博士の遺言通りムーンベースの研究室に行った。二十年前の博士から知りたくもない事実を知らされた。そして一行は、現在戦闘艦アクアエリーで惑星ストリームに向かっている。

―― 離心 [別れ]

「……ずるいわ。博士、あなたはずるい」
棺に眠るロキシにマリアはぽつりとつぶやいた。部屋に彼女の他に人影はない。マリアは普段は押し殺している感情のままの表情で、棺の縁に乗せた手にぐっと力を込める。
「ずるいじゃない」
知りたいことはいまだ何一つ分からないまま、何一つ知らされないまま。状況は落ち着いて考えることをさせてくれなくて、今は惑星ストリームに向かうしかなくて。
「どうして、死んだのよ……」
手に入った力が抜けない。穏やかに眠るロキシの姿に感情が荒れ狂う。
どんな感情かも分からないのに、こみ上げる激情にめまいがする。俯いた顔が今どんな表情を浮かべているか分からなくて、自分でも分からなくて、きしりと歯を食いしばった。視界が潤むけれど、それがどんな感情からなのか分からない。知りたくもない。
「……っ、」
ただ、激情のままに吠えたくなって。けれどできなくてぎゅっと目を閉じて、
プシュ
そして、ドアの開く音にマリアはあわてて顔を上げた。表情を消し去る。

父の遺体が安置されているそこを訪れたフェイトは、予想外の人物を目にして目を見開いた。硬い表情で棺を見ていたマリアが、ふと彼に振り返る。
「……キミだったのね」
その声はいつものように凛としていて、そしていつも以上に他者を拒絶する響きを持っている。その顔はいつものように無表情で、しかし全身が雰囲気が他者を拒絶している。
ひどく傷付いているのが分かった。それを悟られまいとしているのが分かった。
フェイトはマリアから視線を外して、父の棺に近付く。
「……報告しに来たんだ」
すっとその場を離れようとしたマリアにささやくように、あるいは永眠した父に告げるように、あるいは単なる独白のように。
「ストリームに行く。できるならそのまま――「敵」を倒して、全部に決着を付ける。……そのつもりだって、報告しに来たんだ」
ひくりと跳ねたマリアの肩には気付かないふりをして、父の前に立つ。
「逃げないで、立ち向かうよ。……それを伝えに来たんだ」

◇◆◇◆◇◆

それからしばらく――祈っていたのか誓っていたのか、ただ黙って黙祷を捧げる背中をマリアは見ていた。すぐに部屋を出るつもりだったのに、そのつもりだったのに動けなかった。
ただじわじわと何かの感情が膨らんでいって、それがやがてふと口を衝いて出る。
「キミは強いのね」
賛辞ではなく、むしろ間逆の軽蔑の響き。ぎょっとして目を瞬いて、あわてて止めようとするのに口は勝手に動く。
「博士を恨んだりせずに、その望み通り「敵」を滅ぼそうだなんて。すごいじゃない」
皮肉だらけの乾いた声、相手を傷付けるだけの毒。それは同時にマリア自身も傷付ける。心が悲鳴を上げる。
「……マリア?」
フェイトの困惑した顔に、しかしマリアは嘲笑を叩き付けた。
「それともそれが、ディストラクション――破壊の能力を持つ人間の特性なのかしら? アルティネイションの能力を持つ私にはまるで理解できないけれど、それがそれぞれに付与された性質なのかしらね!?」
「マリア! 何を、」
「馬鹿馬鹿しい、何が「愛している」よ!! 愛しているなら、どうして私たちにその能力を背負わせたの!? 背負わせておきながら、どうして何の説明もしてくれなかったのよ!!?? 生むだけ生んでおいてあとはほったらかし? 冗談じゃないわ、どうしてそんなやつのために戦わなくちゃならないのよ!!」
――違ウ。コンナコトヲ言イタイワケジャナイ。
心は悲鳴を上げるのに、言葉は止まらない。身体がまるで思うように動かせない、それが悔しくて悔しくて、
「こんな能力いらないわ! こんなもの背負わされるくらいなら、こんな「運命」を押し付けられるくらいなら……っ、生まれてこなかった方がマシだった!!」
――違ウ。ソンナコトヲ思ッテイルワケジャナイ。
悔しさが火に油を注いで、いつの間にか叫んでいた。

