にたり、と男は笑った。
なまじな猛獣では尻尾を巻いて逃げ出すような、見る相手を呑む獰猛な笑み。普段から――顔立ちそのものはきれいに整っているくせに――人相の悪い彼をさらに凶悪に見せる笑み。
とある戦闘終了後。
失った体力精神力を回復させようと、アイテム袋をあさっていたネルの手がぴたりと動きを止めた。かっきり三秒、先ほどまでよりも確実に乱暴に袋の中を掻き回して、再びぴたりと動きが止まる。さらに五秒間があって、今度は手当たり次第にアイテムを取り出すと、周囲に系統別に並べてみる。
――ない。
周囲を見渡した彼女は、モンスターの血にまみれた剣の手入れをしていたアルベルの前にふと歩いていった。
「……ねえ」
「あぁ?」
彼の前に仁王立ちになるネル、顔も上げないアルベル。とりあえずまともに返事をしただけまだマシだ、と思ってしまうのが少し哀しい。というかなんだか悔しい。
「ちょっと訊きたいんだけどさ」
「何だ」
――当初に比べれば会話が成立するようになった分、多少なりとも進歩はあるのだと思う。思うものの、会話をする時は普通相手の目を見るものではないかと、ネルの頬が引きつる。
とりあえずそう指摘してもこちらの神経を逆撫でする反応しか返ってこないことが分かりきっているので、もうそれに対しては何も言うまいと決めて、
「あんたが甘党だってことは知ってるんだけどさ、」
ぴくりとアルベルの肩が跳ねたと思ったのは気のせいだろうか。
「だからお門違いかもって思うんだけどさ、」
「――回りくどく何言いたいんだてめえ」
唸ったはいいが、視線をこちらに向けないのには別の意図があるのではと思ってしまうのは、ネルが悪いのだろうか。
彼女は一つ深呼吸して、
「朝鮮漬け、知らないかい? 昨日はあったんだけど」
アルベルはすぐには答えなかった。血のりを拭き取った手入れ途中の刀をぱちんと鞘に納めて、それから顔を上げて――わざと上げすぎて立っているネルに対して座っている位置から無理に見下すような目付きをして、
「――あんなもん、食いもんだと俺は認めねえ」
――言い切りやがった。
「へぇ……」
鞘に収めた刀を足元に置いて立ち上がり、無意味に偉そうに胸を張ると今度こそ身長差でネルを見下ろして、にたり、と男は笑った。
なまじな猛獣では尻尾を巻いて逃げ出すような、見る相手を呑む獰猛な笑み。普段から――顔立ちそのものはきれいに整っているくせに――人相の悪い彼をさらに凶悪に見せる笑み。
うつむいていた顔を上げたネルが、花も恥じらうような極上の笑顔をそんな彼に向ける。にっこりと、アルベルの獰猛な――強がりの笑みが引きつるくらい完璧な笑顔を浮かべて、だがしかし。
思いっきり青筋が浮かんでいる。
――怖い。
「他人の食の趣味にとやかく口出しするんじゃないよっていうかつまり捨てたのかいあんたはもったいないじゃないかあたしの好物なんだよ朝鮮漬け!!」
「うるせえあんなもん他の食いもんににおいが移るじゃねえかこのあ、」
「問答無用!!」
どごーん! ずずーん!!
音と振動と怒声と殺気と、そういった物騒なものにあわてたパーティメンバーが駆け付けたころには、あたりは大惨事になっていて。その日その一帯は地形を変えて。
件の男は周囲の惨状に負けないくらいとんでもないことになっていて。
――ことの次第を聞いたメンバーは、「食べものの恨みは恐ろしい」って本当だったんだねなどとしみじみうなずきあったとか。誰も彼の三途の川渡河を止めてくれなかったとか。
――その後もネルの怒りはなかなか解けず、アルベルの復活は……翌日の昼だった。
