「ソフィア。明日のことなんだけど……」
ベッドに置いた荷物をがさがさしている後ろ姿に、マリアは話しかけた。がさがさがぴたりと止まって少女が振り返る。
上気した顔に、潤んだ目。翡翠色が緩慢に瞬いてほにゃりと笑って、
「……っ、ち、ちょっと!?」
悲鳴が上がった。

―― 夢幻 [両思い]

貿易都市ペターニ西部、高級宿屋「ドーアの扉」。夕食後フェイトが廊下を歩いていると、なにやらがたーんと騒々しい音が響いた。
「……?」
未開惑星だけあって完璧とは言えないものの、大陸屈指を自称するだけあってこの宿屋は王城の次くらいに防音に長けている。それなのにこんな物音が立つなんて。しかも物音は彼の仲間――パーティ女性陣の部屋から聞こえた。
時間的に就寝するにはまだ早いから、
「開けるよ?」
ノックして声をかけて――返事はなかったけれどとにかくノブを掴んで、
「…………!?」
そして目に飛び込んできたものに、フェイトは思わず絶句した。

パーティの女参謀が長い髪を床に広げて仰向けになっていて。その上に乗っているのは――彼女を押し倒しているのは、小さいころからお互い見知った栗色の髪の少女で。
難しい年ごろの青年に、それはインパクトの強すぎる光景で。
「……ご、ごめん! 僕何も見なかったから!!」
「どもりながら変な妄想してるんじゃないわよフェイト!! ソフィア、ソフィア! ……ああもう、――フェイト、呆けてないでとにかくこの娘どけてちょうだい!!」
ぼっと赤くなってあわてて顔を背けたフェイトに、怒気すら含んだ声でマリアが喚いた。いつでも沈着冷静な彼女が大声を出すことは珍しくて、こわごわ振り返れば――まったく動きのないソフィアの下でじたばたもがいているマリアの姿。
とりあえず、そこから色艶はあまり感じられない。
「……おい、ソフィア……?」
「気を失ってるわ。――体調悪そうだったから、明日休ませるつもりで声かけたらこうよ。とにかく、……早くしてくれないかしら」
「あ、ああ……うん」
何だかよく分からなかったというか、いまだ混乱中で理解できなかったというか。とりあえずくたりと気を失っているソフィアを、フェイトはマリアに言われた通りベッドに運ぶ。

ベッドに横たわったソフィアは、赤い顔で、しかし赤味を帯びた部分以外は血の気の引いた青い顔で。浅く速い息は荒く熱くて、ひそめられた眉が苦しそうで。――確かにそれは、病人の顔だった。
フェイトはやや狼狽しながら救いを求めるようにマリアを見る。
「何でこんな……いきなり」
「多分風邪だと思うわ。……別にいきなりでも何でもないわよ。今まで、特にキミの前では気を張って何でもないフリしていただけ」
どうしようとすがるような目をするフェイトに、乱れた髪を直しながらマリアが苦笑した。
「足手まといになりたくなかった、とかいうところじゃないかしら。健気じゃない。
ダンジョン内じゃなくて町でだったら……歓迎はできないけど、問題ないわ。とにかく一晩休ませて様子を見ましょう。ネルの知り合いだからって医者――施術師に無理言うほどのことでもなさそうだし」
白い手を少女の額に乗せて体温を診て、少し渋い顔をするとその襟元をゆるめる。そうしてから、呆けた顔をしてただじっとそれを見ていたフェイトをじろりとにらみ付けた。
「……何?」
「え? あ、……なんでもないよ」
「そうかしら」
――何かあるのに隠しているわね。
言葉の奥の脅迫めいた響きに、フェイトは天井を仰いだ。しばらくそうしてから目線を戻して、まだ半眼で彼を見ているマリアに苦笑してみせる。
「くだらないことだよ」
「聞いてから判断するわ」
「大したことじゃないんだってば」
「だったら聞いても問題ないでしょう」
「言ったら、マリア怒るかも」
「のらりくらり逃げるつもりなら、そっちの方が怒るわよ」
何かを言うごとに瞬時に小気味良く返ってくる言葉。まっすぐに彼を見上げる、強い強い翠の瞳。……くらくらする。

