――マリアのタチが悪いところは。
その日、一行は飽きもせずクリエイションをしていた。
「よぉ、マリア。調子はどうだ? あとでオレの方手伝ってくれ」
ひくり。机に向かって宝石の研磨をするフェイトの頬が引きつったことには、誰も気付かない。
「なによクリフ、私に鍛冶させても役に立たないわよ」
「あ? いやそうじゃねえ。これ終わったら機械やるつもりなんだ。そんときゃ頼むぜ」
「機械……ね。分かったわ」
鍛冶用のハンマーをかついでにかっと白い歯を見せたクリフに、こくりとうなずいたマリアが試験管に目を落とす。目を伏せると長いまつげがさらに際立って見えて、なんだかどきどきする。
「……と、マリア? 暇になったら声かけてくれないかい?? 錬金やりたいんだけど、メンツがいまいち不安でさ」
ふと手を止めたフェイトは、細かい作業の連続でしばしばしていた目を――軽く目頭を揉みほぐすと、何とはなしに窓に向けた。というか、そう見える。実際は、表情こそ変わらないもののひどく不機嫌なオーラが爆発的に膨らんで、マクウェルがこっそり――というか今ここに連れ込んでいる時点で「こっそり」も何もなかったが――飼っている猫が数匹、そろってぶわっと毛を逆立てていた。
「あらネル。そうね、クリフがさっき機械がどうとか言っていたから、それ終わってからでいいなら」
「十分さ。頼んだよ」
マリアの返事にネルが微笑んで、美女二人の笑みにその場の雰囲気がなんともいえないうっとりしたものに変わった。ぼーっと見惚れていたら細工用のナイフをてのひらに突き刺しそうになって、フェイトはあわてて作業に戻る。
「マリアおねいさま! オイラ執筆したいんだけどさ、なんかいい資料……」
「お前本気か? 金ドブに捨ててる余裕ねえんだぞ今は」
「うるせえぞデカブツ!! なにごともチャレンジしてみねえと分かんねえだろ!」
やかましい声にフェイトの手が止まる。そらした視線の先にはアーリグリフの雪に固まった窓があって、あの向こうにやかましいばかりで何の役にも立たない子ダヌキと、ついでにチャチャ入れに忙しい筋肉男を叩き込んだらどんなにすかっとするだろう、などと物騒なことを考える。
「喧嘩するなら外でやりなさい。クリフ、あなたおとなげないにもほどがあるわよ。ロジャー、暖炉のわきのあの本棚の資料、私の私物だけど使ってかまわないわ。……寝てよだれたらしたりしたら……覚悟しときなさい」
「ま、マリアおねいさま目が笑ってないじゃんよ……。お、おう。肝に銘じとく」
フェイトが思い付きを実行に移す前に、迫力あるマリアの脅しでやかましい声ばボリュームダウンした。やれやれだ。
……というか、なんでみんなばらばらに作業するんだろう、効率が悪いなあ。
そんなことを思って、とりあえず一息ついたフェイトは椅子に座ったまま伸びをした。目の前のスターアニスに仕上げ前のそれを見てもらって、どこかのんびりしながらも的確なアドバイスになるほどとうなずく。
うなずきながら、
フェイトはさりげなさを装って、真剣な顔をして試験管をにらんでいる翠の目を見つめた。透き通るその色は、フェイトの翠とはまた違った明るさと深みを持つ綺麗な色だ。それこそ研磨されたエメラルドにも負けず劣らず、まるで見たものの魂を吸い込むような不思議な魅力を持っている。
――なんてきれいなんだろう。
話、聞いていますかと少し憮然とした声に呼ばれて、フェイトはそこでようやく我に返ってあわてて謝った。
――マリアのタチの悪いところは。
基本的に、マリアは後方で指示するタイプだ。
ネックレスの台座を慎重に細工しながら、フェイトはぼんやりと思った。その視線――というか視界のすみにちょうどぎりぎり入る形で、彼女のほっそりとした姿がある。いつものように腕を組んで顎を引いて、一見冷酷な目で――溶接をしているクリフにあれこれ命令している。
ちなみに少し視線をずらせば、いつものようにものすごい勢いでキャベツを刻んでいるネルの姿があったりする。マリアが暇になるまで、調理で時間をつぶすつもりらしい。
そのわきに執筆机を移動させてきたロジャーが、先ほどのマリアの危惧どおり気持ち良さそうに寝入っていたのは――まあ見なかったことにする。
というか、そんなもの見ても面白くないし。
そうしている間にもマリアはあれやこれやと工房にいるクリエイターたちに声をかけられていて、そのたびにフェイトの眉がぴくぴくと動いていたりした。
マリアのタチの悪いところは、自身の魅力をいまいち理解していないところだ。
いっそビスクドールよりも整っているのではという顔立ち、保護欲を煽ってやまない華奢な体躯、しかし誰よりも強いまなざしと凛と纏った雰囲気。薄紅色の唇はいつでもふっくらと柔らかそうで、みずみずしい果実のようで。そこから紡ぎだされる声は高く細く、いつまでも聞いていたいと思わせる。
