紅は、彼の色だ。
瞳の色、その奥深い紅。烈火のような内情を示した紅。斬り伏せた敵の血を浴びた悪鬼のような紅。
そして。
その身に流れる鮮やかな血の色の、――紅。

―― 毅力 [されど、それでこそ]

とある日の戦闘で。
「……が……ぁっ!?」
短い、けれど鋭い悲鳴を耳にして。ネルの動きが一瞬凍り付いた。
けれど声のした方向を仰ぐ余裕などない。前方で今にも彼女に飛びかかろうとかまえている敵に向けて、腰の後ろの刀を引き抜くと気合と共に投げ付ける。
「黒鷹旋!」
致命傷にこそならなかったものの、のけぞった敵に炎を纏ったフェイトの剣が斬り付けて。別の敵数匹を相手どるクリフは、無数の拳をまるで弾幕のように放っている。バックステップをくり返して一人距離を取ったマリアが、一見無造作にけれど確実に敵の喉元に銃弾を命中させて。
ネルは戻ってきた刀を小気味いい音を立てて手に取ると、再び同じ技を放つ。
「黒鷹旋っ!!」
――そうして。
決して楽勝ではなかったものの、一行は何とか勝利を手にすることに成功した。

現在地、モーゼルの古代遺跡地下部。階段を降りた瞬間から敵の強さがまるで違う上、はじめて訪れたそこは地形がよく分からない。
フェイトたち一行は何度か全滅しかけたりしながらも、なんとか地上に戻ろうと足掻いている。

血をはらった刀を鞘に納めながら、ネルは先ほど悲鳴が上がったあたりにあわてて駆け寄った。初歩とはいえ回復呪文を使えるフェイトに彼自身およびクリフの治療を任せて、マリアがアイテム袋を片手に足早にやってきて――きれいな弧を描く眉が、きゅっとひそめられた。
「――生きてる……?」
光源の少ない地下にあっても、周囲を染めているのが分かる紅。その血の海の中むせ返る血臭の中、触手のようにまとめた髪の束まで染めて、仰向けに倒れた細身の男。血の気を失った真っ白い顔で、ぴくりとも動かない。一足先に彼の元にかがみ込んでいたネルは、その首筋に指を当てて左胸に耳を当てて――細く細く息を吐き出した。
「……なんとか、心臓は動いてる」
「呆れても良いかしら」
「生き残ったなら、好きにすればいいさ」
ごく至近距離でなら、ひゅーひゅーと隙間風のように浅い呼吸音が聞こえる。これが止まるまではとりあえず男は生きている、自分に言い聞かせながらネルは顔を上げた。
悲鳴らしい悲鳴が上がらなかったのも道理、喉笛を斬り裂かれているのが素人目に見ても分かる。その喉から、そして他にも身体に走った数箇所の傷から出血はいまだ続いていて、流れる血と一緒に生命力も失われつつあって。これ以上ないほどに表情を険しくしたマリアが、いつの間に探し出したのか、手に持っていたフレッシュセージをネルに差し出した。
「――口移しで食べさせないと、多分意味がないわ」
「分かってる」
頬にべったりと付いた血を拭う時間さえ惜しい。気道を確保しながら受け取った薬草を口に押し込んで、何度か咀嚼する。青臭いにおいに眉を寄せながら、ネルは男の元に再びかがみ込んだ。
唇を合わせて、口の中のものを直接流し込む。
元敵国の将がどうとか、そんなことは頭から消し飛んでいた。数日前にパーティに入った、仲間になってまだ間もない男とはいえ、元は憎んで余りある相手とはいえ。幾度となく肩を並べて一緒に戦った仲間を、とにかく助けなければ。――そんなことしか考えられない。
隙間風のような音が止まった。危機を脱したものと判断して、ネルは早口に呪文を唱える。
「ヒーリング!!」
一回では間に合うはずもない、何度も何度もくり返す。
視界の隅で、失った分の精神力を補充させるため、ブラッドベリィを探しているマリアの姿がある。
「ヒーリング……!」
こんなところで、失っていい生命なんてあるはずがない。

◇◆◇◆◇◆

「……おい、起きろ阿呆」
そうしてどれほど経ったのか。ぺちぺちと軽く頬を叩かれながら、聞き覚えのある小憎たらしい声がした。ネルははっと目を見開いて身体を起こして、しかし突然の動きに血が付いてこない。目の前が真っ暗になって平衡感覚が一瞬消失する。
「何やってんだ」
再び聞こえた声、錆を含んだ低い声。――いつも聞くそれよりもかすかに掠れた声。後頭部から倒れ込みそうになったネルを、その二の腕を掴んだ手があたたかい。
「――生きて、たんだ」
「さすがに死んだと思ったがな」
今度はゆっくりと身を起こせば、なんだか思っていたよりずっと近い場所に男の顔があった。きょとんと瞬くネルを至近距離から眺める紅が、なんだか不機嫌そうに細くなる。
「いつまでもこんなとこにいるとまた別の敵が来る。――血を流しすぎた、においでモンスターが寄ってくるぞ」
「――あんたの血じゃないか」
どれほど気を失っていたのか、軽口を返しながら周囲を見渡せば――他の仲間たちの立ち位置からして、そう長い時間ではないらしい。マリアはフェイトたちの元に行って、なんだかんだ言いながら何かアイテムを手渡している。
視線を戻せば憮然としたまま大袈裟に息を吐いている。
「とりあえずこの場を離れて服に付いた血も洗い流さねえと……」
「だから、あんたの血だろう」
すっかり回復したらしい男が、――多分倒れ込んだネルが下敷きにしていたおかげで動けなかったらしい男が、言いながら立ち上がった。先ほど支えられた手はそのままで、自然つられて腰を浮かせたネルは――目の前がまた暗くなったと思ったら、身体から力が抜ける。片手一本でそんなネルの体重を支えて、男がチッと舌打ちをする。
いまだ渇かない血の海の中、紅い瞳の男が赤い髪の女を支えている。
――なんとなく客観的にそんなことを思いながら、なんとも言えない不思議な感じがして、端正な横顔を見せる男をネルがじっと見上げる。

