危ない、と思った瞬間身体が動いていた。声を出すよりもまだ早く、ただ身体が動いていた。
後のことの一切を、考える余裕などなかった。
勝手に、身体が動いた。

―― 由頭 [共にいる理由]

「マリア!!」
養父の、まるで吠えるような声が聞こえた。
断罪者の――触手のような攻撃を受けて、それが確かに身体に突き刺さって、脇腹にひどく違和感がある。熱い。まるで燃えるように熱くてけれど痛みはなくて、脇腹に熱が集中したかわりのように手足末端がひどく凍えている。
時間の感覚がない。
ただ体内に潜り込んだままのそれがぐるりと身じろぎをして、そのおぞましさに総毛が立って――ぞくん、としたのは本体を誰かが攻撃したからなのか。妙なバランスで何とか立っていた、のが、バランスの元、脇腹にもぐり込んだそれから力が抜けて足の感覚がなくて、
「――、の、阿呆……!!」
軋むような唸り声に、霞んだ目には分からなかった崩れかけた自分を支えてくれた相手を知って、マリアは、
――、微笑んだ。

暗い暗い闇の中、どこまでも意識が落ちていく。冷たくて寒くて、心がどんどん凍て付いていく。
――ごめんなさい。
つらくて痛くて、だからマリアは叫んでいた。大声で謝っていた。
――ごめんなさい、どうか許して。
いくら声を張り上げても耳は音を認識しなくて、音すら呑み込む闇に恐怖を覚える。声と一緒に落ちていきながら、ただ恐怖に囚われる。脳裏に網膜に刻み付いて離れない、泣き出しそうな叫びだしそうな、凍り付いた悲痛な真紅。
――ごめんなさい、どうかそんな目で、わたしを見ないで……!!
蔑むわけでも排斥するわけでもない、ただ悲痛に染まった真紅の瞳に。マリアの心は張り裂けそうになる。
――ごめんなさい……!

◇◆◇◆◇◆

「…………ぃ……っ!!」
「――マリア!」
大きな太い声、力強い手。小さくうめいた自分に気付いたマリアは、その瞬間ぱちりと目を醒ました。見慣れた天井が映って、ぱちぱちと瞬きをくり返す。
「おいマリア、オレが分かるか?」
「くり、ふ……?」
右手を包まれていてそれが暖かくて、目は開けたものの働きの鈍い頭に眉を寄せる。身体もずいぶん重くて、思うように動けそうもない。
「……ったく……心配かけさせやがって」
大袈裟に息を吐いた養父に、マリアは小首をかしげた。さらに数回瞬いてから、ここがどこなのかことの経緯はどうなのか、少しずつ脳内を探っていく。
ここはディプロの医務室。先ほどまでレベルアップのためにパルミラ平原にいて、自分は敵の攻撃を受けて気を失って――、
「……ああ、怪我してディプロに担ぎ込まれたのね」
「ああ。――詳しい説明はミラージュから受けてくれ。
それはともかく、マリア。理由はあえて訊かねえがな、頼むから二度とあんな無茶しねえでくれ」
鮮やかな青い目に浮かぶ、怒りと心配が混ざった色。華奢な彼女の手を包んでいたクリフがゆっくりとそれを戻して、大袈裟に息を吐くとばりばりと髪に手を突っ込む。
「元から体力ないくせに無茶しやがって。……心配、させるなよ……」
「……ええ」
こういうときのクリフはずるい、とマリアは思う。多分何を言えば相手が一番こたえるか、きっと完璧に計算しているのだ。自分でも無茶をしたと思うのに、いつも豪快で奔放な養父が悲しそうな顔をすると、それはもう罪悪感をちくちくちくちく刺激してくれる。
「ま、無茶したことが分かってるならいい。次からはするなよ? そういうのはオレの役目だ」
「ええ、――分かってるわ。よろしくね、クリフ」

落ち着いた、けれど足音を立てている時点で動揺が収まりきっていないことを知らせるクリフの、広い背中がドアの向こうに消えて。やはり今回も物腰のやわらかなミラージュが、クリフに言われたとおりマリアにあれこれ補足説明をしてくれた。
――ひょっとしたら訊かない方が良かったかもしれないとマリアが後悔するくらい、それはかなりのスプラッタな説明だった。
「――、フェイトさん方はそれぞれ部屋にいます。あなたの目が醒めたら見舞いに来たがっていましたけど」
「……あー……麻酔が切れるまでは、寝ていることにしておいて。ちょっと今、耳元で騒がれるとつらいわ」
「了解しました。最後に。出発は明日、とフェイトさんから言付かっています」
「それまでには何とかなるのね?」
「傷は完全にふさがりましたから、あとは体力回復だけですよ。一晩あれば十分です」
くすりと蒼い目が笑う。そうしてから、まるでふと気が付いたように付け加えてくる。
「彼には、どうします?」
マリアは、下手なポーカーフェイスよりも表情の読みにくいミラージュの穏やかな顔を、思わずまじまじと見つめた。多分食えないクリフよりもさらに食えないミラージュに、敵わないことを再認識させられて深く深く息を吐く。
「……判断に任せるわ」
「了解しました」
きれいな笑顔を残して彼女が出て行って、医療用カプセルに横たわりながらマリアは自嘲した。
――なんて馬鹿なことをしたのか。

