幸福か不幸かの線引きなんて、誰かにされるものではないと思う。してほしいと思ったことは一度してないし、これからもないと言い切ってもいい。当然他人の幸不幸など、はっきり言ってしまえばどうだっていい。
よっぽど不運なやつがいて、近くにいると確実にそれに巻き込まれるというならともかく。
幸福か不幸かの判断なんて自分ですれば十分だし、自分の分だけで精一杯だ。

―― 幸虧 [何を以って人は不幸とよぶ]

その日はどんよりと薄暗く時々強い雨が降ったり止んだり、ついでに湿度と不快指数がこれでもかと上昇中の、ひたすらうっとおしい天気だった。好き好んで、こんな中どこかに出かけたいわけもなく。さらにそれが「冒険」といえば多少格好は付くものの、結局のところモンスターとケンカしに行くというだけで、若干一名をのぞけばそんなことに面白さを求めるのは人として大間違いだという結論に達して。一行は今日の出発をあきらめて、ペターニでくさくさすることに決めた。
――まあ、決めたのは朝食の席だったのだが。
いつものように叩き起こされて、半分寝ながら不機嫌オーラをたれ流しながらのアルベルは、決定したそれにさらに機嫌を下降させたりしていた。だったら力技まで使って起こしたりするなと、だらだら寝たままにしておけと、誰にともなくぶつくさしていた。
一応、わがままをほざいている自覚くらいはあったのだが。
ともあれ本日彼を起こした――というか最近それが日常と化している――マリアにつぶやきを聞かれて、優雅に紅茶を飲む彼女の肘がアルベルの鳩尾に入ったり、うまいところにきれいに入ったそれにさすがの彼も悶絶したり、となかなか楽しい一幕があったあと。
特にやらなければいけないことがあるわけでなし、とだらだら食後の無駄話に突入した。

「……そういえば、思ったんだけどさ。アルベルって不幸だよな」
「――……フェイトお前な、前触れもなく趣味悪ぃこと言い出すなよ。ほら見ろよ思いっきりにらまれてるじゃねえか」
「別に今さらこいつににらまれたところで、いつもとそう大差ないけどね」
青髪金髪赤毛、と信号機トリオに言われた当の本人は、むしろいまだ寝起きの頭が覚醒しきっていなかったりしたのだが。とりあえず失礼なことを言われたことは嗅ぎ付けた。ので、不機嫌な目をさらに険しくして、アルベルは青髪のパーティリーダーを力いっぱいにらんでみた。
にらまれた方は、しかしまったく気にせずにむしろなにごともなかったかのように続ける。
「せっかく僕が……本当は嫌だけど心底嫌なんだけどまあ一万歩くらいは譲ってやって心の広さを見せてやってもいいかなと思うから言ってみると、――まあ顔かたちは良いのに」
「……顔は整っているね、確かに。身体付きとかも」
「同意してくれて嬉しいですネルさん。
……でもせっかく見てくれだけは良いのに、性格極悪だしいっそ芸術的なまでにひねくれているし服装センスは最悪通り越して指差して笑うしかないし」
「――同じパーティ組んでいると認識されたくもねえよな。野郎でその格好はどうかと思うぜオレもよ」
パーティ中付き合いの長い三人組はなんだか勝手に盛り上がっている。うち一人ともっと付き合いが長いマリアが、紅茶のカップから口を離して息を吐く。
「……それって別に「不幸」とは関係ないじゃない」
「ん? ああ、そうなんだけど。
でもさ。性格とか趣味がひねくれたのって、その理由考えるとなんとなく不幸っぽくないか?」
ねえ? とにっこり笑顔で話を振られたネルは、生真面目な彼女らしくふと考え込んだ。
「……前「疾風」団長の嫡男だからね、――逆に父親亡くすまで特に逆境ってのを知らなかっただろうってのが不幸のはじまりといえばそうなるのかな」
「――なんでてめえがんなこと知ってやがる」
「ちょっと前まで戦争やってた国の三軍の長じゃないか、あんた。調べられるとこは全部調査ずみだよ」
青筋を立てるアルベルにさらっと言って。ネルは首元の布に顎を埋めるようにして、上目遣いに彼を見た。すっと目を細めると小馬鹿にするように息を吐いてみせる。
「そんなことに気付かない出来の頭が、不幸というかカワイソウだね」
「てめ……!!」
がたん、と椅子の足を蹴って立ち上がり、剣呑にうめいたアルベルに、
「アルベル、屋内で暴れないでちょうだい」
いっそ冷酷なツッコミが入った。空になったカップをソーサに戻しながら、翠が凛々しくアルベルを射る。
有無を言わせないその目の強さに、アルベルは歯ぎしりしつつも再び腰を落ち着けた。

