強く在りたいと思っていた。強く在らなければと思っていた。強く在ることができていると思った。
身体は脆くても、精神は。誰よりも強く在る、……つもりだった。
一人でも生きていけるのだと、誰の助けもいらないのだと。――そう、思っていた。

―― 自傲 [自惚れ]

現在地、崩壊した惑星ストリーム。相変わらず視界の利きにくいそこには代弁者やら執行者やら断罪者やらが時おりふよふよと通り過ぎて、累々と転がる瓦礫や埃っぽい空気とあいまって、決して居心地のいい場所ではない。
先ほどFD界からこちらに戻ってきて――走らせたアンインストーラプログラムは目論見通りの効果を発揮したものの、すべての元凶であるスフィア社社長ルシファーは一行より一枚上手だった。それを知って色々検討した結果、エリクールの聖殿カナンにあるセフィラを使って道を開くことになった。
早く、一刻も早く。こうしている今も「世界」は確実に崩壊を続けている。

マリアはむっつりと黙ってただ歩を進めていた。
疲れているわけではない。たった今小休止を取ったばかりで体力は回復させてある。だから疲弊しているわけでも、どこか痛みを押し隠しているわけでもない。
やはり黙って歩いている青髪のパーティリーダーから、ことさら意識を背けて。目は周囲を探りながら胸中で吐き捨てる。
……必要ないのに。

休憩に入ったのは、アンインストーラプログラムを走らせたあたりの三連続戦の結果――戦闘そのものには勝利したものの、メンバー全員ずいぶんぼろぼろになっていたからだった。遠距離攻撃が主体のマリアも当然いくらか体力を消費していて、……その時はふくらはぎからの疼痛に眉を寄せていた。
怪我そのものは大したことはない。敵の攻撃を避けた時に、周囲に転がる瓦礫で作った打ち身程度だ。黒いストッキングが白く汚れて、多少伝染しかかってはいるものの。よく見ればかすかに膨らんで熱を持っていて、きっとしばらくすれば青痣になっているだろうとは思うものの。歩くことに、動きに支障があるわけでなし、もっと大きな怪我をした時に体力を消費した際に、ソフィアにでも頼めばきっと快く回復呪文をかけてくれるだろう。その時に一緒に癒してもらえるだろう。
無視できるその痛み以外は何も問題ないから。他のメンバーの様子を見ようと顔を上げた時、彼女の脇にフェイトが近付いてきた。
「フェイト? キミの怪我は……」
「ヒーリング」
断る隙も何もあったものではなかった。事前に呪文を唱えていたのか、発動のたった一言を口にしただけでその手に光が凝って、その光がつきんつきんと痛みを訴えていたふくらはぎに集中する。傷口の熱が少しだけ高くなったと思ったら一気に拡散して、疲労の実感はなかったのに身体が軽くなって。まるで沐浴でもしたあとのような爽快感に、いっそ鳥肌まで立つ。
その感覚はとても気分のいいものだった。――けれどマリアは柳眉を吊り上げる。

「何考えているのよ? 必要ないわ!」
感謝の言葉のかわりに叩き付けられた台詞に、呪文を終わらせてふと息を吐いたフェイトはむっと口を尖らせた。
「なんだよそれ! マリアが痛そうな顔してたから呪文かけてやったんじゃないか」
「頼んでもいないことを勝手にやっておいて、恩着せがましく言わないでちょうだい。大したことのない怪我に、なんでキミはいちいち呪文使ったりするのよ!?」
「痛いのが好きなやつなんかいるわけないだろ? なんでもかんでも我慢してたら、いざって時に後悔するんだからな!」
「余計なお世話よ。あいにくキミよりもそういう計算は得意なの、おかまいなく。
……むしろキミの方こそ――この呪文で消費した精神力のせいで、必殺技使えなくなったらどうするつもり!?」
「この程度の精神力の消費でがたがた騒ぐわけないだろ。計算が得意だって言うなら、それくらい察したらどうなんだよ!」
二人の剣幕に、血みどろのアルベルに半泣きで呪文をかけていたソフィアが驚いて顔を上げた。クリフに説教しながら二の腕に負った裂傷に包帯を巻いていたネルが息を吐いて、治療されていた男二人がふと視線を見合わせると、どーしようもねえなこいつら、めいた呆れた表情を浮かべる。
「怪我癒してもらったんだからしおらしくお礼の一つや二つするのが普通の人間の反応だろ!?」
「普通じゃなくて悪かったわね!! 勝手にされたことに礼なんて言うはずないじゃない! それにキミだって、心底感謝しているならともかく心にもない言葉の一体何が嬉しいのよ!?」
「そんなの受け取る側の自由じゃないか! 僕は一般常識のこと言ってるんだよ!!」
――そんな応酬がしばらく続いて、どちらからともなくふんとそっぽを向いて。そのころには治療を終えていた他四人が、いい加減にしろよ時間がないんだとっとと出発するぞと、ため息交じりにそう二人に声をかけて。

