――生命は。どこから来て、どこに行くのだろう。このうたかたの世界に現れる前、このうたかたの世界から消えた後。生命はどこにあるのだろう、どうなるのだろう。
この世界がゼロとイチの集合体だというならば、こうして生まれては消えていく生命は、心は、魂は。――何でできているというのだろう、どこから発生するというのだろう。
見えないけれど確かに存在するものを。たとえ「創造主」でも本当にすべてその手で創り出したと、果たして言えるのだろうか。
本当に、言い切ることができるつもりなのか。
風が吹いている。細く高い笛のような音を立てて、カルサア丘陵――アイレの丘を渡ってきた風が彼と彼女の髪を泳がせ服の裾を揺らして去っていく。寄り添うというには少し離れた微妙な距離を置いて、それぞれに細い後ろ姿はただじっと動かない。
二人が揃って眺める先には、喪服に身を包んだ葬送の列があって。
ひょうぅぅ、またひとつ笛のような物哀しい音を上げて風が走っていく。
一行はFD界からエリクール二号星に戻って来たところだった。
アーリグリフとシーハーツ間の戦争が終結してそれなりに経っていて、けれど戦争の影響はまだまだ色濃く残っている。
たとえば――今日、アリアスでこうして葬儀が行われているように。戦争の影響はまだまだ色濃く残っている。
「……「星の船」の攻撃が原因らしいわ」
強く弱く吹き付ける風にさらわれる髪を、少しうっとおしそうに押さえながらマリアがささやいた。独り言ではない声の調子に、アルベルがちらりと深紅の目を動かす。
「――そうか」
「直接の銃撃で、じゃないけど。地面に当たったそれが――それでつぶてになった土砂に当たって、打ちどころが悪かったって」
「運のないやつだな」
気のない返事に腹を立てることもなく、マリアの口元が自嘲するように歪んだ。
葬儀に参列するような間柄ではない、そもそも顔すら知らない一般人の死に。けれど二人は――二人とは少し離れた別の場所に立つパーティメンバーたちも、遠巻きにじっと葬列を眺めて動こうとはしない。ただ無言で、悲痛と言っていい真面目な顔を向けている。
「一度は持ち直したらしいんだけど。一昨日の夜あたりに容体が急変して、朝にはもう息がなかったらしいわ」
「……詳しいじゃねえか」
「さっき通りかかったあのおばさんのおかげよ。延々世間話が続くから、逃げるのが大変だったけど」
そういえば先ほど、何か用があったのだろう、道に出ていた恰幅の良い中年女性となにやら話をしているマリアをちらりと見たことを思い出して。アルベルはああなるほどと軽くうなずいた。
感心している彼にちらりと笑って、――そして再び葬列に顔を向けて、マリアの口元からじわじわと笑みが消えていく。
「……脆いものね、人間なんて」
歌うように、けれど暗い色を隠さない声がささやいた。
吹き抜ける風に二人の髪が流れる。
――生命は。どこから来て、どこに行くのだろう。このうたかたの世界に現れる前、このうたかたの世界から消えた後。生命はどこにあるのだろう、どうなるのだろう。
この世界がゼロとイチの集合体だというならば、こうして生まれては消えていく生命は、心は、魂は。――何でできているというのだろう、どこから発生するというのだろう。
見えないけれど確かに存在するものを。たとえ「創造主」でも本当にすべてその手で創り出したと、果たして言えるのだろうか。
本当に、言い切ることができるつもりなのか。
「あなたは、」
――ややあってマリアが口を開いた。視線はいまだ葬列――葬儀に向けられていて、彼女の目にはきっと珍しい、どこにでもある葬儀に向けられていて、
「――あなたは、魂の存在を信じる? 信じるなら、死んだあと死者の魂はどこに行くと思う……??」
憤るように揺れる絶望を固めたような翠は、恐ろしいほどに澄んでいたけれど。その目はマリアらしくないとアルベルは思った。
いつだって呆れるほどに強い、強がっているマリアには、らしくないと。
――思いながら眺めていると、吹き付ける風に華奢な身体がやけに揺らいでいるように見えて。アルベルが細い肩を抱くと、かすかに身をもたれかけさせてくる。
「――他人に何か訊ねるときは、自分の意見から言ってみろ阿呆」
翠が一瞬きょとんとして、ふっと細くなった。いつものマリアの目に近くなった。
「目に見えないものだから、本当のことは私には分からないけど。
――この世界が本当に「データ」でしかないなら、記憶もすべてシナプスの伝達でしかなくて……記憶は、そうして数値に変換されてもアリだと思うけど、」
「……わけ分かんねえ呪文唱えてんじゃねえよ」
うめくと、くすりと笑った彼女が彼の頬にふと手を伸ばした。
「分からないけど、――私は魂の存在を信じたいわ。そうして、生まれ変わりを信じたい」
「……フン……?」
「私は、生きているもの。あなたも――みんな、今生きている。
