遺跡やら何やらを移動する生活をしていると、町を通りがかることそれ自体が何かのイベントのような感覚に陥ることがある。多少治安が悪い場所でも、ダンジョンに潜っているときほど気を張りつめる必要はないし。
そんなわけで。
町に着くたびに二泊くらいはして、毎晩どんちゃん騒ぎをするのがここのところ一行のお決まりになっていたりする。
グラスの中の琥珀色を揺すれば、豊かな香りが立ち昇る。くらりとくるアルコールの深い味を舌で喉で味わって、呑み下したものが胃で熱を帯びる。
……美味い。
手酌で無造作に、けれど上機嫌に酒を味わっていたアルベルが、グラスが空になったところでふと周囲を見渡した。
一気に不機嫌になる。
手がデカいのをいいことに、片手にジョッキ五つとか持ってがばがばエール呑んでいるクリフとか。そのクリフに抉るようなツッコミ入れつつ、でもやはりつき合って同じジョッキを――こちらは普通にひとつだけ持って上品に呑んでいるミラージュとか。一升瓶を片手に一本ずつ持ってラッパ呑みしては店内の女性を口説いている全身真っ赤になったフェイトとか。とっととつぶれてテーブルに突っ伏して時々びくっと震えてはうっとおしく娘の名前を呼び続けるアドレーとか。ただ無言で杯を重ねるもうすでに十分ヤバいレベルまで真っ赤になったマリアとか。ため息をつきつつ時々ソフトドリンクで喉を湿らせながらひたすらつまみをぱくつくネルとか。
……? 一人足りないような。
呑みはじめてからけっこうな時間が経っていて、多分自覚している以上に酔っているアルベルが首を傾げている。その顔が不意に鋭くなったと思うと、いきなり背後を振り向いた。
「き、ゃ……」
「……っ、てめえか……無言で背後から近づくなと言ってあるだろうが」
グラスを両手で大事そうに持って、翡翠色の目をめいっぱい見開いている栗色の髪の少女。ソフィアに物騒な目を向けて、アルベルが唸る。
「反射的に斬りつけても、俺は謝らねえからな」
「……っ、前もって言っておけば謝らなくていいなんてわけ、ないじゃないですか! アルベルさん強いんですからもっと気配読むとかできないんですか!?」
「だから今回は斬らなかったんじゃねえか、阿呆」
ぐっと黙り込んだ少女に、意地悪く笑う。不機嫌になっていたのがいつの間にか直っていたことには、あいにく双方気づかない。
そのまま何事もなかったかのように、空のグラスにまた酒を注ぐアルベルの脇に――すねてどこかに行くと思っていたソフィアがどっかり腰を下ろした。からん、その手のグラスに浮いた氷が涼やかな音を立てる。
「……てめえ、酒呑まねえんじゃないのか」
「呑みませんよ、これジュースです。マリアさんがくれたんです」
こくり、一口飲み下しておいしーとつぶやいて笑うソフィア。しかし……果実のにおいの奥に、アルベルの鼻がかすかなアルコールのにおいを嗅ぎつけている。
半眼でマリアを見やれば……真っ赤に染まった顔、酔眼の翠が面白い見世物を見るような目でこちらを眺めていた。
……まあ、いいか。
しばらく目だけでやり取りしてあれこれ考えて、やがてアルベルはそういう結論に達した。殴りかかってくるとか絡んでくるとか、そういう面倒な酒癖なら逃げたいところだが、そういえば彼女の酒癖を知らないわけだし。たとえそういうハタ迷惑な癖でも、一回だけなら我慢してやろうと――機嫌のいい今はそう思う。
においからして、オレンジとピーチと……どちらかがリキュールか何かでどちらかがジュースだと思う。色から見て、ピーチリキュールとオレンジジュースだろうか。口当たりがよくアルコールもあまり感じられず、「ジュース」と言われれば確かに信じるかもしれない。
アルベルと、そしてマリアとに観察されているソフィアはそれにまったく気づかない。気づかないままいかにも美味しそうに一口ずつ大切に飲んでいるのが――妙に平和的でやけに笑える。
「……美味いか?」
「はい! 甘くておいしいです。ミックスジュースっておいしいですね! 今度研究してみようと思います!!」
えへへ。ソフィアが小首を傾げて笑った。自覚はないようだが、頬は真っ赤で頭がぐらぐら揺れて、グラスの中身はまだ三分の二ほど残っているのにはや酔っ払ったらしい。
経済的なやつだ、と思うアルベルは自分の酒を舐めている。
そのアルベルの肩に。ぐらぐら揺れるソフィアの頭が不意にもたれかかった。あぁ……? 目を落とせば、きょとんとした顔のソフィア。
「はにゃ?」
「――酔っ払ったならとっとと寝とけ、阿呆」
「よってません! よってなんかいないです!!」
いいながら頭はずるずるすべっていって、それを止めようとしたのか――あろうことかアルベルの腕にがっちりとすがるソフィア。自覚があるのかないのかよく分からないものの、そのままの状態でグラスをテーブルに置いて、恨みがましそうに見上げてくる。
「アルベルさんの、いじわる……! おさけのんでないのによっぱらうわけないじゃないですか!!」
だったらなんで台詞がひらがななんだ。
思ったものの、酔っ払いに突っ込んでも意味がないことはよく知っている。ので、アルベルはふっと視線をそらすとまたグラスを呷った。それがどうやら気に食わなかったらしく、頬を膨らませたソフィアは、アルベルの腕に回した手にますます力をこめる。
痛みはまったくないものの、うっとうしい上に邪魔で。
「……離せ」
「いやです! アルベルさんのいじわる!!」
「ああもうそれでいいから……邪魔なんだよ」
「おさけのんでるだけなんだからかたてつかえればじゅーぶんじゃないですかりょーてがうごかなくてもかんけいないじゃないですかあるべるさんのとーへんぼくっ!」
「……」
「すけこまし! ろしゅつきょー、……えーとえーと……おとなげなしー!!」
言うだけ言うとかっくり寝入ったソフィアを腕にくっつけて。あまりに子供じみた言い方に腹は立たないものの、ひどく疲れたアルベルはがっくりと肩を落とした。
机に置かれた、彼女が手放した氷もすっかり溶けて汗をかいたグラスを一息に呷る。やはり混ぜものは好きじゃないな、などと思う。向こうの方でにやにやしている青髪の女参謀は見えないことにする。
「……アルベルさんの、いじ、わ、る……」
寝ぼけてつぶやいた彼女の額を、アルベルが指で軽く小突いた。
