カタカタカタとリズミカルな音が響く。軽やかな音は、長く続いたり拍子を取るようにカツカツという音に変わったり――それはまるで楽を奏でているようだ。
その音の奏者、自室のパソコンで情報処理業務をこなしていたマリアは。やがてふと手を止めると、今まで立ち上げていた画面とは別の画面を呼び出した。慣れた手付きでいくつかの画面を経由して、現れた映像に少しだけ目を細める。目元だけの淡い笑顔を浮かべる。
そうして一度伸びをして固まっていた肩の筋肉をほぐすと、映像画面を閉じてまた作業に戻った。

―― 告饒 [告白]

「マグネティック・フィールド!」
マリアの高い声が上がる。一度敵から距離を取ったフェイトは、攻撃をかわすと同時剣をかまえ直し、再び地を蹴った。マリアの技の磁場圏内に収まりきらなかった飛行系のモンスターが一匹、彼女に襲いかかろうとしたのを。翼の付け根あたりを狙ってくり出したフェイトの刃が、狙い違わず斬り割いて、
「プルート・ホーン!!」
再びマリアの声が響いて、身を翻した拍子に彼女の懐からこぼれ落ちたものに、――フェイトだけが気が付いた。

クォッドスキャナーという機械がある。銀河連邦域に一般に広く普及している、分析調査、情報検索用の携帯端末。基本機能は共通でも、各人の好みに合わせて機種形状にはかなりの幅があり、それを見れば持ち主の性格や好みが大体分かると言われるほどだ。
たとえばソフィアの持っているのは、丸っぽいシルエットの可愛らしいデザイン。フェイトのそれは、必要最小限の機能の四角っぽいシンプルなもの。マリアの場合は……フェイトの持つそれに近い機種の、いかにも彼女らしく機能が充実した飾り気のないタイプといったように。

戦闘終了後、マリアの落としたクォッドスキャナーを拾い上げたフェイトは眉を寄せた。
日常生活においてはかなり雑に扱われても問題ない頑強なシロモノでも、――さすがに戦闘時の衝撃には耐え切れなかったらしい。二つ折りタイプの折り畳み部分が破損して、データ部分はざっと見大丈夫そうではあるものの、モニタ部分などは壊滅的な状態になっている。
「マリア」
今の戦闘で使った分の弾を補充しているマリアに声をかける。小首をかしげた彼女は、フェイトの手の中にあるものを目にした瞬間珍しくぎょっとした表情をあらわにして、いかにもあわてた風に自分の懐を探った。
「さっきの戦いの時に落としてたよ。……これ、メモリの方は多分大丈夫だと思うけど……修復は不可能、……だよな」
「っ、あ……そ、そうね……使い慣れていたから壊れたのは痛いけど。新しい型が出ていたはずだから、この際そっちに変えることにするわ。データさえ無事ならどうとでもなるし」
「いや、見た目で判断しただけで本当に無事かどうかなんて……ああ。この機種なら、メモリ部分だけ僕のと取りかえれば確認できるか」
フェイトが何気なくつぶやくと、再びマリアの顔に動揺が走る。あれ? と思ってまじまじ凝視すれば、細波のようにそれは散っていって、――しかし彼女には珍しくフェイトからさりげなく視線をそらしていた。
「……マリア? 何かまずいパーソナルデータでも入ってるのかい??」
それとも、クォークのリーダーとして一般人に知られてはマズい極秘情報などが保存されているのだろうか。
「え、ええ……そんなところよ。
とにかく、データの確認なんかはディプロでできるから、もったいぶらないでそれ早くよこしなさい」
差し出されたてのひらに素直に壊れたスキャナーを乗せようとして――いつもと違うマリアが腑に落ちなくて、フェイトはマリアの手に触れる直前でひょいとそれを取り上げた。空を掴んだ手を見つめて、焦ったような泣き出しそうな、そんな珍しいどころではない表情を浮かべたマリアの顔に。別に意地悪とかからじゃないのだと、フェイトは言い訳を口走りそうになる。
はっと我に返ると批難にだろうマリアの形のいい眉が吊り上がって口が開いて、けれど声が出るより一瞬早く。フェイトの手が手品のような素早さで――メモリ部分を彼女のそれと交換した、自分のスキャナーを起動させていた。

「ぁ……!!」
心臓が跳ね上がって背中の芯が燃えるように熱くなって、しかし脇腹あたりから寒気が這い上がる。呼気と吸気が喉の奥で混じって詰まって、なんだか咳き込みそうになる。
声が、出ない。
ぱくぱくと金魚のように口を開けたり閉じたりしながら、マリアは制御しきれない自分の能力が今ここで発動してくれないか、と半ば以上本気で願ってさえいた。
「っ、フェ……」
マリアが隠そうとしていたものはもっと奥にあるとでも思っていたのだろう。スキャナーを操作しようとしていたフェイトの手が止まって、しばらく画面を凝視してから。途方に暮れたような顔がマリアの方を向いた。
「……僕……?」
マリアは真っ赤になって顔を伏せる。

◇◆◇◆◇◆

スキャナーの待機画面に映っていたのは、今よりもほんのわずかに幼い感じがするフェイト・ラインゴッドその人だった。
バスケットの試合中、ダンクでシュートを決める瞬間だろうか。勝利の爽快感に顔を輝かせた、まさに「人生最高の瞬間」を激写した一枚。