◇◆◇◆◇◆

そうしてしばらくぼんやりする。モーター音に揺らぎのない光。消毒薬のにおいと医療用施設独特の空気。
思考が霧散して、まとまらない。
「――おい」
「……、っ!?」
半分寝ていたのか、ドアの開閉音に気付かなくて。はっと気が付けばいつ来たのか、無意味に偉そうないつもの真紅が見下ろしていて、
「――なんだ、元気そうじゃねえか」
皮肉げに笑う。
「体力ねえ上に鈍足の阿呆に、」
「……似たようなこと、クリフにも言われたばっかりよ。無茶したわ」
はあ、と大きな吐息。手が伸びて壊れものを扱うように、どこか腰が引けたように髪を梳かれて、その動きが予想外に優しくてマリアはくすりと笑った。
「ね、アルベル」
「あ?」
ミラージュから何を聞いたのか、身動きを取らないマリアを心配するそぶりはなくて。ただ、不器用なりに気遣ってくれているのが嬉しくて穏やかな空気が時間がいとおしくて、マリアの口元はほころんだまま戻らない。
「……ごめんなさい。悪かったわ」
「!?」
睦言でもささやくような声に、しかしその内容に。真紅がぎょっと眼を見開いたのが、面白い。
「何も、考える余裕がなかったの。あなたの背後を狙った攻撃が見えて、でも声に出して注意する余裕がなくて。あなたは死角だったのかまるで反応しなくて、
……血が凍ったの」
「――てめえが謝るなんざ、」
「クォークの、弱小組織のリーダーやっていたせいで、確かに虚勢を張っていたかもね」
普通に動けたなら肩のひとつもすくめて見せたけれど、今はそういうわけにもいかなくて。マリアはすまして笑ってみせた。
「心配かけて、……嫌なことを思い出させて、ごめんなさい」
ただ、笑ってみせた。

危ない、と思った瞬間身体が動いていた。声を出すよりもまだ早く、ただ身体が動いていた。
後のことの一切を、考える余裕などなかった。
勝手に、身体が動いた。

ややあって驚きから抜け出たらしいアルベルが、フン、と鼻を鳴らす。
「――女に庇われるほど、俺は落ちぶれちゃいねえよ」
わざとらしく片眉を跳ね上げて、マリアがあら、とつぶやく。
「……失礼ね、それって偏見よ」
「どこがだ、脆い上に体力少ねえ阿呆が。てめえが割って入らなくて俺があの攻撃受けたところで、てめえみてえに意識失ったとは思わねえな」
「あのままだと心臓に食らっていて、当然気を失うどころか即死ね。防御が薄いのはお互いさまでしょう」
力のない声で、しかしいつもの調子で言葉を返すマリアに、にたりとアルベルの頬が緩む。無理矢理やっているのはバレバレだった。少なくともマリアにはよく分かった。
「――少なくともこの旅が終るまで、「創造主」をやっつけるまではそうそう死ねないもの。今回は無茶したけど、次からは素直に銃でも撃つことにするわ。流れ弾に当たらないように気を付けることね」
「はっ、俺を誰だと思ってやがる。てめえこそ敵に簡単に背後許してんじゃねえよ」
「気のせいよ。獲物の関係から無理に接敵する意味なんかないもの」
力のない声で可愛くないことを、けれどいつものように言い合うことができて。ぎこちないアルベルの笑みはいつしかいつものそれに近付いて。同じことを思ったのか彼の雰囲気がほんのかすかに揺らいで優しくなって、それがマリアには素直に嬉しい。
「――俺は、俺の盾になりたがるやつと同じパーティ組みたいと思ったことは一回もねえ」
「上等よ。私だって命知らずを勇敢と履き違えている馬鹿はごめんだわ」
いっそ喧嘩腰の言葉を投げ付けあってから、ふっと同じタイミングで頬を緩めた。ようやく麻酔が切れてきて、マリアは力の入らない手を懸命に伸ばす。
「私は、簡単には死なないわ。絶対に、あなたのそばにいてやるから」
「そりゃ頼もしいな。……期待しといてやる」
ふらふらと頼りない彼女の手を救って、真紅が細くなる。翠と絡み合って、機嫌良さそうに揺れる。

「こんなところであんなやつに殺されるつもりなんかまったくないわよ」
言い放ってマリアは笑った。
不適に無敵な、いつもの笑顔だった。

―― End ――
2004/10/12UP
共にいる理由 / 創作さんに15のお題_so3アルベル×マリア_
OFP
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由頭 [共にいる理由]
[最終修正 - 2024/06/14-15:15]