それは、ソフィアがはじめて「本物の戦闘」に参加した日。
彼女自身は丸きり足手まといでしかなかったものの、ただきゃーきゃー騒いで逃げ回っていただけだったものの。戦闘そのものには勝利して、パーティ一同ほっと一息ついていた時のこと。
「あ、アルベル、さん……?」
「あァ?」
乱れた息を整えているアルベルに、おどおどと少女が近づいた。
先ほど、まるで足手まといの見本のように騒いでは逃げ回る姿を見ていたため、強さに絶対的基準を置くアルベルの、彼女に対するまなざしは冷ややかだ。その目に射すくめられた少女はびくりと身を震わせて、けれどさらに一歩彼に脚を踏み出した。
「あの……! さっきはすいませんでした!!」
言うなりものすごい勢いで深々と頭を下げる。腰がほとんど直角に曲がっているように見える。
「何もできないどころかみんなの邪魔しちゃって……っ、本当に、ごめんなさい!」
――どうやら当の本人も、自分の足手まといっぷりを嫌というほど思い知ったらしい。それでメンバー全員に頭を下げて回っているらしい。
ばかばかしくなったアルベルは、わざとらしい大きな息を吐くとそんな彼女に背を向けた。
「……てめえになんて、ハナから何も期待なんかしてねえよ」
「……っ」
ざっくり斬るようなきついもの言いに傷ついたのか。息を呑む大きな音に、薄く笑う。
足手まといを謝るくらいなら、最初からついてこなければ良いのだ。完全に安全ではないのかもしれないが、避難民とやらが集まっていたあの部屋でじっとしていれば、少なくとも先ほどのような戦闘に巻き込まれることはないだろう。
それが。立ち居振舞いからしていかにも素人でしかない非力な女が勝手にくっついてきて、荷物だったことにようやく気づいて謝るなど、いい笑い種だ。
――ばかばかしい。
いかにも温室育ち、世間知らずの少女は半泣きですぐに立ち去る――と思ったのだが。しかし怒ったようなやはり半べそをかいたような複雑な顔で、さらに一歩彼に踏み込んだ。
背を向けたままの彼には分からないとでも思っているかもしれないが、こちとら現役剣士、周囲の気配を読むのが半ば癖になっている。たとえ目を向けていなくても知る気がなくても、気配の存在すら知らない素人の少女がどのあたりにいて何をしているか、くらいは見当がつく。
手を伸ばせば触れるような位置で、何やらまごついていることくらい見なくても分かる。何かを言いたいのに話しかけられなくて、どうしようか悩んでいる、そんなことくらい。
「――まだ何か用か」
もうひとつため息を重ねて彼の方から訊ねた声に、びくりと跳ね上がるほど大袈裟に驚いたことくらい。
――たとえ見ていなくても、全部手に取るように分かるのだ。
ソフィアに背を向けた長身細身の男性が、今にもどこかに歩き出しそうだった彼が、ふと息を吐くと面倒臭そうに訊ねてきた。
「――まだ何か用か」
見ていなかったのになぜ分かるのかと思わず身をすくませてから、しかしそろそろと顔を上げるソフィア。そのころには目からためらいが消えていて、ただ使命感――に似た何かの光が灯っている。
「アルベルさん……ひ、だり肩……見せてください」
「あ? 何だいきなり。……寝ボケてやがるのか?」
「ボケてなんかいません!」
しぶしぶ身体ごと向き直るアルベルにさらに詰め寄って、そのままの勢いでガントレットに覆われた左腕へ抱きつく。さすがにそうくることは予想していなかったのだろう。男の反応が一瞬遅れる。
「な!? 何しやが、」
言いながらも、力ずくで引き剥がそうとはしない。それをいいことに抱え込んだ腕を覆う鉄の塊を――外したいのに外し方がまるで分からなくて、ソフィアは頭ひとつ分は違う男の顔をきっとにらみつけた。
「これ外してください! わたし確かに足手まといですからさっきのはもういいです!! それはいいですけど、……怪我、してるじゃないですか! はやく手当てしないと……!」
「……っ!!」
戦闘が終わってからこっち、左腕の動きがいつもと違う。だらんとしたままそもそもほとんど動きがないし、あったとしてもそれはとてもぎこちない。
気づかれるとは、まさかその自覚すらある素人に気づかれるとは思っていなかったのだろう。なまじ女よりも綺麗な顔が不機嫌に歪んで口の端がかすかに引きつって、切れ長の緋色の目が底光りしてそれがとても怖い。今すぐこの場から逃げたいほど、怖い。
怖いけれど、引いてはいけないと――ソフィアの何かが叱咤する。
「わたしはお荷物ですけど! わたしアルベルさんに嫌われても仕方ありませんけど!! でもわたしをどんなに嫌っていてもいいですから、自分の身体は大切にしてください。手当て、しますからこれ外してください!」
ソフィアの中の何かが、鋭くそう叫ばせる。
「……手当てなら自分でやる。離せクソ虫、てめえに見せて何になる」
緋色の目が泳いだ。怒りではなく憮然としたうめきに、ソフィアはもう一押しだと直感したらしい。ますます彼の左腕に回る手に力がこもる。
「わたし、癒しの紋章術が使えます! 怪我、癒せますからアルベルさん!!」
「……っ」
言い返せないのが悔しくて舌打ちすると、先ほどまであれほどおろおろしていたのと同一人物かと疑いたくなる強い翡翠色が、そんな彼をねめつけた。
優しい顔立ちの少女ににらまれて怯むような、そんなおめでたい人種ではない。そのはずなのに、自分のことすら忘れて心配してくる、全力で彼を心配している彼女の姿にはどこか居心地が悪くなる。
……らしくない。
「……ちっ」
何度目かも分からない舌打ちを重ねて、アルベルがその場にあぐらをかいた。その腕にくっついていたソフィアもつられて一緒にしゃがみ込む。邪魔な手をどかせて止め具に手をかけ、彼がガントレットを外そうとしていることに気づいたためか、その目がきらきら嬉しそうに輝いた。
「――アルベルさん、」
「……」
「わたし、強くなりますから! 剣とかは無理ですけど、この紋章術で絶対に強くなりますから!!」
「――……好きにしろ」
癒しの術のおかげなのか単に呆れたのか。常に不機嫌な男の雰囲気が、――ほんの少しだけやわらかくなっていた。
