バンデーン兵が銃をかまえた。
人間とはまったく違うつくりの能面みたいな顔から、感情など読み取れるはずがないのに。ひどく見下してにやにや笑っているような気がする。捕らえた獲物をいたぶり愉しむ、そんな笑みを浮かべているような気がする。わざとらしいほど大袈裟にかまえられた大きなライフル、そのトリガーがゆっくりと引かれた。それが見えているのに逃げようと思うのに、周辺の空気がひどく粘つく感じがしてまったく動けない。
焦る気持ち、動かない身体。トリガーが引かれて光線が走る。ロキシ博士、リョウコ女史、フェイト、父クライヴ、母キョウコ……次々と光が彼らを打ち抜いていく。胸を灼かれて倒れ込んだ彼らは、もう身じろぎさえもしない。きっともう、できない。
その銃口がとうとうこちらに向いた。
「……!!」
声にならない叫びが、口から漏れる。

―― 老成 [若年寄]

「――……!!」
ソフィアは飛び起きた。一瞬視界が利かなくてさらにパニックに陥りかけて、しかしあわてて周囲を見渡せば、つい先ほどまですぐそばにいたはずのバンデーン兵の姿はない。
「……っ、……?」
周囲は夜、――だから視界が利かなかった。見上げれば寝ぼけた目に星がいくつかにじんでいて、どこか淋しそうに虫の音と遠くかすかに水の流れる音が響いている。土のにおいと草のにおいがひどく生々しくて、それにかすかに混ざるのは、鉄――装備品のにおいだろうか。
跳ね飛ばした毛布が目に映って、――そしてようやく、寝ぼけて飛び起きたことを知った。
――では、あれは全部夢だったのだ。
そう思ってまだばくばくうるさい心臓を押さえつける。安堵の息を吐きかけて、その瞬間、フェイトの父親が亡くなったことは、ロキシ博士がバンデーンの凶弾に倒れたことは事実なのだと思い当たった。
ソフィアはただ――息を、吐く。

◇◆◇◆◇◆

現在地、サンマイト平原はダグラスの森近く。時刻は夜半過ぎ。
ここを野営地に決めたときに邪魔なモンスターはあらかた倒したので、今は周囲に仲間以外の動くものは見当たらない。毛布に包まって器用に眠りに就いた、仲間たちの他には誰もいない。
「――どうした」
「きゃあっ!?」
いきなり声をかけられて、思わず悲鳴がすべり出た。夢のせいではないどきどきに目に涙がにじんで、あわてて声をした方を仰げば、細身の男性が刀を手に呆れた顔をしている。
「ある……あるべるさんっ!?」
「ああ。――何かあったのか?」
いつもなら鎧とガントレットとで、金属製のそれのせいで、動けばがちゃがちゃ音がするのに。目を瞬きながら身体ごと向き直ると、――多分寝るのに邪魔だったのだろう。音の立つ金属製のものすべてを外して、身軽な格好になっている。
――そういう格好だから、いつもの音はしなかったのか。
納得した瞬間はっと気づいて、ソフィアはあわてて頭を下げる。
「すみません……! ひょっとしてうるさかったですか? 起こしちゃいましたか??」
普通に歩いているように見えるのに足音のないアルベルは、彼女の脇までくると無造作に腰を下ろした。あぐらをかいてカタナを肩に預けて、そのついでのようにソフィアの頭に手を乗せる。いつものように叩くように撫でるようにぽふぽふと数回やると、なぜか小さく喉の奥で笑った。
「――見張りしてたのが、妙な気配に様子見に来ただけだ。別に何か叫んでたわけでなし、気にすんな阿呆」
阿呆、は余計だと思う。思うけれどそれは彼の口癖で、分かっているからそれについて文句を言うのはあきらめた。諦めついでに周囲を見れば、確かに他のメンバーが起きている様子はない。声を上げていないのは確からしい。

「――で、何があったんだ」
ソフィアの頭に乗ったままの手が動いて、髪をくしゃりとかき混ぜられる。髪がぐちゃぐちゃになっちゃう、とソフィアはぼんやり思ったものの、考えてみればそもそも寝起きでぼさぼさだったはずで、そんなに変わりないことに気がついた。
「言ってみろ」
促されて――星明かりの緋色の目が何だかいつもよりもやさしく見えて、不意につんと鼻に痛みが走る。視界が潤んで瞬けば、暖かいものが頬を伝い落ちていく。
「……おい……?」
「な、なんでもな……」
ぎょっと目を見開いたアルベル。いきなり涙に驚いたのは、ソフィア自身もまったく同じだった。あわてて手で拭おうとしたら、それより先に後頭部を大きな手が包んで、――アルベルの胸に顔を押しつけられる。
「……?」
「いいから黙ってろ……別に何もしやしねえよ」
――無理に聞き出そうとして、悪かったな。
乱暴な言葉は、けれどとてもやさしい。頭にある大きな手は、暖かくてとてもやさしい。
鼻の奥の痛みはどんどん強くなって、次々と涙があふれていく。泣くつもりなどなかったのに、なぜ泣いているのか意味も分からないのに、涙はいつまでも止まらない。泣くな、と言われなかった、突き放されるどころかこうして包まれて、それがとても――嬉しい。
愛しい。

◇◆◇◆◇◆

フェイトと合流してから、このパーティに入ってから。泣いてはいけないと、ずっと思っていた。ただでさえ自分は一人みんなよりも弱いのだから、ただでさえお荷物なのだから、これ以上みんなの足を引っ張ってはいけないとずっとずっと思ってきた。
怒ることは前に進むエネルギーになるけれど、泣くことは停滞につながると知っている。今は立ち止まっている暇などどこにもないのだと分かっている。
そう思って自分を押し殺して心を押し殺して。――バンデーンに捕らわれていたときの癒えきっていない心の傷が、記憶が夢でよみがえって。ひどく動揺していた時にぶっきらぼうではあったものの、確かなやさしさを向けられて。
情けないと思う。たったそれだけが呼び水となって、自覚していなかった涙が堰を切ってあふれ出した。
強くありたいのに、強くなりたいのに。強いひとに結局は気を使わせて自分は今も甘えてばかりで、がんばりはすべってばかりでちっとも強くなれない。

「阿呆」
小さくつぶやきながら、大きな手がゆっくりと頭を撫でてくれる。
「無理してんじゃねえよ」
しがみついて嗚咽を漏らすソフィアを、ただ黙って受け入れてくれる。
「ずっと泣きっぱなしは論外だがな、たまにだったら、泣きたいなら泣けるなら……今は、泣け」
自分を押し殺すな、と叱りつけるその声が。ひどくひどくやさしくて。
あふれ続ける涙にいまだ困惑しながら、――ソフィアはひとつ、うなずいた。

―― End ――
2004/08/12UP
若年寄 / ちょっとひねくれた15のお題_so3アルベル×ソフィア_
OFP
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老成 [若年寄]
[最終修正 - 2024/06/14-14:53]