どうしてあなたは、そう。
こちらが予想しないタイミングで何でもない風に、どうして一番ほしい言葉をくれるのだろう。ちょっとした不満なんか全部吹き飛ばして、私を世界中で一番幸せな女に、還元してくれるのだろう。
どうして。
惑星ストリーム。何もかもがひどく荒廃した、砂埃と岩しか存在しない星。
轟々と吹く風に青い髪をなびかせて、小型シャトル・カルナスから降り立ったマリアは厳しい目でざっと周囲を見渡した。背後から降り立った仲間たちは、そのあまりの荒涼感にただ目を瞬いている。
ここに――正しくはタイムゲートを抜けた先にある場所、そこにいるはずの相手に対抗するために、ロキシ博士はマリアたち三人に遺伝子改造を施した。ここに来るために、彼ら三人は今まで生きてきた。乱暴に言い切るなら――それはあながち間違いではないだろう。
「運命」を捻じ曲げて、ヒトの枠を超えてまで。自身を犠牲にしてまで。
マリアはぎっと前を見据える。砂埃でけぶった視界の向こう、今は見えないタイムゲートをにらんで、
「……ぐずぐずしている時間が惜しいわ。行きましょう」
パーティリーダーをすら押しやって、彼女がまず一歩を踏み出した。
視界が利かない。けぶった白い闇の向こうに代弁者やら執行者やらがいて、いつ飛び出してくるか分からない。来た道もこれから進む先も見通しがきかなくて、まるでずっと同じ場所をぐるぐると回っているようで。
「……っ!」
「ああ、また行き止まりか。……マリア、ちょっとここで小休止を、」
「そんな暇ないのよ……! こうしている間にも銀河の崩壊は続いているんだから!!」
幾筋にも枝分かれした道。一度通ればどうということはないけれど、はじめて来た場所は先がどうなっているのかまるで分からない。ダンジョンの基本、左手の法則にしたがって一行は進んでいるけれど、何度目かも分からない行き止まりにまたしてもぶち当たった。
「そうは言うけどさ、」
「しつこいわね!」
「――おい、マリア」
行き止まりに突き当たるたび避けられない戦闘が終わるたび、小休止を申し出るフェイトにマリアが声を荒げる。ばっさり斬り捨てて身を翻そうとしたところで、けれど養父がたしなめるように声を上げて、
「焦るのも分かるが、体力不足でふらふらできる場所でもねえじゃねえか。体力回復させる時間ぐらい取れ。……アイテムも限りがあるだろ?」
「……分かったわよ」
噛んで含めるように言われて、論破されたマリアがいかにもしぶしぶうなずく。
そして小休止――自由行動になった。
回復呪文が扱えず、回復されるほどに体力を消耗しているわけでもないマリアは、一人ふらりと散歩に出ることにする。ここ周辺のモンスターはすべて倒したはずだけれど、それでもいつ襲われてもなんとかしのげるように。いつでも応戦できるように、ホルスターから抜いた銃を片手に下げている。
そうしてしばらくふらふらうろうろした最後、崖ぎりぎりに立って周囲を見回した。髪が泳いでばさばさと音を立てて、その音が時おり肌を叩く感触が、ひどく気に障って仕方ない。
「――何してやがる」
苛立っていることを自覚して、そんな自分に息を吐いたとき背後から錆を含んだ声がして。振り返った先には刀を肩に担ぎ上げた、真紅の目を細めた男。
「何も。ただここから周囲を見渡していただけよ。……何もないわ」
「フン」
トン、と鞘付きの刀で肩を叩いた男が、小さく鼻を鳴らすと無造作に歩いてくる。それに特に反応するでもなく、マリアはまた崖下に視線を向ける。
「――無意味に気を張ってるんじゃねえよ。疲弊するだけだろうが」
マリアの背後、少し動けばすぐに触れる位置。そんな場所にまで近寄った男に耳元でささやかれて。ひくん、小さく跳ねた身体を無視してマリアは目を吊り上げる。
「油断できる場所じゃないのよ、キミ好みの強敵しかいないじゃない。……それに。それよりももっと強い大ボスの元に殴りこみに行くのに、気を抜けるわけないでしょう」
「――ああ、俺にとっちゃ嬉しい限りだな。フェイトに、お前らにくっついてると退屈しなくてすむ」
言いながら男の手が伸びて、背後に引き寄せられる。抱き締められる。どきどきどきと高鳴りはじめた胸の鼓動に、マリアはつらそうに眉を寄せる。
「だがな」
彼女を傷付けないように、多分注意している左腕のガントレット。視界をさえぎる形の刀の柄。決して武器を手放す気がないのがいかにもアルベルらしい、とマリアの心がつぶやいた。そして、相変わらず抜き放った銃を手に下げている自分も同類ね、と思う。