なぜこんな写真が、と――とりあえず重大な疑問は後回しにして――フェイトが首をひねっている。なんとなくこの写真そのものには心当たりがあるらしい。
「……ここ数年バスケをしてる最中を撮られたことは……、あ! これ一昨年の地球大会かな?」
写真の彼に負けず劣らず爽やかに顔を輝かせると、可愛らしく小首をかしげてマリアをのぞき込む碧。彼女はしぶしぶうなずいた。
――この写真の出所そのものに関しては、別にやましい気持ちはない。
「そっか……久々に見たよ「優勝の瞬間」。うわ、なんだか懐かしいな」
目を細めて写真を眺めている。そんなほのぼの平和な彼を、マリアの翠の目が見つめていて。その頭がものすごい勢いで回転していた。
空回り、していた。

自分が遺伝子操作をされていることを知ってから、マリアはそれに関する情報を全力で調べ上げた。何度も壁にぶち当たっては挫けそうになって、そのたびに自分を叱咤してきた。
これが最後の砦だと、連邦軍部にハッキングをかけて。何度も何度も危ない橋を渡りながらも、ようやくの思いでロキシ博士やリョウコ女史たちの名前を見付けた。そしてその時、自分と同じように遺伝子操作を施されたフェイト・ラインゴッドという存在を知った。
――それは一体いつのことだっただろうか。
マリアの持つ特殊能力に関しては、それ以上どこをどう探してももう見当たらなかったので。見切りを付けた彼女は、件のプロジェクトに関わったメンバーに視点を移して情報を当たることにする。博士たちに関しては、その世界では「権威」と呼ばれるほどに有名なこともあって、情報はそれなりに転がっていて。貪るようにそういう資料を当たりながら、けれど――一般人である彼らの息子、フェイトに関してはなかなか分からなくて。

今思えば、当時から――今も胸に抱えるこの気持ちはすでに芽生えていたのかもしれない。探しても探しても手がかりが見つからないから、余計に想いは募ったのかもしれない。

ある日、ミラージュから渡された新聞のスポーツ欄に。くすくすと笑いながら手渡されたそれの真意が掴めなくて、眉を寄せながら雑に目を落としたその記事の中に。今までいくら懸命に探しても、見つからなかったものがあった。
アマチュアスポーツ欄トップをでかでかと飾った写真。見出しに書かれた「優勝の瞬間」「ダンク・シュートで逆転勝利を呼び込んだフェイト・ラインゴッド選手の勇姿」の文字。
――何度も何度も読み返したために、今もマリアはその記事をそらんじることができる。

「あのころは、あれだけでちょっとした大事件だったっけ」
遠い目をしたフェイトの、過去を懐かしむ声がマリアの耳に届く。
「顧問の教師はやけに自慢したがるし、校長直々になんだか褒め言葉もらったし。
ファンレターとか差し入れとかも山ほどもらってさ、ファンだって女の子が下校のとき校門前に待ちかまえてて。何でかソフィアは怒ってるし、やったら「友達」名乗るやつが増えるし。
……僕一人じゃなくてあのチームのみんな、けっこう有頂天だったよ」
過去を振り返っているこの隙にスキャナーを――メモリを取り戻そうとするのに、見ていないはずのフェイトはひょいとマリアの手をかわして、それが彼女にはひたすら悔しい。
「そういえば、褒め言葉と一緒に色々陰口叩かれたけど……「どうせ両親に遺伝子いじってもらったんだろ」みたいなのがあったっけ。
――笑っちゃうよな、そんな根も葉もない噂がまさか別の意味で本当だったなんて。あの時は想像すらしていなかった」
ついでにいえば……まさか数年後、本物の武器を手にして本物の「敵」と斬り結ぶことになるなんて、夢にも思わなかったしね。
フェイトが肩をすくませる。それから、苦笑混じりの碧がとうとうマリアを射る。
「……それで? 何だってマリアがこの写真を待ち受け画面なんかにしてるんだ?」
ただでさえ赤かったマリアの顔に、さらに朱が昇っていくのが分かった。
「……マリア?」

「……だって、実際会うまではキミの写真これくらいしかなかったんだもの」
視線を逸らして唇を尖らせて、これ以上言い訳は通用しないと悟ったマリアはぼそりとつぶやいた。子供っぽいすね方だというのは自覚しているものの、他にどういう表情をすればいいのか分からない。
「まともにピントが合っていて顔がはっきり分かってついでに笑っている写真なんて、どこをどう探してもこれくらいしか見つからなかったんだもの」
ええと……?
言われた台詞に困惑するフェイトに、マリアは指をびしりと突き付ける。
「会ってみたかったのよ!!博士に話を聞きたい以上に、理由なんか分からないけど会いたかったの! キミに!!」
きょとんとするその顔が悔しかった。仕方のないことだと分かっているのに、マリアだけが一方的にフェイトを知って調べて探して、振り回されているのが悔しかった。
「会いたくて話がしたくて、でもできなくて! ストーカみたいだって自嘲しながら、キミのこと調べて。あの時のあの記事みたいにひょっこりどこかの新聞やら雑誌やらに取り上げられてるんじゃないかって、毎日こっそり期待していたのよ!!
馬鹿みたいだって自覚しながら、でも気になってしょうがなくて、何か写真を身近に置いておきたいって……思って、」
ふと我に返って、吐露した台詞にさらに顔が熱くなる。あまりの勢いとその言葉の内容に、目を白黒させているフェイトを見たくなくて身体ごとそっぽを向く。
――実物が目の前にいるから、こんなものもう必要ない。
いくら勢い付いたとしても、そんなことは言えなくて。マリアは黙っててのひらをフェイトに向けた。フェイトも黙ったまま、壊れたスキャナーとメモリを今度こそ彼女に手渡した。

告饒 [告白]

少し離れたところでクリフが騒いでいる。風が耳元で唸っている。
――顔が、身体が……どうしようもないほど熱かった。

―― End ――
2004/09/03執筆 2004/09/04UP
告白 / 恋愛に関する15のお題_so3フェイト×マリア_
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告饒 [告白]
[最終修正 - 2024/06/14-15:08]