◇◆◇◆◇◆

その後もそれなりに盛り上がったり盛り下がったり怒ったり笑ったりしてしばらくして。部屋に戻ったアルベルは、荷物整理をはじめたマリアにぼそりとつぶやいた。
「……で、何すねてるんだ」
「何のことよ」
整理の手は止めないまま振り向きもしないまま、いつもの感動の薄い声でマリアが返す。相変わらず不機嫌なアルベルはかっきり三秒だけ考え込むと、
「ち、ちょっと何……!?」
細く華奢な背中にすいっと手を這わせた。
驚いて振り返った翠に、真紅がにやりと笑う。
「……で、何すねてるんだ」
「し、知らないわよ」
あわてて目をそらして上擦った声で答えても説得力などまるでない。こちらを見ないことが気に食わなくて、アルベルがマリアの肩甲骨あたりを包むように撫で上げた。どうということのない場所に何となく触れただけで、びくんと跳ね上がる華奢な身体。
もう一度訊ねてみる。
「何すねてるんだ、なあ……?」
「や、だ……ちょ、やめ……!」
涙目でにらんでくるのがいとおしい。

「――俺の過去が、気になるか?」
「……気にならないわけじゃないけど」
「てめえが知らないことを、あの女が知っていたことが気にくわねえ」
「違うわ。……隠密はそれが仕事でしょう? 知っていて当然だと思う」
「――俺が「不幸」だとでも?」
フェイトの言うとおりだと思って同情したのか。
声を荒げるわけでも表情を歪めるわけでもなく。淡々と言われた言葉にはじかれたように顔を上げて、マリアはあわてて首を振った。いつになく静謐な顔が、しかし逆に激情を押し殺したものだと分かって、彼女の胸の奥、何かがきゅぅぅ、と痛くなる。
「幸か不幸かなんて、本人の主観でしかないもの。そんなことは思わない。ただ……、ただ。理由なんてないの。……分からないの。ただ、あなたを――どこか遠くに感じたのかもしれないわ」
床に座り込んだマリアの頬に、アルベルの右手が伸びた。ふわりと包み込むようなそれが温かく、理由の分からない不安に凍り付いていた彼女の心を、溶かしていく。
だから。
まっすぐ真紅を見返して、マリアはにこりと笑ってみせた。
「あなたは……? ねえ、アルベル。あなたは私を「不幸」だと思う??」

どこまでもきっぱりと強いいつもの翠に。アルベルは無言で目を伏せた。
「阿呆」
他人の幸不幸などどうだっていいけれど、マリアは――過去はどうあれこれからは不幸に絡め取られる人生を送ってほしくないと思う。
できるなら……この手で、
「お前は「不幸」か?」
「いいえ」
まっすぐ即答する強い女。強くて、けれどもろくて儚くて。矛盾したものを平然と内包するからこそ、目が離せない女。
「他者がどう言おうと、私は自分が「不幸」だと思ったことはないわ。たとえそれが事実だろうと、そんなこと……思い、たくない。
この能力を持って生まれついたことだって……この能力がどれほど煩わしくても、それをもって生まれたことを「不幸」だなんて認めたくない」
きっぱり言い切るマリア。そう在れたら、と彼が願うどこまでも強い心の持ち主。
「俺だって同じだ」
だから、言い切った。
「幸不幸で俺を蔑むやつがいたら、許さねえ」
言い切って――彼女を抱き締めた。胸に息づくやわらかな存在を、温もりを。抱き締めた。

――幸福か不幸かの線引きなんて、誰かにされるものではないと思う。してほしいと思ったことは一度してないし、これからもないと言い切ってもいい。当然他人の幸不幸など、はっきり言ってしまえばどうだっていい。
よっぽど不運なやつがいて、近くにいると確実にそれに巻き込まれるというならともかく。
幸福か不幸かの判断なんて自分ですれば十分だし、自分の分だけで精一杯だ。

◇◆◇◆◇◆

おずおずと細い腕が背に回る。恥じらいながら、その手にきゅっと力がこもる。
アルベルは喉の奥で低く笑う。
動きと感覚の鈍い左腕でゆっくりと慎重に青い髪を梳きながら、
「欲しいものを手に入れたんだ。俺のどこが不幸だ」
口から出た自分の言葉が耳から入って、ゆっくりと反芻する。実感する。
「「もの」なんかじゃないわよ失礼ね」
耳に優しい声に顔のゆるみが戻らない。
「機嫌、直ったな」
「あなたもね。……ようやく頭が起きたみたい」
「うるせ」
幸不幸を言うのなら、今この瞬間自分よりも幸福なやつはいないと思う。それくらい、幸福だと思う。
「……好きよ」
「ああ」
つくづく幸福だと、思う。

「――ああ、でも服装のセンスと口と性格の悪さには私も同意するわ」
「!? なんだと、てめ……」
「「あなた」らしいけどね。いかにも」
じっとりといっそ不快な天気の下。とりあえず二人は幸せそうだった。

―― End ――
2004/10/14UP
何を以って人は不幸とよぶ / 創作さんに15のお題_so3アルベル×マリア_
OFP
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幸虧 [何を以って人は不幸とよぶ]
[最終修正 - 2024/06/14-15:15]