こうして戦いの毎日を過ごしていて。いつ死ぬか分からない生活をしていても、生まれ変わりを信じれば……きっと「死」は恐怖じゃなくなるから。だから魂の存在を信じたい」
言いながら、頬の手がゆっくりとすべる。やわらかい手の感触に目を細めると、いつの間にかうつむいていた顔が少しだけ上がる。
「死んで、すべてが終わってしまうのが怖いの。そこから先に何も存在しないのは、嫌よ。負けられないのは分かっているけど、――でもそう考えて少しでも恐怖を忘れたい」
「……別に何も言ってねえだろうが」
いいわけのように続ける彼女にうめくと、ぱちぱちと目を瞬いてから、そうね、と口の中でつぶやいた。何に焦っていたのかしら、と小首をかしげる様子が愛らしくて、肩を抱いていたままの手にぐっと力を込めてその身体をさらに引き寄せる。
「私の意見、言ったわよ……?」
抵抗はしないで、けれど少しだけ困ったようなすねたような目をして。言われた言葉をゆっくりと反芻して、アルベルはふん、と息を吐いた。
「――信じるも信じないも、俺は存在を疑ったことはねえな」
「……信じてる……?」
「魂がないなら、俺は今ここにいるはずがねえ。
頭が思ったことを心が感じて、魂に刻み付ける。死ぬまでそれをくり返して、死んだら魂は肉体を離れて――どこに行くかは知らねえが。そこらへん漂ってるわけはねえよな。そこら中見えねえ魂がうようよしてるなんざ、想像しただけで気色悪ぃ」
細い身体を抱き締める。白い首筋に顔を埋めれば、多分髪がくすぐったかったのだろう、ひくりとはねて。真昼間、仲間が近くにいるからと引き剥がそうと足掻いた腕が、しかしやがてゆっくりと彼の背に回る。
「さっき言ったな、ああ、確かに人は脆い。簡単に死ぬ。……こうしてたって次の瞬間地震が起きて地面が割れりゃ、毒蛇になり毒虫になりに刺されりゃ、それだけでころりと死ぬだろう。戦闘時なんてなおさらだな。誰も生命の保証なんざしねえし、できねえ」
成功を疑いもしなかった「焔の継承」に、しかし失敗してから。目の前で父を亡くしてから。よりいっそう彼の身近になった血のにおいのするもの。強さにしがみつくことで苦しみから抜け出そうと足掻いて、その結果まるで彼の一部になったもの。
――死。
「死んだあとのことなんざ知るか。――だが、肉体は死んでもそこで全部が消えるわけじゃねえだろ。
でーたとかナントカぷろーらだとか、俺には小難しいこた何ひとつ分かんねえし分かりたくもねえが……知ったからって、何も変わらねえじゃねえか。俺は生きている、お前も生きている。――次の戦闘で死ぬかも知れねえが、……違うな。敵を殺して生き残るだろう」
言っているうちに何を言いたいのか分からなくなって、一度言葉を切った。風に広がる青い髪に指を通す。なめらかな感触を残して鮮やかな青の印象を残して、それはゆっくり指をすり抜けていく。
「死んだら、俺の人生はそこでしまいだ。やり直しはきかねえ。魂は勝手に身体を離れて「どこか」にいく。生まれ変わるのかもしれねえし、天国なり地獄なりにたどり着くのかもな。
――だが、「死」は「区切り」で……その先に「何か」はあるだろう。今までが――ほとんどなくなるにしても、何から何まで全部消えるとは思えねえし、「死」の先が「無」ってわけじゃねえだろう。
どの道実際死なねえと分かることじゃねえし、一回死んだらやり直しはきかねえから試しに死んでみるつもりはねえがな」
くす、華奢な身体が笑った。背に回った腕にゆっくりと力が入った。
「――似てるけど、違うこと考えるのね……それに、ずいぶん真面目に考えてるのね。見直したわ」
「……あ?」
何となく馬鹿にされたような気がする。むっとすると、なだめるように背を叩かれた。至近距離の翠が、笑いながら優雅に瞬いている。
「「死」は「区切り」……そうね。きっと、そうだわ」
「――魂のねえ俺は俺じゃねえが、魂だけ取り出してもそれだけじゃ「俺」じゃねえよ。全部そろって俺だ。全部そろって……お前だ。死んだあとがどうなろうと、人生は一度きりだしやり直しはきかねえ。
だから、せめて俺は「今」を悔いなく生きる。敵がいたら叩き伏せるし、ほしいもんがあったら、」
すい、と背筋をなぞると、びくりとのけぞる素直な反応を示す身体。ほのかに頬を染めて何となく目を潤ませて、驚いたように見上げてくる半開きの唇に――唇を重ねる。
「――ほしいもんがあったら手に入れる。
生まれ変わりがあっても、生まれ変わった俺は「俺」じゃねえ。「俺」がほしいもんは「俺」の手で手に入れる……一度手にしたら、離さねえ」
くすくすくす、驚いていたマリアが笑い出して。機嫌よく笑うさまがまるで猫を連想させて、アルベルも口元を緩めた。
「――すごい殺し文句」
「……あァ?」
笑い続けるマリアが伸び上がってキスをしてきて、触れるだけのそれが――、
「好きよ」
……ささやいた。
葬儀が終わって、参列者が思い思いに散っていた。強い風が吹いて視界が青で埋め尽くされて――マリアが笑っていた。
