FD空間の遊戯都市、ジェミティ。メンバーに魅力的な施設がそれぞれまとめて存在して、そんなわけでここしばらく一行はこの町に滞在していた。
今日も。集合時間を決めて解散して、マリアはバトルチェスの商品をあらかたさらってやろうと、そんな意気込みで町を歩いていたのだが。

―― 矛盾 [最後]

ふと、何か――歌声のようなものが聞こえたような気がして、マリアはその場に立ち止まった。無視しても良かったのに、思わず立ち止まって周囲を探ってしまう。
歌……歌声。女性のものだろう、女性にしては少し低い感じの、しかし細くて深い響きを持った見事な歌声。風に流れるそれは心を揺さぶり、素人の耳にも並外れた技量なのに――しかし、周囲の人間はそれにまったく反応していない。
「……?」
小首を傾げながらも、どうしようもなく好奇心が騒ぎ出した。マリアはホルスタの銃の感触を確かめながら、音の元に向かって歩き出す。

どこをどう通って来たのかは覚えていない。気が付けばマリアは広場のようなところに出ていて、その中心に女性がいた。歌声の主だ。広場には二人以外誰もいなくて、けれどそれにはまったく気付かないように、むしろまったく気にしないで一心に歌い続けている。
マリアは手近な壁に身をもたれて静かに目を閉じた。
綺麗な声。耳に心地良い、見事な歌。マリア以外の誰もここに来ないことがひどく違和感を抱かせるけれど、しかしその不安を帳消しにする素晴らしい歌。
たった一人の「誰か」を想う、一人の女の歌。その人に出逢った喜び、想いを抱えたことの切なさ、それを上回る幸福感。すれ違う心に苦しみ、けれど想いを伝えて心が通い合って――そして、
「……悲恋の歌、なのよね」
痛いほどの想いが込められた、何度もくり返される歌に。やがてうっとりとマリアは目を開いた。
広場、誰からも忘れ去られたステージでただ歌い続ける歌姫。さんさんと降り注ぐ陽光が彼女を照らすスポットライト――いつもの陽光にもかかわらず、それは彼女だけを照らしている。その周囲がなぜかほの暗い。
「あなたは、あなたの実体はここにないんでしょう? 私を呼んだ理由は何」
照らされているにもかかわらず、まるで影を持たない歌姫に。マリアは一歩近付いた。ざあっと鳥肌が立って、身体が逃げようとする。本能から及び腰になる身体を意思で押さえつけて、ひたむきに歌い続ける歌姫にマリアは手を差し出す。
「たまたま私だけ波長が合ったのかしら。それとも、あなたの探している人間に似ていたのかしら。わたしはあなたの歌う「あなた」じゃないし、そもそも性別が違うからそれは分かっていると思うけど、」
ふぅ、と息を吐く。
「――ねえ、あなたは何のために私を呼んでいたの?」
マリアの声が聞こえていないように、一心に歌い続ける歌姫に首をかしげる。

◇◆◇◆◇◆

「……マリア?」
買い出しが終わって闘技場に向かっていたフェイトは、ふらふらと道を行くマリアに眉を寄せた。普段の凛々しさがなくなって、存在感がなんだか希薄で。――様子がおかしい。
「マリア!!」
声を出してもまるで反応がない。……自分が呼ばれているとは思っていないようだ。
仕方なく、駆け寄って背後から肩を叩いた。かなりの大声を出していたのに、それまでまるでフェイトの存在に気付いていなかったのだろうか、華奢な身体がびくりと跳ね上がる。
「マリア、どうかしたのかい? 体調不良なら……簡単な怪我なら僕が癒すけど、ソフィアを探した方がいいかな」
「……ぃで」
「ん?」
「――あ、違うの。え、と。……お願い、少しだけ、私に付き合ってください」
……ください??
「……別にかまわないけど」
「よかった」
うなずけば、はにかむように笑う。内心いろいろなことをめまぐるしく考えながら、フェイトはいつもの爽やかな笑みを浮かべた。
「――どこに行こうか? 今僕は闘技場に向かっていたけど、別のところの方がいいよね??」
――他の女の名前を呼ばないで。
先ほど聞こえた、そんな小さな声に内心首をかしげながら。

ややうつむき加減で彼の脇をぴったり歩く彼女を見て、フェイトは首をひねる。
……どう見ても……、外見はマリアだけど、中身は別人……だよな。
たとえば。……不意に見上げてきた彼女に笑い返しながら、その耳に揺れるイヤリングに目を細めて、
たとえば、今彼女の耳を飾っているイヤリング。たった今路上で買ったばかりのそれは、それなりの作りではあるけれどちゃちな安物だということが一目で分かる。いつものマリアなら、そういうものには見向きもしない。クリエイションで自分で作る――もしくは手先が器用な人間に作らせるか、そうでなかったらちゃんとした店で買う方を選ぶ。戦闘中に役に立つような、そんないまいち色気が足りないものを。
服屋や花屋に入って、あれやこれやと楽しそうに眺めていた先ほどの姿も、普段のマリアには見ることがないと思う。興味がないわけではないだろうし、歳相応にきれいなものは好きだろう。けれど何しろクォークのリーダーをやっている影響か生来の性格なのか、マリアは買うものを決めてそれめがけて一直線、という買い方をする。
……外見はマリアで、中身はソフィアみたいだな。
くすりと笑いかけて、しかしフェイトは顔を引き締めた。誰かがマリアに化けているとしても、何が目的なのかが分からない。ソフィアの相手で常日ごろ鍛えているから、こういう相手を丸め込むことはそこそこできるはずだ。なんとか穏便に目的を聞き出したい。
「……なに考えてるの?」
不思議そうに淋しそうに見上げてくる彼女に、微笑む。
「何をしたらきみが喜んでくれるかな、って」
……なんだかタラシみたいだな、僕。