「警戒してるのと怯えて気を張ってるのは違うだろう。今のお前は、周囲に怯えて威嚇してるだけじゃねえか」
「……っ、」
指摘に。思わず息を呑んで反論しようとして、けれどいつもは出てくる理詰めの言葉が出てこなくて戸惑う。迷った脚が小石を蹴ってそれが崖下に転がり落ちて、そこではじめて危険な場所に立っていたことに気が付いた。実感した。
蹴り落とした小石は、一度だけどこかにぶつかった音を立てて、しかしその後は何も聞こえない。視界は最初から白に覆い隠されている。
ぞくり、二の腕に鳥肌が立つ。
「不安ならそう口に出せ、誰もお前を馬鹿にしたりしねえよ。イライラして周囲に自分に八つ当たりしている方が、よっぽど無様じゃねえか」
「……ぁ」
「人数がいるんだ、誰か一人が気付いて声を上げればそれですむだろう。
――無駄に気を張ってるな、たまにはまわりを頼ってみろ」
「…………!!」
マリアは鋭く息を呑む。
けれどそれをごまかすように首を振って、艶やかな長い髪がふわりと広がって、
「――だって、こんなことしている間にも、どこかの星が攻撃されて……!」
「自分をごまかすな、阿呆。てめえが本当に心配していることは、不安に思っていることは別にあるだろう」
「……っ、……!」
抱き締められたところからじんわりと伝わってくる熱。武器を手に周囲を警戒して、けれどマリアを何よりも大切に抱きしめてくれる男。
マリアの肩が跳ね上がる。
――どうして。
どうして、分かるのだろう。分かってしまうのだろう。
「不安をすげ替えて、大義名分振りかざしてんじゃねえよ。お前が本当に不安に思っていること、怯えているのはそんなことじゃねえじゃねえか。世界が崩壊しようが、本心ではかまわねえんだろ。ただお前の世界が守れるなら、それでいい――違うか?」
「……そん、な、ことは……」
違う、と言い切れない。
「――少なくとも俺はそうだ。コトがでかくなりすぎて実感できねえ。アーリグリフさえ今までどおり存在するなら、あの国を守ることさえできるなら、それ以外の場所がどうなろうとかまわねえ」
今まで住んでいた場所くらいしか直接行ったことがある場所くらいしか、想像できないし守りたいと思えない。
「――俺は、「勇者」になんてなるつもりなんてサラサラねえ。そんなおキレイなもんはフェイトにくれてやる」
「で、も……」
「――お前は俺と同類だろう。漠然としたものには執着できねえ、そのかわり自分の本当に守りたいもんは何がなんでも守り抜く――違うか?」
「――……っ」
マリアは何も言えない。
「――俺が守りたいのはあの国と……お前だけだ。そのためになら生命かけても惜しくねえ」
「…………!!」
どうしてあなたは、そう。
こちらが予想しないタイミングで何でもない風に、どうして一番ほしい言葉をくれるのだろう。ちょっとした不満なんか全部吹き飛ばして、私を世界中で一番幸せな女に、還元してくれるのだろう。
どうして。
「――そんな、気持ちで……たったそれだけのために、」
「大義名分背負うのは他にいる。自分に背負いきれない荷物なんか最初から背負い込まなくてもいいじゃねえか。守るものが少なけりゃ、その分力を分散しなくてすむ。――そう考えればいいじゃねえか。
なあ、お前は何を守りたい? 今何に怯えてるんだ」
「私……は……」
先ほどまでの漠然とした不安は焦りは、いまだ消化しきれない、「道具」でしかなかった自分からで。指摘されて話がすげ替えられてはじめて気が付いて、そして、
「私は「道具」なんかじゃ、ない……。守りたいものを持つ私は、「道具」じゃなくて――確かに特別な能力はあるけれど、私は私で……」
「――フン……?」
「今まで関わりあった人たちが助かるなら、私はそれで、いい……。生きてあの人たちに会えるなら、崩壊に怯えずにあの人たちの中で生きられるなら、私は……」
――それで、いいのだろうか。本当に、たったそれだけでいいのだろうか。
迷って語尾が小さくなったマリアを、アルベルが強く抱き締めた。ただ無言で抱き締めた。それだけで――マリアには何か許されたように思えて。
――この人を守りたい。この人が生きる「世界」を守りたい。
強く強く、ただそれだけを思って、
マリアが背後に体重をかけた。唸る風に溶ける小さな声で、そんな彼女を抱き締める男にたった一言つぶやいた。男が何かを言い返して、その腕にさらに力が入った。さらに強く抱き締められた。
ほしい言葉を一番ほしい人から言われて。
マリアの小さな心が、喜びに、跳ねた。
