このパーティと、フェイトともそれなりに付き合いが長くなってきた。省略化された会話でも意思疎通ができるようになって、互いの趣味思考もほとんど把握できてきた。強みも弱みも得意不得意もよっぽどうまく隠していない限りは大体掴めた。
マリアは息を吐く。
――おかげで、知りたくもない部分まで分かるようになってしまった。
河岸の村、アリアス。今さらこの村を拠点にすることはないけれど、一行はことあるごとにここに来ていた。別に宿に困るほど財政が逼迫しているわけではない。けれどフェイトは、カルサアや、ましてやペターニに泊まるくらいならと、少し足を伸ばしてここに来たがるのだ。領主屋敷で無料で休めることを理由にして。
少しケチなところがあるパーティリーダーのことだから、それは決して嘘ではないだろう。けれど。――それだけではないことが、少なくとも今のマリアには分かっている。
今回の買い出し当番はフェイトで、これといってすることがないマリアはそれに付き合っていた。だいぶため込んだアイテムを一掃しようとかなりの大荷物を抱えるフェイトに、手伝おうと思って手を差し出しても困った顔で首を振られる。
いつものことではあるが、無駄に頑固だ。
しかしこれではくっついてきた意味がないなと。せめて店の入口を開いてやる。未開惑星のエリクールに自動ドアなどというものは存在しない。フェイトはこれには素直に礼の言葉を口にした。
そんな感じでくぐったドア、なんでも屋「ジャックポテト」には先客がいた。
「あ、フェイトさん、マリアさん。お疲れさまです!」
カウンターの荷物を抱えようとしていたのが、背筋を伸ばしてびしっと敬礼する。金髪を短く刈り込んで鍛えた身体に黒衣を身につけた、ネル直属の部下タイネーブ。今日は珍しく一人だ。
「ああ、タイネーブさん。お久しぶりです」
フェイトがにこやかに応じる。マリアも軽く目礼をすると、視線をカウンターに向けた。
「医療……用具? またすごい量ね」
「はい、気が付けばすぐになくなっているので」
「国からの支援じゃ、足りないのかい?」
きょとんとしたフェイトの言葉に、マリアとタイネーブが顔を見合わせてから苦笑した。
「戦争最中とか直後とかだったらそれでいいけど。だいぶ落ち着いた今は、それに頼ることに慣れさせちゃ駄目なのよ。今後のためにね」
「あとは、経済効果がどうとか、この間クレア様とファリンが話していました」
「ふーん……そういうもんなんだ」
まじまじと救急医療用具の山を見るフェイト。ふとタイネーブに顔を向ける。
「やっぱりすごい量だな……タイネーブさん一人でこれ持って帰るの大変だろ? 少し待ってもらえれば、僕が手伝いましょうか」
「え……」
真摯な表情に、一瞬呆けたタイネーブの顔が次の瞬間には一気に真っ赤になった。あたふたと手を振り回して、ぶんぶんと身体ごと首を大袈裟に左右に振る。
「だ、大丈夫です! 腕力なら自信がありますから!!」
「でも女性一人にこんな大荷物……」
「大丈夫ですから!!」
がっと一気に荷物を抱えると、そのままの勢いでばたばたと走り去る。彼女の体当たりをまともに食らった入口ドア、蝶番が外れて板切れと化したそれに、女店主が迷惑そうな視線をフェイトに向けた。
「フェイト……」
マリアの目が半眼になっている。
アイテムを売り払って必要なものを買い揃えて。ついでに壊れたドアの修理費まで支払って。ずかずかと前を歩くマリアにフェイトが困った顔をした。
「……マリア? なんでそんなに怒ってるんだよ。ドア壊したの、そんなにマズかったかい?」
「気のせいよ」
つんとそっぽを向く彼女に、本当にわけが分からないのだろうため息を吐いたフェイトが、紙袋を抱え直した。
「……ええと、次は食料品を、」
ベーカリー「月光の篭手」のドアを、いかにも不機嫌にマリアが開けて。閉まりかけたそれにフェイトがあわてて足を出して、隙間に無理やり身体を押し込んだ。
「あぁ~、フェイトさんとマリアさん。お久しぶりですぅ」
声に出迎えられてそちらを見れば、先ほどのタイネーブの相棒、のんびりぽやぽやしたファリンが相も変わらず露出度の多い例の服を着てにこにこしていた。
「ああ、ファリンさん。元気そうで何よりです。さっき道具屋でタイネーブさんに会いましたよ」
「今日はクレア様に別々にお使いを頼まれたんですぅ。私は食料品の発注ですねぇ。お屋敷にいる人たち、戦争終わりましたからけっこう減ったんですけどぉ、でもまだバカにならない人数ですからぁ」
「そうなんですか」
「フェイトさんたちはぁ……デートですか?」
ぽやぽやして見えても実はかなり抜け目ないファリンに。そんなことを言われて、フェイトはにこりと微笑んだ。
「そう見えますか?」
「違うわよ!!」
それまで黙っていたマリアが不意に怒鳴って、ファリンがくすくすと笑う。
「ふられちゃいましたねぇ」
「そうなりますね。残念だ」
フェイトが肩をすくめると、マリアは肩を怒らせながら店内奥に進んだ。ぷりぷり怒りながら商品を値踏みする彼女に、そのなんとなく抜け目のないさまにフェイトは頬を緩める。