「……私なんか、生まれてこなければ良かった」
悲鳴のように叫んで、泣き出しそうな声でうめいて。そして大声を出したことで荒い息を吐いて、うなだれてうつむいたマリアに。フェイトは黙って一歩踏み出した。
びくりと、華奢な身体が大きく跳ねる。
勢い良く顔を上げて、殴られるとでも思ったのだろうか。普段は絶対に目にしない怯えの色を翠の目に見付けて、フェイトはきしりと奥歯を噛み締めた。
「……!」
無言で手を上げれば、不安そうに見上げていたのが目を閉じぎゅっと縮こまる。その細い身体を――手で腕で身体全体で、フェイトは包み込む。
「!? ち、ちょっと何、フェイト……!!」
はじめて触れた肢体は見た目からの想像以上に華奢で細くて脆くて、無闇に力を入れれば砕けてしまいそうで。わけが分からなくてきっと反射的にだろう暴れても、それは哀しいほどに儚い抵抗でしかなくて。
こんな女の子が、クォークなどというそこそこ大きな組織を率いてきたのだと思うと、常に「リーダー」を演じる生活に慣れていたのだと思うと、フェイトはなんだか――切なくなった。
「離し、」
「……マリア」
「!?」
名前を呼べば大袈裟に身体が跳ねる。クォークのリーダーではなく、冷徹な女参謀でもなく。今フェイトの腕の中で震えているのは、きれいな顔立ちと華奢な体格をした、一人の女の子でしかなくて、
「マリア、……頼むよ。哀しいこと言わないでくれ」
こうしている今も無駄だと分かっている抵抗を止めない彼女は、知りたくもない「真実」にぼろぼろに疲れ果てたか弱い女の子でしかなくて、
「不満があるならため込まずに今みたいに吐き出せばいい。面と向かって貶されても、僕なら平気だから。他のどんなことだって、僕にできることがあるならなんでもする」
どれほど傷付いても、悲痛な叫びを上げてもまだ――涙だけは見せない、気丈な女の子でしかなくて。
「だから……だから、お願いだから……たとえ弾みにでも。自分の存在を、存在意義を否定しないで。哀しいことを、どうか言わないでくれよ」
「……っ」
哀しみに涙するよりも悔しさに歯噛みする、強すぎるほど強い、けれどただの女の子でしかなくて。

どんなに暴れても自由にしてくれない腕が、優しく背中を撫でている。温かいその手に抵抗する気力が霧散していく。興奮に自然潤んだ視界が、興奮ではない別の感情で瞬きごとにどんどん歪んでいく。止まらない。
マリアは唇を噛んだ。それなりに厚い胸板に握りこぶしを作って懸命にこらえようとするのに、包み込む温かさに優しさに、耐え切れない。息が乱れて、
「……ぅ……っ」
泣きたくはない。……それなのに、
「泣いてもいいんだよ。別に泣いたからって弱いってことになるわけじゃないんだから。泣きたい時は泣けばいい。思いっきり泣いてすっきりして、それから「いつも」のマリアに戻ればいいんだよ」
それなのに、穏やかな声がそう言うから。そうして息苦しくない、けれどしっかりと抱きしめられてしまったから。
「泣き顔を見られたくないなら、僕はこのまま動かないから。泣けばいいよ」
「……っ!」
泣きたくなどないのに。弱い自分を知られたくないのに。
ずるい。こんな時に優しくされたらすがってしまう。温かさに優しさに力強さに、弱りきった心はすべてを委ねてしまう。一粒頬を伝い落ちた涙は、それが呼び水になってもう止まらない。こらえきれない嗚咽がどうしても漏れてしまう。
ずるい。知らないふりをして放っておいてくれればいいのに。さっさと愛想を尽かして、どこかに行ってくれればいいのに。弱さを嘲笑って突き放してくれればいいのに。マリアの弱いところまで全部認めて、それを丸ごとマリアだと肯定してくれなくてもいいのに。
そうすれば、きっと「強い女」のままでいられるのに。
混乱が自己嫌悪が涙を呼ぶ、不満が不安が嗚咽を呼ぶ。身体に直接伝わる鼓動がどこまでも優しくて、包み込む身体がどこまでも優しくて。
――ずるい。
フェイトの優しさは、彼女を「女」に還元してしまう。