ざくざくと、いつもは意識して消している足音をわざと立てながら、マリアはまた胸にむかむかしてきたものに、はっとわざとらしく息を吐いた。怒っている頭の片隅で、ムキになるなんて情けないわね、と冷静にツッコむ自分がいる。それに対して、仕方ないじゃない、と拗ねる自分がいる。
腹が立った。大したことがない怪我なのは、誰よりもマリア本人が分かっていたのに。強がりではなく本気で、どうということのない怪我の、しかしそれでも怪我だけにつきんと走る痛みに顔をしかめていただけなのに。
腹が立った。それなのに、怪我の程度を知ろうともしないでただ彼女の表情を見て、癒しの呪文をかけたフェイトに。断る隙も何もなくいきなり押し付けられた「親切」に。
腹が立った。フェイトの性格などもうほとんど読み切れていたのに。事態そのものにではなく、それに対する人の反応をうかがう彼の癖を知っていたのに。戦闘後に味方が顔を歪めていたら、自分は癒しの呪文が使えるのだからと、精神力を惜しまずに術を使おうとする彼のことなど分かりきっていたのに。
マリアはひとつ息を吐く。
本当は、誰にもひとかけらの負担すらかけたくないのだ。他者を守り切る力がないことは把握しているから、大それたことは望まない。ただ、せめて自分の身の回りのことだけは自分でどうにかする、どうにかしたい。補助呪文は――回復呪文は使えないけれど、だからといって他者に負担を押し付けたくはない。
遺伝子改造を受けた三人のうち、現段階で自分の特異性を一番思い知っているマリアだからこそ。「普通じゃない」自分を一番痛感している彼女だからこそ。自分のことに他者をかまけさせるのが、何よりも嫌だった。
そして――淡い想いを寄せるフェイトには特に……自分のことで迷惑をかけたくなかった。

◇◆◇◆◇◆

がしゃがしゃと、最近注意すれば少しは殺せるようになっていた鎧の音をわざと立てながら、フェイトはまた頭にいらいらしてきたものに、はっとわざとらしく息を吐いた。怒っている頭の片隅で、少しは落ち着けよガキじゃあるまいし、と冷静にツッコむ自分がいる。それに対して、うるさいな僕の勝手だろほっとけよ、と拗ねる自分がいる。
腹が立った。純粋な親切心を頭から否定されて。深い考えなどまるでなくて、ただ身体が口が勝手に動いた、それだけなのに。
腹が立った。呪文をかけられて、実際血色の良くなった顔でいきなり噛み付いてきたマリアに。容赦なく投げ付けられた、心にざっくりくる鋭すぎる拒否の言葉に。
腹が立った。マリアの性格などもうほとんど読み切れていたのに。必要不必要に関わらず、誰かの手を借りることを嫌がる彼女の癖を知っていたのに。だから本当にそれが些細な怪我だったら、痛みに顔をしかめても自分からは何も言い出すはずがないし、だからといって勝手に癒そうとしたなら当然烈火のごとく怒る彼女のことなど、分かりきっていたのに。
フェイトはひとつ息を吐く。
本当は、誰も争いごとに巻き込みたくはないのだ。自分の言葉程度では誰も立ち止まらないことを把握しているから、大それたことは望まない。ただ、せめて自分のいるこのパーティのメンバーくらい、戦闘中ではない普段の時くらいは、痛みに歪んだ顔を浮かべさせたくない。使える術なんて数える程度で――術メインのソフィアのようにはいかないけれど、だからといって自分にできることをわざわざ出し惜しみしたくはない。
遺伝子改造を受けた三人のうち、最年長者として、たった一人の男として。守らなければと思った。素で「夢見るお姫さま」な、一緒に生まれ育った妹みたいなソフィアを。誰よりも意地を張って強く在ろうとする、本当は誰よりも脆くて儚いガラス細工みたいなマリアを。「普通じゃない」という同じ立場にある、たった二人の仲間を。女の子を。
そして――淡い想いを寄せるマリアは特に……何に代えても守りたかった。

