悪い気はしなかった。心底無邪気に懐かれて、そのこと自体は嫌ではなかったし、その懐き方も邪魔になったり腹が立ったり鼻についたりするものではなかったし。
変なやつだと思っていた。そもそも無愛想な自分に懐いているあたりが、ぼんやりのほほんとしたいかにも育ちの良い娘のくせに、自覚すらするほど目つきの悪い自分に怯えもせずに懐いているあたりが、特に変なやつだと思っていた。
その変なやつが、しかし何かの鳥の雛のように自分の後ろをついて歩いたり、恥ずかしそうに横に並んでくっついていたり――それは保護欲とやらを掻き立てて、鬱陶しいはずなのにむしろ……なんだか嬉しかった。
――それが最近、どうも様子が違ってきていて。

―― 何苦 [なにやってんの]

「……なんか顔が足りねえな」
現在地、鉱山の町カルサア。ふらりと工房にやって来たアルベルにぐるりと周囲を見渡すなりぼそりとつぶやかれて、その台詞の内容に――いきなりなに言い出すんだこいつは、という呆れの雰囲気が広がった。その空気に気づかないアルベルは、ずかずかと工房内に入るともう一度ぐるりと確認して、手近な――フェイトに声をかけようとして、しかしその向こうがわでフライパンを振っているマユに目標を変更する。
「おい……猫女知らねえか?」
「お久しぶりですアルベル様。……ねこ?」
「――そふぃ……」
「あ、ソフィアさんですね。彼女でしたら……すみません。今朝一度……小皿一枚貸してくれませんか、と顔見せに来たっきりなんですけど」
「……そうか」
邪魔したな、とつぶやくととっとと工房を後にする。
クリフと一緒に鍛冶用のハンマーを握っていたフェイトが、どこか不機嫌に鼻を鳴らした。

◇◆◇◆◇◆

町にいる間は大抵、何が気に入ったんだかアルベルの後をついて回っていた少女が。ここ最近は誰の後もついてくることなく――むしろ特にここカルサアに来た時など、宿を決めて荷物を落ち着けるなり姿をくらませることが多くなった。
別にそれが不満だというつもりはない。
元々ひとりでいる方が気が楽な性分だったし、少女がついてくるとなるとそうそう変な――治安の悪いところに行くわけにもいかず結果行動半径が制限されたし、常に背後を周囲を気にするのは面倒だったし。だからここ最近はずいぶん身軽になったような気がして、それはそれで良かった。
多少甘えたところがある少女が自立しようとするのなら、それは良いことだと思っていた。

そんなわけで。彼女がどこで何をしているか知らないし、知ろうと思わないし。そうして放っておくつもりだったのが。
不器用な上やる気すらないためクリエイション要員に数えられないアルベルは、今日も宿屋「アイアン・メイデン」のベッドで惰眠を貪っていた。
彼の暇つぶしといえば寝ることと刀を振り回すことくらいで、後者は――以前まさにこの宿屋で実行した結果従業員に半泣きで苦情を言われて以来、パーティメンバー全員から禁止例が出ていたし。風雷駐屯地に顔を出そうものなら、確かに暇はつぶれるだろうが、ウォルターの小言が降りかかってくるのは目に見えていたし。
そんなわけでただごろごろと腐った生活をしていたアルベルだが。先ほど寝起きの目に、ちょっと引っかけて一部ほつれたアイテム袋を見てしまって。ぼろぼろとアイテムが落ちるような大きな穴ではないものの、一度気がついてしまえばどうにも気になるそれに、だったら手先の器用な少女にちょっと繕わせておくかと思いついて。
そんなわけで、刀を腰に軽鎧は外した格好で宿の外に出たのだが。

