その日、細かいあれこれは忘れてしまったけれど、ネルがソフィアを呼んでいるとかで。何かついでの用があったのかそれとも餌か何かで釣られたのか、アルベルが、ちょっとソフィアを呼んできてくれないかいと雑用を押しつけられて。
いつものようにノックもなく、少女に割り当てられた部屋のドアを彼が開けた先に、

―― 笑声 [今の笑うとこ?]

エリクール星系エリクール二号星上空、成層圏に待機中の反銀河連邦組織クォーク旗艦ディプロの某所より。絹を切り裂くような魂切る悲鳴が、船全体を揺るがした。

「……チッ……」
しばらく後。いまだ耳の奥でわんわんと反響する悲鳴の残滓を何とか取り除こうと、こめかみのあたりをがしがし叩きながら廊下を歩くアルベルの姿があった。
――まったく……ついているんだかいないんだか。
ひとつ息を吐く彼のその肩を、横手のドアから姿を現わしたクリフがにやにやしながら軽く叩く。何が言いたいのかそのままどかない肩の手を、ぎろりとアルベルがにらみつけた先。青い目が面白そうに意地悪く、ただ笑っている。
「……で? お前あの嬢ちゃんに一体何やらかしたんだ今度は」
「――うるせえ……」
低く唸るアルベルに、器用に片眉がはね上がった。そうしてから、さもたった今思いついたように、
「お、そういやさっきフェイトがものすごい顔でお前探し回ってたな。鉄パイプ抱えて」
にまりと笑う。
かっとなりながら無言でくり出したこぶしはひょいと避けられて、それでも肩の手はどかなくて、おかげで逃げることもできないアルベルの顔が引きつった。
言われてふと気づいた気配。どこからなんだか確かに殺気が自分に向けられていて、何だか寒気がする。こういう時の悪寒はいまだ外れたことがなく、つまりは彼を探しているらしいフェイトに見つかれば――単なる女好きからだろうが、幼馴染の少女を必要以上に過保護なまでに大切にしているあの青髪の青年のことだ。半殺しですめばきっと御の字の、ものすごい攻撃をくり出してくるに違いない。
……こちらは仮にも仲間のはずだが、ことこういった件に関してはまるで容赦を知らない青年のことだから。
「――で、一体何やらかしたんだ」
にまにまと底意地の悪いクリフの笑みに、アルベルにはなんとなくその考えが分かった。逃げようとじたばたもがきながら、鋭く小声で叫ぶ。
「不可抗力ってやつだ事故なんだよっ! いいからとっとと離しやがれ!!」
「分かんねえやつだな、その事故って何だってんだよおい」
どうやら答えるまで離さないつもりらしい――つまりこれは脅迫ということか。
ぎしりと歯を噛み締めて、容赦なしの攻撃をくり出そうとしたアルベルは――、しかし懐から小型の機械を取り出して、片手で何やら操作しはじめたクリフに白旗を上げるしかなかった。
とりあえず。こんなところでこんな状況の今、きっと鬼と化しているフェイトを呼ばれるわけにはいかない。悔しさいっぱいで舌打ちと共に口を開く。

◇◆◇◆◇◆

同刻、別の場所で。
リーダー権限を発動して、心配やら野次馬根性やらで集まってきたクルーを一喝して持ち場に戻らせて一息吐いたマリアが、背後にあったドアにするりと入り込んだ。先ほど見たのとまったく同じ格好、姿勢で固まっていた人影が、ばっと顔を上げて相手を確認すると半泣きに顔が歪む。
「マリアさぁぁぁん……っ」
「とりあえず格好整えなさい」
ため息と共に命令口調で言い放てば、はっと我に返ったようにくすんと洟をすすりながら、ソフィアはあわててベッドに投げ出してあった服を手に取った。下着姿の少女が扉を開けた誰かの視界に入らないように、立ち位置を変えながらマリアは腕を組む。
「――で? 悪いのは一体誰なのかしら」
冷静に冷酷に訊ねられて、ソフィアはぐっと喉を詰まらせたような音を立てた。

