最後の敵が倒れた。地に崩れ落ちたそれが完全に動かなくなったのを確認してから、ある者は剣を刀を鞘に納め、ある者はこぶしを打ち合わせ、ある者は銃をホルスターへとしまい、ある者はかまえていた杖を下ろす。
そうしてから投げ出してあった荷物のそばまで全員集まって、怪我をした者精神力を消耗した者の、それぞれ回復をはじめた。
まったくいつも通りの流れだった。
「ソフィア、悪いけどアルベルの回復してあげて」
回復アイテムを取り出そうと、その場にちょこんと腰を下ろしてごそごそ道具袋を探っていたソフィアは。マリアの声に顔を上げて、そうしろと促されたのだろう、どっかりと目の前に座り込んだ人影を見た瞬間ぎょっと目を見開いた。今もだくだくと豪快に頭から流血している当の本人は彼女の表情の変化をあまり気にせずに、顎にまで伝う赤をただうっとおしそうに手の甲で拭っている。
「……っ、だ、」
大丈夫ですかアルベルさん、と反射的に言いかけて、大丈夫でないからこそマリアが声をかけてきたことに気がついて。とりあえずまずは治療だと、ひとつ息を吸って気持ちを切りかえたソフィアは、精神を集中すると呪文を唱えた。
かざしたてのひらにやわらかな光が凝って、手持ちぶさたにぼーっとしているアルベルの、頭部の裂傷はじめ全身いたるところに負っていた傷がふさがっていく。やわらかな色の光の当たるそこだけ時間の流れが違うように、急速に傷が癒えていく。
やがて。
「――もういい」
ぼそりとつぶやかれて、集中していたソフィアは我に返った。見れば負っていた怪我はほとんど完治し、この術では失った血は増えたりしないため――多少貧血気味のようではあるものの、さきほどに比べれば格段に顔色が良くなっている。念のためもう少しだけ術を継続して、そして光を消せば、はーっと長い息を吐いたアルベルがごきりと肩を回した。
「……やっぱてめえの術は効くな」
「ありがとうございます……もう、痛いところありませんか?」
乾いてぱりぱりになった血の筋をいかにもかゆそうにぼりぼりやっているのを見て、ソフィアはタオルを取り出した。水筒の水で湿らせたそれで赤い筋をこすれば、案外簡単に薄れて消えていく。大人しくされるがままになっているアルベルは、彼女の言葉に、ああ、とうなずいた。
「いつも言ってますけど……あまり無茶しないで下さい。術なら、わたしいくらでもかけますけど、本当に完全に死んじゃったりしたら……本当の意味での復活の呪文なんて、存在しないんですから」
血を落とした頬から首筋にかけてを、タオルのきれいな面で一度拭いて。そうしてからソフィアは目を伏せる。
「取り返しのつかないところまで、どうか無茶しないで下さい」
細い声が震えている。
「お願いですから……」
今にも泣き出してしまいそうな少女に困惑したアルベルが、何を言えば良いかと散々迷って、そしてどうにか口を開いた瞬間。まるでタイミングを見計らっていたかのように、彼女の背後から手が生えて、細い肩を包み込んだ。
顔をしかめたアルベルが見やれば、胡散臭いまでに爽やかな笑顔を浮かべたパーティリーダーがソフィアの背後にいた。いつの間にか。
「ソフィア、無理なこと言うもんじゃないよ」
「……あァ?」
声を上げたアルベルを無視して、フェイトはにこやかにソフィアに続ける。
「攻撃と回避と防御のうち、こいつにできるのは攻撃だけなんだからさ」
「……なんだと……」
「だってそうだろ」
続けてうめいたアルベルに、そこでフェイトはようやく目を向けた。ソフィアのためにだろう、一見笑顔を浮かべておいて、しかし底光りする怖い何かを含んだ強い視線。
「装備からしてお前が僕やクリフよか薄いのは事実だけどさ。それ抜きにしたって、戦闘終了後ぼろぼろになってるのは、いつだってお前だけじゃないか。
――ソフィア、こいつがどんなに無理無茶しようがそれが原因で本気で死のうが、それはこいつの自由意志で決めたことだよ。お前が気に病む必要なんかない」
むしろこいつに近寄るな、というニュアンスを感じ取ったのはアルベルだけだったらしい。ソフィアはきょとんと目を瞬いている。
「必要以上にかまわなくて良いよ。ほっときゃ怪我してる馬鹿なんだから」
ぶちっ、とこめかみのあたりで何かがちぎれる音を聞いたような気がした。
アルベルはひくつく頬を無理矢理持ち上げて、困った――というか怯えた顔で二人を交互に見やるソフィアの向こう、やはり変わらずにこやかなフェイトに、ものすごい笑顔……めいたなにかを向ける。
「……挑発に乗ってやろうじゃねえか」
「アルベル? 僕は別にお前が弱いとか言った覚えはないよ??」
てより、挑発って何のこと? と、キナ臭い何かを含んだ爽やかな笑顔に低く低く唸る。
「――今まで通りしっかり戦闘に参加して、無傷で生き残ればいいんだな……?」
「だから、人間できないことを口にするもんじゃないってば」
へらへらした笑顔を今すぐ血の海に沈めたい。が、ことソフィアの前ではそういうわけにもいかない。アルベルは鉄爪でびしりとフェイトを指差した。
「できねえかどうかはやってみなきゃ分かんねえだろうが。見てろ……くだらん茶々入れたこと、心底後悔させてやるからなっ!」
「やだなあアルベル、何のことだよ? てより、その台詞悪役みたいで似合いすぎて反応に困るってば」
――ああ、その一見ほのぼののほほんとした笑みを浮かべる顔の下、喉首を遠慮なく掻っ捌くことができたならどんなに気が晴れるだろう。
物騒なことを考えながら、どうしたら良いのか分からずに困惑しているソフィアのために。アルベルは、いつの間にか消えていた笑顔っぽい表情を再び無理矢理浮かべてみる。
そして、次の戦闘終了後。
「……どうだっ! 別に無理でも無茶でもねえだろうがっ!!」
軽い打撲に術をかけてもらっているフェイトの前に立って、いっそやけくそのように声を上げるアルベルの姿があった。台詞自体は勝ち誇っているようだが、声音にそんな響きはない。
――どうやら、敵の攻撃を食らわないように常に周囲に気を配ってみたりだとか、攻撃しながらも忙しく立ち位置を変えて、防御やら回避やらをしてみたりだとか。そういう慣れないことをしたせいで、必殺技で精神力を消費したわけでもないけれどやたらと気疲れしたらしい。
フェイトはそんな彼にちらりと視線をやると、ふぅっともの憂げに息を吐いた。癒し終わったソフィアに礼を言って、ちょっと待っててとごそごそと道具袋をあさりながら、
「……まぐれっぽいだろ、今までが今までだし」
「……っ!」
ブラックベリィを幼馴染の少女に手渡して、怒りからだろう、わなわなと震えているアルベルに醒めた目を向けて――不意ににっこり笑う。
「さっきの戦闘、敵全部で六体いたよな。――うん、全部で百体分、無傷で倒せたなら前言撤回するよ。
……残りノルマ九十四体、」
おろおろするソフィアを手で制して、輝かんばかりの笑顔で言い放つフェイト。
「ま、ガンバレ」
無茶言うんじゃねえ、という男の悲鳴が周囲に響き渡って、その音で新たなモンスターが寄ってきて。
アルベルが本気でノルマ百体、無傷で倒せたかどうか――それはきっと、神のみぞ知る。