とりあえず向かった二つの工房はどちらもアウトだった。今回の買い出し係だったかと、道具屋や食材屋に行ってみたがこれもハズレ。ソフィアの性格からして用がなければ絶対に行かないだろうと思った武器屋には、予想通りその姿はなかった。
……まったく、何をムキになっているんだか。
頭に響いた呆れた声に――ふとアルベルは、それに言いわけする理由を探している自分に気がついて、げんなりして脚を止めた。空を仰いでひとつ息を吐く。
無視しておいてもかまわない、食事は一緒に取っているわけだから顔を合わせたその時にでも言えば良い程度の、どうでもいい理由でソフィアを探している自分。この町に滞在して今日で三日目、食事時と就寝前以外に顔を合わせた覚えのないソフィア。
……不満、だったのかもしれない。

◇◆◇◆◇◆

再び歩き出しながら、むっつりと――それでも周囲に目を走らせる。
不満だったのかもしれない。それまでどんなに邪険にしても――ソフィアに対する態度は、彼女以外の人間に対するそれとはまるで正反対に甘いものだったが――それでも懐いていた少女がぱったりそばに寄らなくなって。不満だったのかもしれない。何にかまけているのか、毎日毎日どこかに出かける後ろ姿や、なんだかうきうきそわそわ落ち着かない様子に。不満だったのかもしれない。――ひょっとしたらパーティの誰も知らない、この町に住んでいる男のひとりとでも良い仲になって、こうしている今もいちゃついているのかもしれない少女が。その相手の男が。……不満だったのかもしれない。
――馬鹿馬鹿しい独占欲に息を吐く。
嫌われてはいないと思う、好かれているのかもしれない。けれどその「好き」はきっと家族に対するそれで、アルベルの彼女に対する感情は多分それで、だから子供じみた独占欲に息を吐く。束縛するつもりなどない、できる立場でもない。今はルシファーとかいうクソ虫をぶち殺すために一緒に行動しているだけで、カタがつけばそれまでだ。生まれも育ちもまったく違う、コトがすめば元の場所に帰るのだろう少女に、執着するのは阿呆だと思う。そもそも甘すぎるほどにやさしい少女を、彼の元に無理に止めたところで、――

「……なにしてやがる」
「きゃぅうっ!?」
酒場の裏手のさらに奥、方角的に今は日向になっているものの、だからといって子供すら入り込まないような建物の隙間に。目当ての人物を見つけたアルベルはうめいた。
とりあえず、こんなところで逢い引きもないだろう。……小柄な少女ならともかく、男が、たとえばいくら細身とはいえアルベルが入ったなら絶対どこかでつっかえる、そんな隙間に少女はいたわけだから。
――それを確認して思わず安堵しつつある心をこっそり罵倒する。
彼に背中を向けたまま何やら手足をばたつかせる少女に改めて息を吐いて、
「……何してるんだ、てめえは」
ひょっとして……はまり込んで抜けないのか。
「ええと、あのその……っ」
もしそうならいくら間抜けでも助けてやるべきだろうか。
ちょっと悩むアルベルに愛想笑いを向けて、少女が案外あっさりと通りに出て来た。何があったのかと覗き込もうとする彼を、ものすごく不自然に押し戻しながら、何でもないですを連発する。
「何でもないなら、」
にぃ
言いかけたアルベルの言葉を遮ったのは、あちゃーとソフィアが天を仰いだのは。彼女の足元からよれよれと、ちみっちゃい毛玉がいくつか転がり出てきたためで、
「……この子たちにミルクあげてたんです」
諦めたのか隠そうとしても無駄だと悟ったのか、彼女の細い手に慣れた手つきで拾い上げられたのは。もぞもぞ動くそれは毛玉――ではなくて、
「この子たちの……お母さん猫、この前他の野良猫に襲われて……この町の子たちがどうしようって困っているのに、わたし行きあったんです」
にぅ……みぅ、みぃ
彼女の小さなてのひらでも、乗って余りがあるほどサイズの子猫が三匹。にぃにぃと甲高い鳴き声を、精一杯上げていた。

―― End ――
2004/08/26UP
なにやってんの / ちょっとひねくれた15のお題_so3アルベル×ソフィア_
OFP
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何苦 [なにやってんの]
[最終修正 - 2024/06/14-14:54]