紅は、彼の色だ。
瞳の色、その奥深い紅。烈火のような内情を示した紅。斬り伏せた敵の血を浴びた悪鬼のような紅。
そして。
その身に流れる鮮やかな血の色の、――紅。
彼女の赤い髪とは、同じようでいてけれど違う。彼女の赤は炎の赤、彼の紅は、――血の紅。
似ているけれど違う、違うけれどよく似ている。――そんな、色。

◇◆◇◆◇◆

必殺技を連発した上に回復呪文を唱えすぎて、精神力が足りないのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えているネルの口元に、ふと息を吐いた男が何かを押し付けた。まるで予想していなかったそれにぼんやりしていたネルは本気で驚いて、けれど飛びすさろうにも男の手が二の腕を掴んでいて、
「――これ食わせて精神力回復させろだと。……あの女、俺に命令なんぞしやがって」
「え、あ……ブラッド、ベリィ……マリアかい?」
「それ以外の何に見える」
握り潰さないように器用に鉄爪で摘み上げられた黒っぽい木の実を。礼を言って手に受け取ろうとしたら、ふと何かを思い付いたような、いたずらめいた笑みを浮かべた男が意地悪く遠ざけた。子供っぽい行動に付き合う気が起きなくて、それを見てどっと疲れたネルががっくりと肩を落とす。
「……何やってんだい馬鹿」
「別に。――食わせてやろうか」
「……――はァ!?」
脳天を突き抜けるような間抜けな声が上がった。先ほどまでかすれていると思っていた声も完璧に回復して、多分現在のネルよりも万全のコンディションに近い男が、にやにやにやと通り名の通りの歪んだ笑みを浮かべている。
「死にかけてた俺にあのクソまじぃ薬草食わせたのはてめえだろ」
「……あれがなかったらあんた今ごろこの血の海の中で冷たくなっていたと思うけどね」
なんだか先ほど立ち上がった時よりも確実に近くなった顔が、やはりにやにやと口の端に笑みを浮かべたまま、
「俺は借りは返す主義だ。――忘れんうちにと思ってな」
「馬鹿言ってないでとっととそれよこしな。あの時のあんたは意識がなくてモノ食べるどころじゃなかったわけだし。今とは状況が違うよ」
どんどん近付いてくるにやけた笑いが、腹立たしくてなんだか気恥ずかしい。掴まれていない方の腕を男の胸に付いて、懸命に距離を取ろうとするネルを男はまるで無視する。
「――精神力足りねえんだろ」
「そうだよ。でも、意識があるから自分で食べれるさ。……アンタひと馬鹿にするのもいい加減にしときな」
フン、と息を吐いた男が鉄爪に引っかけた木の実をぱくりと口に放り込んだ。あ、と小さく口を開けて目を丸くしたネルが我に返らないうちに、自由になった鉄爪で彼女の腰を引き寄せて、二の腕を掴んでいたはずの手が後頭部に回っていて、
「……っ、んー……!? ん、む……んんっ……ぁ、……むっ!!」
暴れるネルをものともしないで、酸欠になった彼女がぐったりするまで、重なった唇は離れなくて、

「…………っ、ぷは……っ!!」
ようやく離れた唇、顔を真っ赤にしたネルが涙目で男をにらみ付ける。いかにも機嫌良さそうに喉の奥で笑う男の手は、いまだ彼女の腰に回ったまま。
「――……殺す……!!」
低く唸ったネルがぎりっと歯を噛みしめたのを見て、にやにやと笑う男がわざとらしく自分の唇を舐めてみたりして、
「――足りねえな、」
「――――!!」

フェイトたちがふと気付けば、本気で起こったネルにもらった紅葉を、渋い顔でさするアルベルがいた。ネルの頬が赤く染まっていたのは、きっと酸欠のためだけでも怒りのためだけでもなかったはずだ。

恨みがましそうににらみつけてくる紅を思いっきりにらみ返して。
――それでもそれがいかにもアルベルらしいと、内心苦笑しているネルが、いたりした。

―― End ――
2004/10/26UP
されど、それでこそ / 創作さんに15のお題_so3アルベル×ネル_
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毅力 [されど、それでこそ]
[最終修正 - 2024/06/14-15:21]