普段が無表情なせいで、その顔が別のものに変わるときの意外性は他者の比ではなくて。その瞬間をぜひ目撃できたら思わせて、結果目を話すわけにはいかなくなって。それが時間の無駄とは思えない。
――そんな魅力を、彼女自身まったく把握していないところだ。
フェイトがこんな想いを――大切に大切に愛でて、誰の目にも触れさせないで閉じ込めておきたいほど大切に想っていることを、そんな想いを抱いていることをマリアは知らない。フェイト自身それが周囲にばれないよう細心の注意を払っているし、器用なフェイトが本気で隠そうと思えば、よっぽどの相手ではない限りまず確実に隠し通せる。
最初は、それで良かった。
クリフこそ「家族」として大切に思っているらしいものの、生い立ちのためにマリアはフェイトに対して特別に思っているきらいがある。直接それを告げられたわけではもちろんなかったが、マリアに「特別」に思われているというのはそれだけで優越感をもたらしたし、だからそれで十分だった。
何より、マリアにとってフェイト以上に「特別」な人間がどうやらいなかったから。
そんなことを思いながら、こっそりと、しかし熱心にマリアを見つめるフェイトの視界に。突然何かが割って入って彼は顔を引きつらせた。
「おい、てめえ今時間あるんだろ。付き合え」
ネルとの錬金を終えてはーやれやれと伸びをしていたマリアが、不躾な声に露骨に嫌な顔をする。
「キミね、他人に何かしてほしいと思ったら一歩引いて頭下げるのが礼儀でしょう」
「うるせえ、んなこと知ったことか。……腹減ったんだよ。手伝いやがれ」
マリアを見るフェイトの目に、それを邪魔するひょろ長い姿に対する怒りが浮かんだ。今日はいろいろな人間が彼女に話しかけるのを見ていたせいで、積もりに積もった不満がここことに来てどうやら限界に達したらしい。せっかく今まで隠し通していたものを、どうやら自分でかなぐり捨てる。
マリアのタチの悪いところは、――同時に美点でもあるのだが、相手を区別しないところだ。王様も乞食も、少なくとも最初は同じ扱いをする。話を聞いてそれに答える。身分ではなく容姿ではなく、相手そのものを見据えて話をする。
それは確かに良いところだと思う。確かに美点以外の何者でもない。けれど、
「アルベル……お前今までなにやってた? 誰にも何のことわりもなく姿消しといて、いきなり生えてきたと思えば今度は延々真面目に仕事やってたマリア引っ張り込んでなんだって……?」
「あぁ……? てめえには関係ねえよ。こいつだと味覚似てるから作業しやすいんだどけ」
「やだね」
「あんだと……?」
鉄パイプ片手にフェイトがにっこり笑う。ガントレットをわきわきさせながらアルベルがうめく。騒がしいことが大好きなでっかいのとちっこいのがなんだなんだと近寄ってきて、青髪と赤毛が呆れた視線を交わした。
マリアのタチの悪いのは。自分の気持ちにも他人の気持ちにも、やたらと疎いところだと思う。
男性陣をまとめてファクトリーから追い出したネルが、はあと大きくため息を吐いた。元凶のマリアは元凶の自覚がないらしく、なにやってんのかしらもうバカばっかりで頭が痛いわなどとぼやいている。
その視線の先には、先ほどフェイトが眺めていた窓。どうやら叩き出された腹いせに本格的に喧嘩をはじめたらしい。時おり床が揺れて、窓の外には閃光やら闘気やらが景気よく飛び交っている。ついでに罵詈雑言、聞き分けたくもない罵倒、そんなものまで飛びかっている。
「愛されているって大変だね……」
「何のことよ、ネル。ちょうどいいわ、調合手伝って」
「……分かったよ」
やっぱり分かっていない彼女に、こっそり想いを寄せている男性陣全部にご愁傷さまと告げたネルは。
でもまさかフェイトの独占欲があんなにすごいとはね……。
先ほどマリアに声をかけたとき、その後彼女と一緒に錬金をやっていた時に感じた怖気のするような殺気に、少しだけ身を震わせた。最初は誰が向けているのか分からなかった、分かってしまえばいとおしさから来るその純粋で苦しくてせつない視線に意味もなく同情しかけてしまった。
――マリアのタチの悪いのは、一見素っ気ないように見えてその実優しいところだと。やがて全員に勝利して、しかしさすがに無傷でもいられなくて何より寒くて、工房に戻ったフェイトはしみじみ思った。
「ホットミルクよ。蜂蜜入れてあるわ。……身体が温まったら、馬鹿やってた残り四人を引きずってきなさい」
「……はい」
手渡されたそれは優しい味がする。ゆっくりと呑みながら、フェイトはほうと息を吐く。
![多情 [二股]](14.png)
マリアのタチの悪いのは。マリアの存在そのものだと思った。姿言動のすべてがしなやかで美しい、そのせいだと思った。深く透き通った心の美しさだと、フェイトは思った。
暖炉の薪がただ、ぱちぱちと音を立てていた。