「ダメですよぉ、デート中に他の人にかまけちゃあ」
「うーん、でもデートじゃないみたいですから。……あ、食料持って帰るなら手伝いますけど」
「ありがとうございますぅ。でも、必要ないです。今日は注文に来ただけで、店の人が屋敷まで持ってきてくれることになっていますからぁ」
とろんとした意味ありげな視線をフェイトに向けて、それから店主に手を振って、そしてファリンは店を出て行った。なんとなくその背中を見送ったフェイトは、ふと向けられていたものすごい視線に小首を傾げる。
「……マリア??」
「知らないわよ!!」
ますます機嫌を損ねたマリアに、彼は相変わらず分かっていない不思議そうな顔をする。
怒ったマリアは――屋敷に戻るとタイネーブやファリンと鉢合わせしそうだったし、この村には他に行くところもないしで礼拝堂に逃げ込んだ。ドアを押さえてフェイトが入れないようにする。
――子供じみた抵抗だという自覚はあった。
「……フェイトのバカ」
全体重をかけて押さえ付けても、きっとフェイトが本気になったならドアくらい簡単に開くと思う。ひょっとしたら――ドアの方が壊れるかもしれない。けれどとりあえず、ここにこもっても、フェイトさえその気になったなら引きずり出されるのは目に見えている。
「バカ」
つまらない独占欲だ。告白したわけでもされたわけでも、付き合っているわけでもない「仲間」のフェイトに対して、強烈な独占欲を抱いたのはいつだろう。優しい彼が女性に親切なのはきっと性分で、その優しさが――どうしようもなく愛しいのに。
自分以外の女と話してほしくない。
「バカ……」
ドアを開けようとしていた力が消えて、しかしそこにいるのは分かってマリアはうなだれる。
「マリアさん?」
不意に声をかけられた。崩れかけた、というほどではないものの以前アーリグリフの侵攻のときだかにかなりのダメージを受けた礼拝堂、屋根に開いた隙間から入ってきた光が彼女を照らす。
「……クレア……珍しいのね、こんなところで会うなんて」
「そうですね。……少し参拝をと思いまして。マリアさんは、どうしたんです?」
「――ちょっと、かくれんぼ……かしら」
押さえつけていたノブから手を離す。少し決まり悪い顔をして、穏やかなもう一人のクリムゾンブレイドを上目遣いに見やる。
「悪かったわ、アペリス神に……信仰心がないのにこんなところに来てしまって」
「――いいえ、多少なら話も聞いていますから。仕方がないと、きっと主神アペリスも分かってくださるでしょう」
背後から光を背負うほっそりとした身体。彼女自身信仰の対象になりそうだな、と思いながらマリアは無理やり頬を緩めてみせる。
「アリアスも、だいぶ落ち着いてきたみたいで。お疲れさま」
「まだまだ完全復興というわけにはいきませんけど。でも、ありがとうございます」
したたかな、しかし優しい笑みに。何だか居心地が悪くなる。
キィ、と音を立ててドアが開いた。
「マリア!」
落ち着くまで待とうかと思っていたのに、いつまで経っても音沙汰がなくて。心配になってきたところでドアが開いて、フェイトはぱっと顔を輝かせた。が、そこから出てきたのは青髪の華奢な彼女ではなかった。
「……クレアさん?」
「あら、フェイトさん。……マリアさんのかくれんぼの相手はあなただったんですね」
くすりと笑う銀髪の彼女は、やはりいつ見てもきれいだ。
「時間があるときにはなるべく礼拝に来ているのですけど。マリアさん、中にいますよ。だいぶ落ち着いたみたいですから、迎えに行ってあげてください」
「……ありがとうございます」
頭を下げると、琥珀色の瞳が細くなる。包み込むような自愛の笑みが広がる。なんだか居心地が悪くなって、それよりもふと気が付いて。フェイトは何の気なしにクレアの頬に手を伸ばした。
「クレアさん、無茶していませんか? だいぶやせたみたいですけど」
「……今が頑張りどころですから」
ふっくらしていた頬のラインがだいぶシャープになっている。どちらも彼女の魅力を引き立たせるけれど、ふっくらとしていた方が好きだな、とフェイトは思った。
「フェイトさん、あの、」
困った顔で、クレアがほんのり頬を染める。彼女が何を言いたいのか分からなくて、フェイトが小首を傾げる。
「あの、」
「なんですか?」
![窺視 [まだ好きな人]](13.png)
「……フェイトのバカーー!! なんなのよ、なんでいきなりクレア口説いているのよっていうか、どうして年上の美人と見るとことごとく鼻の下伸ばすのよ!!??」
すぐに来ると思っていたフェイトがいつまで経ってもやって来ないので。ひょいと顔を出したマリアが、普段の彼女らしくなくとうとう大声で喚いた。
まるきりわけが分かっていないフェイトは、頬を染めて視線を落としたクレアにやはりわけが分からないと首をかしげていて。
いきなりのマリアの大声にびっくりして、それでもしつこく何も分かっていなかった。