つまるところ。
ノックなしにいきなり扉を開いたアルベルに、着替え途中だったソフィアが下着姿を見られた。――事態を説明すれば、たったそれだけだったらしい。
お互い目を見開いたままかっきり三秒ほど固まって、無言のアルベルが顔を背けてドアを閉じたのと、遅まきながらその場にしゃがみ込んだソフィアが全力で悲鳴を上げたのがほぼ同時。自室で事務作業を片づけていたマリアが悲鳴の元に向かう途中で、ソフィアの悲鳴を聞いた、ただそれだけでアルベルが悪いと決めつけ魔王と化したフェイトとすれ違いざま二、三言交わした。たまたまその近辺にあった倉庫で何やら在庫確認に駆り出されていたクリフがそんな二人を目撃していて、しかし面白そうだと持ち場を離れようとしたところをミラージュに見つかって耳を引っ張られて倉庫に逆戻りして、料理をしながらソフィアを待っていたネルは、位置的に一番離れていた上に通信機器はじめ機械類にまったく疎いため、ひょっとしたら今も騒ぎに気づいていないのかもしれない。

ことのあらましを大体聞いたマリアは、ただ息を吐く。
「……悪いのは誰かしら?」
「――……う……」
「何も言わずにドアを開けたアルベルは、もちろん悪いわよね。
ただ、彼は未開惑星出身で――インターホンの使い方は一応教えたけど、前に立てば自動的に開くドアに慣れていない、って理由もあるかもしれないわ。……まああの彼のことだから、礼儀知らずってのが正しいでしょうけど」
着替え終わってその場にぴしっと立ったまま、なんだか器用に小さくなっているソフィアにマリアはもう一度息を吐いた。
「見られたくないなら、しっかりロックかけとかなきゃ駄目じゃない」
「はい……」
さらに小さくなったソフィアに、マリアはもう笑うしかない。
「――別に怒ってなんかいないわよ。私はね。
そうね……アルベルに平手のひとつでも飛ばして、それから自分も悪かったからって謝ったら? ――もっとも早く彼見つけないと、フェイトに鉄パイプでぼこぼこにされてそうだけど。ああ、ひょっとしてそっちの方が好みかしら」
「え、……フェイト?」
「すごい剣幕だったわよ。何があったかも知らないくせに、アルベルが全面的に悪いと思い込んでいたわ」
それを聞くや否や、いきなり走り出したソフィアの背中を見送ってから。マリアは呆れるべきか笑うべきが、少し考えてから結局肩をすくめるだけにした。
「……そういえば、結局アルベルは何のためにこんなところに来たのかしら?」
自室に戻りながら細い指をあごに当てて小首を傾げる。

◇◆◇◆◇◆

そして。
フェイトがアルベルに殴りかかるよりも早く、ソフィアがアルベルを見つけるよりも早く。憮然とした顔でクリフに状況説明していたアルベルの後頭部を抉ったのは、いっこうにソフィアを呼んでこないことに焦れたネルの、調理室――クリエイションルームから持ち出した野菜くずのいっぱいついたまな板だった。結果野菜くずまみれになったアルベルをさらにボコろうとしたネルと、一部始終を見て腹を抱えて笑い出したクリフを、イイ感じにヤバげにへこんだ鉄パイプを肩に担いだフェイトが見つけて駆け寄ってきて。フェイトが振り下ろした鉄パイプが、目測を誤ってクリフに命中したりしたところでソフィアが駆けつけて。そんな騒ぎが起きてクルーから苦情が来るまで、マリアは自室に戻ってマイペースに事務作業をしていたりして。

とりあえず。アルベルの辞書に「ノックしてから部屋に入る」という項目が追加された分だけ――まあこの騒ぎはまったくの無駄ではなかったというところだろうか。
多分、そうであってほしいと思う。

―― End ――
2004/08/24UP
今の笑うとこ? / ちょっとひねくれた15のお題_so3アルベル×ソフィア_
OFP
中国語・無断転載禁止 ハングル・無断転載禁止
笑声 [今の笑うとこ?]
[最終修正 - 2024/06/14-14:54]