ここのところ、どうも体調がすぐれなかった。
朝起きると微熱があって、食欲が少し落ちて、ちょっとふらふらする。けれど起きてしばらくすればいつもの体温に戻ったし、気にしなければならないほど食物を受けつけなくなったわけではなかったし、立てないほど視界が揺れるわけでもなかったし。
平凡そのものだった今までとはまったく正反対の、日々の戦いにきっと精神が混乱しているからだと思った。精神の不安定が体調不良に出ているのだと思った。けれど結局今はそれに慣れるしかない、他の誰にもどうこうできることではないから、せめて誰にも心配をかけないようにバレないようにしなくては、そう思っていた。
本当によっぽどまずければ、治癒の術を自分にかければこと足りた。すぐに回復できた。
――そう思っていた。

―― 激進 [鬼走り]

……なんだか頭がぐらぐらする。横になっているのに、船の上ではないから地面がぐらついているはずがないのに、目を閉じているのに、――視界が回っている。
「……ん……?」
横に、なっている……? 今はいつだろう、ここはどこだろう。なぜ記憶がこんなにあやふやなのだろう……??
ソフィアはぼんやりと目を開いた。霞む視界が、数回瞬くと次第にクリアになっていく。
どこか温かさを感じさせる象牙色の天井、そこに貼りついた骨董品みたいなデザインの照明、どこか垢抜け切ってはいない、けれど極上の寝心地のベッド、……横になっている自分をのぞき込む深い緋色の瞳の男性。
「……アルベル、さん……?」
「――気がついたか」
小さくつぶやけば、いつもの仏頂面が少しだけ和らいだ。骨ばった大きな手が伸びて、ソフィアの額に触れる。触れて、すぐに離れる。
「熱――は、下がったようだな。阿呆が。ぶち倒れる前に何か言え」
こわれものを扱うようなその手がやさしくて、思わず伏せた目をあわてて見開いた。
深く鮮やかな緋色がじっと見ている。少し……怒りを含んでいるように見える。それにうろたえて思わずきゅっと身をすくませると、一度は引っ込んだ手が穏やかに伸びて、くしゃりと彼女の栗色の髪をかき混ぜた。
「そんなに怯えるんじゃねえよ、阿呆。別に怒ってるわけじゃねえ。――同じ足止めなら、疲労が軽い方が拘束時間も短いだろうが」
それは、彼女にも痛いほど分かる正論。違うか? と目で訊ねられて、その通りだとこくんとうなずく。
ソフィアの目には、どんな障害であろうと粉砕して突き進んでいるような、どこまでも強い憧れの男性。そんなアルベルが自分を気にかけてくれている、やさしくいたわってくれる。
それが嬉しい反面とても申し訳ない。
「……すみません……」
「――怒ってねえっつっただろうが」
言葉と共に去ってしまった手が何だか淋しくて、思わず唇を噛んだ。そんな自分が信じられなくて、この気持ちが居たたまれなくて、――小さく息を呑む。

そうしてそれきりアルベルは黙り込んだ。ベッドから起き上がることはどうやら許してくれないのだと、何となく分かったソフィアは緩慢に瞬く。
確か――今日はモーゼルの古代遺跡に行くはずだった。セフィラと、それを「鍵」として扱うことのできるソフィアが「扉」まで行けば、この世界の「神」さま……ルシファーの元までたどり着けるはずだと。
そしてサーフェリオの向こうの洞窟を抜けて明るい陽光の下に出て……立ちくらみを起こしたような気がして、しかしそれ以降の記憶が曖昧で、
「あの……」
武器の手入れでもしていたのだろうか。かちゃかちゃと小さく鳴っていた金属音がひたりと止まる。ソフィアの視界に、再びアルベルが現れる。
「何だ」
「あの、ここは……? わたし、一体どうして、」
「ああ……ペターニの宿屋だ。他のやつらは、とりあえず買い出しやらクリエイションやらでここにはいねえ」
「ペターニ……」
それではずいぶん戻って来てしまったことになる。
しゅんとしおれた花のような彼女にあわてたか、がちゃんと音が立った。どうやら手入れ途中の刀でも落としたらしい。音に驚いて思わず身を起こしかけた彼女の、浮いた細い肩を掴んで押し止める熱い手。伝わった熱から一見冷たい男の本質が伝わってくるようで、知っていたはずなのにそのギャップに驚いて、思わずソフィアは硬直した。
びくりと震えたのが伝わったのか、アルベルも同時に凍りつく。

◇◆◇◆◇◆

時間の感覚がなくなって、どれほどの間そうしていたかも分からない。ぱくぱくと口を動かしたアルベルが、一度息を落ち着けて何かを言おうとしたところで、
こんこん。
「――ソフィア! そろそろ目を、」
一応のノックの音、直後に幼馴染の声と扉の開く音。――三秒ほど間を置いてから、
「なにやってんだよお前がどうしてもって言うから看病任せたのにソフィアの寝込み襲おうなんていい度胸してるじゃないかそこ動くなよ成敗してやるっ!!」
「っ!!」
ぶん。
視界から彼の顔が消えたと思ったら、直後たった今までその頭があったあたりを綺麗に凪いだ鉄パイプ。舌打ちと足音とフェイトの怒声がばたばたと部屋を出ていく。

「……フェイトの、ばか」
「――何が?」
「……っ、マリアさん!?」
つぶやきを聞きとがめられて、気配の読めないソフィアは驚きのあまり今度こそ飛び起きた。くらりと視界が回るのを、細くて整った手が支えてくれる。どうやらフェイトと一緒にこの部屋に入ってきたらしいマリアは、あわてるソフィアの顔を見て小さく息を吐いた。
「――顔色はずいぶん良くなったじゃない」
「すいません……」
何に対してなのかそう謝ってから、ソフィアは息を吐く。深い翠の目が笑っている。
「謝ることじゃないわよ。――愛されてるわね。あなたが倒れた時の男性陣の反応、見せてあげたかったわ」
え、と顔を上げると、どんな大輪の花よりも綺麗な笑顔。
「特にアルベルね。
……あなた抱えてものすごい勢いで走り出して、サーフェリオ通りこしてペターニまで来ちゃったんだから。宿にあなた落ち着けたら、今度は施術士捜して出て行くし」
必死の形相のあの猛ダッシュ……鬼走りとでも言うのかしらね? 面白いもの見せてもらったわ。
くすくすくす。口元に手を当ててマリアが笑っている。何かを言いかけたソフィアは、しかし結局何も言えなくて黙り込む。恥ずかしさに居たたまれなくなって、再び横になると枕に顔を埋める。

窓の外から怒声と罵声と悲鳴と、ついでにものが壊れる騒々しい音がした。
――けれどこの部屋の中は、マリアの小さな笑い声しか聞こえなかった。

―― End ――
2004/08/09UP
鬼走り / ちょっとひねくれた15のお題_so3アルベル×ソフィア_
OFP
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激進 [鬼走り]
[最終修正 - 2024/06/14-14:53]