◇◆◇◆◇◆

――本当は。本当は、きっとロキシを憎んでいるわけではない。
どれほど泣いたのだろう、ぼんやりと重くなったマリアの頭に不意に浮かんできた考え。なだめるように背中を移動するフェイトの手を感じながら、目を伏せる。
――心底ロキシを憎んでいるかと言われれば、きっとそんなことはない。
生きるか死ぬかの状況で能力の存在を知ったから、その能力が尋常なものではないから、だからこそ血眼になってロキシを、同胞――フェイトを探していたけれど。もしも平和な状況下で偶然能力に気付いたなら、きっとここまで執着しなかった。
もう落ち着いたから、とフェイトから離れようとしたら、背中に回った腕にぐっと力がこもった。驚いて目を見開いて、しかしマリアが行動を起こす前に腕の力は抜けて、そこでようやく自由になる。泣き腫らした顔を見られたくないと思っていたら、何も言わないうちにフェイトが背を向けて、その気の使い方にマリアはくすりと頬を緩めた。
久しぶりに笑ったような気がした。
――きっと。ロキシを憎んだのは、フェイトに執着したのは。養父母を亡くした心の不安定からだったのだろうと思う。そもそも自分が両親の子ではないと知ったのが別離の直前で。不安定な心は、変な風に捻じ曲がって――たまたまロキシに向いたのだと思う。
思い切り泣いて、ようやくそれに気付くことができた。だから、

「……フェイト、ありがとう」
「うん」
彼女に背を向けて――しかしマリアを気にしているのが丸分かりのフェイト。器用なのか不器用なのか、よく分からない同胞にマリアは笑う。笑って、から、
振り向いた先には、先ほどとまるで変わらない棺があって。ロキシの遺体がそこに安置されていて。けれど先ほどまでのような、暗くどろどろした感情は――まったく浮かばないといったら嘘になるけれど、気のせいだと思えるほどには薄くて。
「――今でも、わたしは博士が嫌いよ」
「うん」
独白のつもりだったのに穏やかに返されて、ふわりとマリアは微笑んだ。
「でも、ひとつだけ……たった一つだけ、感謝したいことが見つかったわ」
「……何?」
「フェイトには、秘密」
「な、なんだよそれ!?」
あわてて振り向いたフェイトに顔を見られないように、今度はマリアが彼に背を向ける。ふわりと持ち上がった髪がすぐに背中に落ちて、さらさらと音を立てる。
「……部屋に戻ろうかしら。とにかく顔が洗いたいから」
「――分かったよ……僕はまだしばらくここにいることにする」
「ええ」
簡単なやり取りでとりあえずフェイトは引き下がってくれて、ふっと息を吐きながらマリアは部屋をあとにする。

離心 [別れ]

たった一つ、感謝したいこと。人間には分不相応な能力を与えたロキシに、それによって人生を振り回されたマリアが、ただ一回だけ「ありがとう」を向けたいその理由。
――たった一つだけ、感謝してあげてもいい。
「――フェイトと引き合わせてくれたことにだけは、お礼を言っておくわ」
無機質な廊下につぶやきは消えて。あとはただ規則的な靴音だけが残った。

―― End ――
2004/09/23執筆 2004/09/24UP
別れ / 恋愛に関する15のお題_so3フェイト×マリア_
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離心 [別れ]
[最終修正 - 2024/06/14-15:09]