◇◆◇◆◇◆

その後。何件かファンシーな店をハシゴして、アイスを買ってのんびりと散歩しながら、二人は小さな広場に出た。何もない空間。小さなコンサートだったらすぐにでも開ける感じに、中央が少しくぼんでそれを囲むように丸く観客席が並んでいるような。けれど今は二人の他に誰もいない。
夕陽に照らされた、そんなちょっとした広場。
「……さて、と」
アイスのコーンをさくさくやりながら、どうしたもんかな、とフェイトは思った。これまでけっこう隙だらけに歩いていたつもりなのに、彼女は変な行動を起こすどころか、悪意も何も感じなかった。言動も――まあ普段のマリアからすればおかしいことこの上なかったが、そう思わなければ妙なところはなかったし。
……単刀直入に訊ねてみようかな。
そんなことを思っていると、夕陽を見ていた彼女が不意に振り返る。
「……ありがとう」
「何が?」
「怪しいのが分かっているくせに、今日一日付き合ってくれて、――ありがとう」
はにかんだ、淋しげな――可愛い笑顔。今日何回も目にした、見るがわの頬を緩めるような、そんなきれいな笑顔。
「……楽しかったかい?」
「ええ」
どこまでも透明な、夕陽に透き通る笑顔。希薄になっていく存在感。
「楽しかった。……だから、ありがとう」
彼女がバランスを崩したようにふらりと揺れたので、フェイトは何も考えずにその身体を抱き止めた。細く脆い身体がぎゅっと硬直して――フェイトがそのままでいると、やがておずおずと細い腕が背に回る。
「……ありがとう」
抱擁に応えるようにきゅっとその手に力が入って、翠の目がうっとりと細くなる。その顔がとてつもなく愛らしく映って、フェイトの頬が緩んだ。

「……フェイト、離して」
「え?」
それからどれだけ経ったのか、不意に抱き締めた身体に力が入った。不思議に思って腕から力を抜くと、ものすごくあわてた風に彼女が逃げる。
「……?」
「か、「彼女」は……っ、歌姫やっていて歌以外何も知らない生活すごしていて、」
「……マリア?」
「そうよ!」
細い背中が怒鳴る。
「いわゆる「幽霊」とかいうやつかしら。しばらく前に病気だか事故だかで亡くなったらしくて、でも一度でいいから「優しい男の子とデートしたかった」「歌うだけじゃなくて、実際に体験してみたかった」そうよ」
「……本物??」
「しつこいわね!」
再び背中が怒鳴る。
「タイムリミットは日没、そう決めて身体を貸してあげたの。ものすごく切ない顔するから」
「……本物のマリアだっていうなら、こっち向いてよ」
「嫌よ」
背中を向けたままのマリアが気に食わなくて、フェイトは彼女の前に回り込んだ。ばっと身体ごとよそを向こうとするのを、手を伸ばして止める。
「……真っ赤だよ?」
「夕陽のせいよ!!」
食ってかかるさまが可愛い。くすりと息を漏らすと、ぎっと眉がつり上がる。そのまま再びそっぽを向こうとするので、フェイトはその身体に腕を回して、先ほどと同じようにマリアを抱き締めてみた。
「ち、ちょ……!」
「さっきさ、「彼女」が消える前に声が聞こえたんだよ」
びくりと跳ね上がる身体、抱擁の腕に少し力を込めながら、
「「片想いしている人を探していたら、この人が見つかった。あなたが彼女の想い人。どうか幸せにしてほしい」ってさ。……そうなの?」
「ちが……!!」
わたわたとあわてはじめたマリアがやはり可愛い。フェイトがくすくすと笑う。

パニックで真っ白になったマリアの頭に、歌姫の声――あのときの歌が聞こえた。
――最後に見るのは、あなたの笑顔であってほしい。
切なく切なく、ただ歌っていた。「あなた」に逢いたい。幸せにしてほしい。「恋」を知りたい。……すべてもう手遅れと知りながら、それでもただ願っていた歌姫。
――「恋」をしたい。とろけるような「恋」がしたい。
祈るように純粋に、ただ願っていた。歌うことで祈っていた。
――切なさも苦しみも、それより大きな「愛」で掻き消して。あなたならそれができる、あなたにしかできない。
――「恋」がしたい。あなたの「愛」がほしい。
マリアの頭の中に、何度も何度もくり返す歌。

矛盾 [最後]

フェイトの、マリアよりも少し高い体温がやけに安心する。包み込まれて、心臓がどきどき跳ねるのに、息苦しいのに妙に嬉しい。
マリアは息を吐く。
……はめてくれたわね。
包み込む腕にさらに力が入って。マリアはおずおずと、細い腕をその背に回した。

―― End ――
2004/09/21執筆 2004/09/22UP
最後 / 恋愛に関する15のお題_so3フェイト×マリア_
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矛盾 [最後]
[最終修正 - 2024/06/14-15:09]