「……ええと、」
「何?」
「うらやましいなあ、とか思ってました」
――ごめんなさい。
ばつの悪そうな顔にマリアは瞬いた。三回瞬いてから、叱られることを待つ子供のような落ち着きのないフェイトに、小首をかしげる。
「……誰が?」
視界の先の青年が、彼女と同じように小さく首をかしげると碧の目を細くする。それを目にしてざわざわとマリアの心が騒ぎ出して、けれど意地だけで表には出さない。
「……ソフィアに触れたいの? 元気になってから真面目に口説けばいいじゃない」
自分の言葉が自分の心を傷付けて、ずきずき痛いけれどそれは無視する。口の端に浮かべた笑みを、強がりのものではない自然なものに見えるように。ただそれだけに集中する。
フェイトは、マリアの言葉を聞くとどこまでも透明な笑みを浮かべた。
マリアの心臓が跳ね上がる。ざわめきが大きくなって耳元でどくどくいう音が大きくなって、それ以外何も聞こえなくなったと思うのに――なぜがフェイトの声だけはくっきりと耳に届く。
「違うよ」
すっと伸ばされた手に、ソフィアの襟に触れたままだった手が攫われた。夢物語の王子さまのようにキザったらしく、しかしやけに似合うさまになる動きで彼女のその手に唇が下りて、
「ソフィアがうらやましかったんだ」
驚きに硬直するマリアを、まるで包み込むような爽やかな笑み。
「……マリアに、こんなにかまってもらえてさ」

◇◆◇◆◇◆

はじめて会った時、目を奪われた。
クリフの話す「クォークリーダー」に実際に会った時、まさか彼女がそうだとは思わなかった。てっきり――彼女はリーダーの秘書みたいな役割で、その後に誰か年嵩の男が続くものだと、そんな風なことを漠然と思っていた。
けれど口を開けばマリアは紛れもなくリーダーで。きっぱりと強くて正しくて、そして……何より人を惹き付ける天性の「何か」を持っていて。
目を奪われたと同時に心も絡め取られて、その瞬間から自分はマリアの虜になったのだと、自分から喜んで虜になったのだと、――フェイトは思う。
マリアのためだったら何だってできる。「神」に喧嘩をふっかけても後悔しないし、彼女が望む限り絶対に負けない。生きろと彼女が命じるなら、瀕死の重傷を負っても立ち上がってみせる。死んでほしいと願われたら、自分の心臓に剣を突き立ててみせてもいい。
そして。
想うだけで満足なはずなのに、心は――やはり振り向いてもらいたがっていて。自覚している以上にその欲求は強くて。倒れたソフィアを心配するのは当然なのに、面倒見のいい彼女がそうするのはごく自然なのに。成り行き上マリアを押し倒した、意識のないソフィアにすら嫉妬した。
――マリアに触れている手が、その肌に触れた唇が。ちりちりと焼けるように熱い。

はじめて存在を知った時から、気にかかっていた。データではない生身の彼に会った時、自分の中でいかに彼が「特別」なのかを嫌というほど自覚した。今現在一緒に旅を続けていて、身近に彼がいて。マリアは一瞬一瞬フェイトのことが気にかかって仕方ない。
この気持ちが恋愛感情なのか、分からないけれど。長年抱いていた「仲間」に対する意識を勘違いしているだけかもしれないけれど。自分以外の誰かに笑いかけているフェイトを見るのが嫌で、自分がいないところに彼がいるのが嫌で、自分以外が彼の「特別」であることが嫌で。
フェイトのためだったら、無茶も無茶ではないかもしれない。無理も無理ではないかもしれない。断言できるわけではないけれど、彼とこれからも一緒に生きていくためなら絶対に死なない妙な自信が、いつの間にか彼女の心に芽生えている。想う気持ちの強さでどんな人間にも張り合える妙な確信が、いつの間にか彼女の頭に根を張っている。
――フェイトに触れられている手が、先ほど唇が落ちたところが。つきつきと凍るように熱い。

わがままな気持ちは日に日に膨らんでいく。間違った想いは、独占欲は日に日に膨らんでいく。どろどろしたこの気持ちを知られるわけにいかなくて、今の距離を広げたくなくて、この関係を崩すのが怖くて。――二の足を踏んでいたのが、
たった一言で崩れて。

◇◆◇◆◇◆

「あ……」
手を取られたまま、マリアがあえぐようにひとつ息を吸った。しぼみきった肺に空気は入ってくれない、苦しくて仕方がない。
「――僕のわがままだよ。マリアは気にしなくていいから」
フェイトの言葉に首を振って、マリアがわななく唇でなんとか何か言おうと、
「……ん……」
言おうとしたところで、気を失っていたソフィアが小さくうめいた。一瞬殺気すら纏ったフェイトと、あわてて直立不動になったマリア。そんな二人に見下ろされて、ソフィアはしかし気を失ったまま。ためしに頬をつついてみれば、うーん、と眉を寄せて、しかしやはり寝入っているようで。

夢幻 [両思い]

「……」
「…………」
どこか居心地悪そうにマリアがフェイトを見やると、フェイトの方はくすぐったそうな笑顔を浮かべていて。
絡み合うように握り合った手に、きゅっと力が入った。

―― End ――
2004/09/13執筆 2004/09/14UP
両思い / 恋愛に関する15のお題_so3フェイト×マリア_
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夢幻 [両思い]
[最終修正 - 2024/06/14-15:08]