣に祈る。彼の脇を歩くソフィアがいまだ細かく震える腕で、――両腕で力いっぱい彼の右腕を抱え込んでいた。
まったく歩きにくいことこの上ない。が、もうあんな阿呆なことに巻き込まれるのは心底うんざりだったので、好きにさせておくことにする。
何か嬉しいような気がするのは、気のせいだ。マイナスの感情などまったくなしに無条件で本心から完全に頼られて、それが嬉しいなどと……そんな気がするのは、絶対に気のせいに決まっている。
最近、目蓋の奥がずんと重い。やけに目が乾いているような気がする。目からくる頭痛でいらいらする。眠りが浅くて眠れなくて、頭に靄をかけっぱなしの眠気に腹が立つ。
――街やら町やら村やらに数日滞在すると、彼はそんな風になる。
なぜか。
ふわふわやわらかで抱きしめ心地の良さそうな体格そのままに、どこまでもぽわぽわしたそばにいるだけで何だか癒される雰囲気の、ころころ駆け寄ってきては無邪気にじゃれつく小犬みたいな愛らしい少女に。守ってやりたいと、強烈に保護欲を刺激するこの少女に悪い虫を近寄らせないため、ほとんど常時凶悪な視線を周囲に送っているからだ。ただにらむだけではなくて目にものすごい力を入れて、常に周囲を威嚇しているからだ。
心底阿呆なことをしている自覚はある。あるものの、たとえばさきほどのようにタチの悪いクソ虫にナンパされそうにというかむしろかどわかされそうになる事態は目を離せばしょっちゅうで、それはとても放っておけるものではないから――仕方がない。
左手にアイテムを限界まで詰め込んだ抱えきれないほどの買い物袋、右手にようやくどうにか落ち着きかけたソフィアをくっつけて。町中荷物持ちとして引きずり回される漆黒団長を、暇なパーティメンバーが物陰から観察しては、指までさして笑っていた。