「……いい加減にしろお前ら」
そうしてどれほど歩いただろうか。足を止めて心底呆れた声で唸ったのは――パーティの保護者役を自称するクリフだった。不機嫌に足を止めたマリアと不満そうに立ち止まったフェイトをじとりとにらみ付けると、一度空を仰いでから大袈裟に息を吐く。
「今は悠長にケンカしてる暇なんてねえんだよ。じゃれ合いならまだしも、なにやってんだよおい」
「そんなこと分かって、」
「クリフに口出しされることじゃ、」
底光りする青い目で睨み付けられて、反論しようとした二人は言葉に詰まる。
日も暮れてきたことだしここいらに敵はいないしと、キャンプの準備をはじめたネルに。二人およびクリフ周辺に漂う剣呑とした空気に怯えながら、ソフィアが手伝いを申し出る。アルベルは自主的に周囲の見回りに出かけた。
「悪いのは、」
「そもそも、」
そんなメンバーに気付かないまま、何とか不満の声を――同時に上げかけた二人に、
「どっちが悪いわけでもねえ、どっちも同じくらいに悪いんだよ。
……つーかな、気付いてるかと思って黙ってたが……、」
びしびしっ、と二人に指を突き付けて、
「信じられねえ事態の連続で、精神の根っこの部分が疲れてること分かってるか?
お前ら二人だけじゃねえ、嬢ちゃんもネルもアルベルの野郎もオレも! 気分で誤魔化せるほどなまっちろかねえ、どんな装置使おうがどんな薬飲もうがどうしようもねえほど、追い詰められてんだよ」
自分を含めたメンバーの疲労に、その指摘にぐっと二人が息を呑んだ。金髪に手を突っ込んでがりがりやりながら、愚痴のようにクリフが続ける。
「分かってねえみたいだからはっきり言うけどな。精神的に崖っぷちにあって、全員どこかしら余裕がねえんだ。
いいかフェイト、お前はマリアに甘すぎだ。もっと全体見てから世話焼け。自分も危なっかしいのに人に注意を割いて自滅なんざ、間抜けこの上ねえだろうが。
んで、マリア。お前はもっと人に頼れ。よっかかるのが格好悪いとか思うな。何でもかんでも自分ひとりで抱え込むのがお前の悪い癖なんだ、必要最低限のこと以外は、他のやつらに背負わせちまえ」
遠く――アルベルが去った方角から聞こえてきた剣戟に、全員の意識が向く。
「マリア、お前は確かに強いが一人じゃ生きられねえ。くせえこと言うとな、この世界に生きる誰もてめえ一人じゃ生きられねえんだよ。自立目指すのはいいことだが、それができてると思ったら傲慢ってやつだ。知っとけ」
そうして拳を打ち鳴らして、クリフはいつものような凶悪な野太い笑みを浮かべた。
「――さーて、説教のウップンはケンカではらそうじゃねえか!」
「説教した方が鬱憤ためてどうするのよ」
「てより、命のやり取りをケンカとは言わないよ」

キャンプの準備よろしく、とネルとソフィアに言い置きがてら三人は走り出した。
翠と碧が走りながらふと絡み合って、それぞれ居心地の悪そうな色を浮かべる。
「ごめん」
「こっちこそ」
とりあえずは短い謝罪。一対多数で押されているアルベルの元にたどり着いて、いつもの戦闘体制を取る。
指摘だけでぎすぎすした雰囲気を変えたクリフと。タイミングよく戦闘を引き起こしたアルベルと。全部分かっていて見守ってくれるネルと。無自覚に周囲の人間のフォローをしているソフィアと。――甘いけれど、誰よりも優しいフェイトと。強くて、誰よりも強くて同時に何よりも脆く儚いマリアと。

自傲 [自惚れ]

確かに一人では生きていけないのかもね、とマリアは思った。
青髪の青年の背後、襲いかかろうとした断罪者に照準を合わせて引き金を絞って、銃弾が命中してのけぞった敵にフェイトの剣が叩き付けられて、
――たとえそれが可能だとしても。一人では生きていきたくないな、と。
マリアは思った。

―― End ――
2004/09/09執筆 2004/09/10UP
自惚れ / 恋愛に関する15のお題_so3フェイト×マリア_
OFP
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自傲 [自惚れ]
[最終修正 - 2024/06/14-15:08]