ある日フェイトに言われた。
――認めたくないけど、ソフィアはお前に懐いてる。
――あいつのこと、泣かすような真似したら許さないからな。
これ以上ないほどに真剣な顔で、びしっと指まで突きつけられた。
――そもそもお前、ソフィアのことどう思ってるんだよ?

―― 胃炎 [神経性胃炎]

アルベルは深く深く息を吐き出した。
現在地、カルサアの宿屋「アイアン・メイデン」の一階ロビーにあるソファ。
他のパーティメンバーは、買い出しなりアイテムクリエイションなりと忙しそうにしている。が、戦闘以外にやる気を出さない彼はいてもいなくても同じだと、むしろ工房が狭くなるから来るなとクリエイション組に言われた。買い出しなどという雑用をする気はハナからない。ウォルターの屋敷で時間をつぶすことも考えたが、なんとなくそういう気分にもならない。
さらに息を吐く。
らしくないと思う。他人に言われたことを素直に悩むなど、まったく普段の彼らしくない。らしくないといえばそもそも、強い弱い以外の目で他者を見ている、それを自覚していることそのものが、まさに彼らしくなかった。

――強い弱い以外の目で、とは。つまりどんな目で……、
「アルベルさん?」
「っ!?」
考え込んだ矢先に当の本人の顔がいきなりどアップですぐそこにあって、アルベルは声にならない悲鳴を上げた。
「? どうかしたんですかアルベルさん。……あ、体調が悪いとか」
「……、っ、ん、なわけあるか、阿呆」
ただちょっと気を抜いていたところに、予想外に間近く距離を詰められていたのに驚いただけだ。
――そんなことをとても説明する気になれずにげんなりとそっぽを向くと、小さな手が彼の頬に触れた。と思った瞬間ぐいっと前を向かされて、先ほどの距離など鼻で笑うくらいすぐそこに、ちょっと怒ったような少女の顔。
アルベルは息を呑む。

ふっくらとしたまろい頬のライン。深く深く、どこまでも澄んだ翡翠色の大きな瞳。それを彩る長いまつげ。やわらかにさらりと揺れる栗色の髪。そこから香る花のようなにおい。熟れた果実を連想させる、思わず噛みつきたくなるふわりとした唇はつややかで、彼の頬を包む華奢な手は小さくてひたすらやわらかい。
人間という同じ種のはずなのに、――

◇◆◇◆◇◆

「だめですよっ」
浮かびかけた思考を遮るように、自覚もなしに動こうとした彼の手を制するタイミングで、ソフィアが叱るような声を上げた。拗ねたように尖った彼女の唇に彼の視線が固定されていることにはまるで気づいていないらしく、そのままの調子で続ける。
「体調悪いなら、無理してこんなところでだらだらしてないで、しっかりベッドで休まないとっ!」
そうではない。別に発熱しているわけでも怪我を隠しているわけでも何でもない。
しかしそう思い込んでしまった少女は、ただでさえ近すぎるほどに近い距離をさらに詰めた。先ほどから凍りついているアルベルを良いことに――こつん、と額をぶつける。
「熱は、ないみたいですね」
だから、体調不良というわけではないのだ。
彼がその気になったなら、ただそれだけでとてつもなく危険な状況にあるということに、なぜソフィアは気づかないのか。頬にあった彼女の右手がすっと動いて、撫でられるその感覚に思わずアルベルがぞくりと鳥肌を立てて――頚動脈のあたりに触れた手が、しばらくそこでじっとしている。
「脈がちょっと速いみたいですけど……大丈夫ですか?」
小動物のように、無邪気に首をかしげる。

「阿呆」
元凶が何を言う。
かすかに非難のこもったその目を、どうやら呆れと受け取ったらしい。少女がぷくっと頬を膨らませた。
「いっつも無茶して、痩せ我慢しているのアルベルさんの方じゃないですか。怪我したならすぐに言ってくれれば良いのに」
そうしてやっと距離をとって、こっそり息を吐くアルベルの腕を無造作に引く。ぐいぐいと、きっと本人にしてみたら精一杯の力を込めて、しかしアルベルからしたらまるで鼻で笑いたくなるような儚い力で引っ張る。
「ほら、寝るならベッドで休んでくださいっ! 身体伸ばして寝た方がいいに決まってます!!」
やれやれと息を吐いて、変な方向に考えのいきそうになる頭を無理やり軌道修正するアルベル。眉を吊り上げる少女に、唇の端を上げてみせる。
「……体調不良でもなんでもねえのに、こんな真っ昼間から寝れるか。だから阿呆だと言ったんだ」
「今の今までここのソファでごろごろしてたひとが言っても説得力ないです」
あきらめる様子のない少女にさらに息を吐く。しぶしぶ立ち上がってもその手は外れずに、そのまま二階へと引っ張っていこうとするのを――逆に宿屋から出るかたちで抵抗を見せてみた。

◇◆◇◆◇◆

「……? アルベルさん??」
「風雷兵あたりに適当に稽古つけてくる。暇つぶしにな。……てめえじゃ、手合わせの相手になんてなるはずねえからな」
少女を怒らせるつもりで言ったのに、眉を寄せた心配顔になってしまって、予想と外れてそれに途惑う。いまだ取られたままの腕を軽く引けば、呆気なくそれは自由になった。
花がしおれたようにしゅんとなっている少女を放っておけずに、取り返したばかりの手を伸ばしてみる。頬にかすかに触れそうになったところで、ソフィアが勢いよく顔を上げた。
「本当に……大丈夫なんですね? また怪我隠していたりしませんね??」
――よくよく信用がないらしい。
憮然とした顔に、彼女はどこまでも真剣な目で、
「どこか痛かったりつらかったりしたら、我慢しないで言ってください。癒しの紋章術かけますから、わたしに言ってください」
「……あ、」
阿呆、といつものように返そうとして、――泣きそうな怒っているような、けれどどこまでも純粋に彼を心配しているソフィアに嫌でも気づいてしまって、
「――……」
中途半端な位置で固まっていたてのひらで、ぽんと頭を軽くたたくとくしゃりと髪をかき混ぜてやった。

ほこりっぽい町並みを歩きながら、アルベルは息を吐く。
――そもそもお前、ソフィアのことどう思ってるんだよ?
「……純粋に懐かれて、嫌な気がするわけねえだろうが、阿呆」
ぼそりとつぶやいて……それ以上の気持ちには、気づかないフリをする。考えすぎて悩みすぎて、なんとなくじくじくしだした胃の痛みを気のせいということにしておく。

――またひとつ、風が行き過ぎた。

―― End ――
2004/08/23UP
神経性胃炎 / ちょっとひねくれた15のお題_so3アルベル×ソフィア_
OFP
中国語・無断転載禁止 ハングル・無断転載禁止
胃炎 [神経性胃炎]
[最終修正 - 2024/06/14-14:54]