憎まれることには慣れている、恨まれることには慣れている。そうして負の感情をぶつけられることなど日常茶飯事で、今ではそれを別にどうとも思わない。
そう考える自分が、ヒトとして何か欠けているというならばそうなのだろう。
否定する気はないし、その欠けた「何か」を埋めるつもりもない。埋めようと思って埋められるものではない。そう考える自分は間違っているのかもしれないけれど、それはそれでアリだと思う。
憎まれることには慣れている、恨まれることには慣れている。そうして負の感情をぶつけられることなど日常茶飯事で、今ではそれを別にどうとも思わない。
――どうとも思わない相手に何と思われようと、関係ない。心底、そう思う。
河岸の村、アリアス。一行の今回の買い出し当番は、アーリグリフ三軍が一、漆黒団長「歪のアルベル」。
「さあ、とっとと行くよ。あんたいつまでもガキっぽくぶーたれてんじゃないよ情けないやつだね」
「うるせえ……なんでよりにもよってこんなもん……」
領主屋敷二階の一室。パーティに割り振られた部屋で、アルベルが深い深いため息を吐いた。彼の視線の先にはバカでっかいまるっこい像――等身大のバーニィ像が鎮座している。心なしか床がたわんでいるような気がする。
「――まあ……ようやくこれ売る気になったんだからさ……」
「つーか何考えてこんなん持ち運んでたんだよ」
「あたしが知るわけないだろう」
ムーンベースやらジェミティやらに入り浸っている現在、この小さな村に売られているものを買う必要はどこにもない。ので、「買い出し当番」という言葉は厳密には間違っているものの。とりあえず今回の当番がアルベル、ということは事実で。
そして。何がきっかけだったのか、本日パーティリーダーが売れるものは全部売り払おうと言い出した。そんなわけで昼前に村に着いてからこっち、パーティメンバー総出でこの部屋にこもって半日ほどかけて、所持アイテムを必要なものと不用品とを選り分けていたのだが。
自分が当番の時にそんなことをしようだなんて、絶対に嫌がらせだ、とアルベルは確信している。
なにしろ、選り分け終わったならメンバーは潮が引くようにどこかに解散していたわけだし。はたと気が付いたなら、部屋に残っていたのは当番のアルベルと、付き合いがいいというか人のいいネルの二人だけだったわけだし。
まあ、うだうだしていても仕方がないと。何度目かも分からないため息を吐き出して、アルベルはとりあえず一番かさばるそれに手をかけた。よっこらしょ、とばかりになんとかかつぎ上げると、苦笑したネルが残りの――それなりにかさばりまくった売却用アイテムを入れた袋を抱えて、当然のように部屋の入口に立っている。
「……?」
「見捨ててくのもかわいそうだから、手伝ってやろうかと思ってね。あんたはそれだけ持って来な。残りはあたしが運んでやるから」
言うだけ言うととっとと部屋から出て行ってしまう。
アルベルは思いっきり顔をしかめると、あわてて彼女の後を追った。
「――待て」
追い付いたのは玄関ホール。ノブに手をかけたネルがきょとんと振り返って、その無邪気な顔にアルベルが深々と息を吐く。
「ガキじゃねえんだよ。手ぇ出す必要なんざねえ、どっか行け」
「これ全部一人で運ぶ気かい?」
「うるせえ」
無駄な意地張ってんじゃないよ、と呆れて笑うネルに。アルベルはげんなりと吐き出した。
――これが他の町だったなら、面倒が減るわけだしと何も言わなかったけれど。けれど、この村では。この村でだけは。
「――とっとと行け」
「……? まだすねてんのかい?? いい加減に、」
「邪魔なんだよ。失せろ、クソ虫」
低く低く唸ると、出来の悪い子供でも見ているような苦笑混じりの顔が、その眉が片方だけ跳ね上がった。口元に浮かんでいた笑みが瞬時に消えて、紫の目が怒りで底光りする。
「――そうかい、悪いことしたね……」
どすん、抱えていた袋を乱雑にその場に落として。かつかつと靴音も高らかに彼の背後、応接間へと――向かおうとするのかと思ったら、
「人の親切心踏み躙るのは、最低のクズのすることだよこの馬鹿!!」
目の前に仁王立ちになったネルの利き手が、アルベルの目に一瞬ブレた。
「…………」
バーニィ像だけをかついだアルベルが、地面を蹴るような乱暴な歩き方で村の中を移動している。その頬には赤いもみじがくっきり浮かんでいて、実のところひりひりひりとかなり痛い。痛いけれど顔色を変えずに、長い前髪でそれが隠れることを期待しておく。
ちくちくちくと集中するとげとげしい視線やら風に乗ってかすかに聞こえるひそひそした陰口やらに、まるで気付いていないフリをして。アルベルはでっかいバーニィ像をかついで村の中を移動する。
――これが他の町だったなら、面倒が減るわけだしと何も言わなかったけれど。ネルが付いて来ようが来まいが、きっと気にもしなかっただろうけれど。けれど、この村では。この村でだけは。
彼女を連れて歩く気にはなれない。あのパーティの誰とも、一緒に歩く気はない。
先の戦争、アーリグリフの侵攻を受けた村だから。あの戦争で直接的な被害を一番多く受けた村だから。大陸中で多分一番、アーリグリフを、その国の将であるアルベルを、
――敵視している村だから。
自分のしたことを、してきたことを分かっている。今さら後悔するつもりはないし、いいわけをするのは趣味ではない。もし今同じ状況に放り込まれたとしてもためらわずに刀を取るし、何度時間を巻き戻してもそれ以外はありえない。
たとえ一般人でも目の前に立ちふさがるなら、躊躇なく斬り捨てる。そんな自分を分かっているから、その結果村人に駐在する兵士ににらまれようと陰口を叩かれようと当然だと思う。いちいち腹を立てるのも馬鹿らしいし、息子の仇と包丁を腰だめに突進してくる人間がいてもそれもアリだと思う。――もちろん素直に刺されてやるつもりはないが。
……けれど。
それらの敵意はあくまでアルベルに対して向けられているもので、パーティの他のメンバーは関係ない。そもそも出身からして、所属している国――団体からしてばらばらなのだ。まったく関係ない人間を、関係ないところで巻き込むことは、彼のプライドに賭けて絶対に許せない。
だから。彼と一緒にいることで、村人の兵士の怒りが関係ないパーティメンバーにも向くのが嫌だから。
彼女を連れて歩く気にはなれない。あのパーティの誰とも、一緒に歩く気はない。
道具屋のドアを蹴破る勢いで中に入って、超重量といっていい像の重さにさすがに少しだけ上がった息を整える。それこそ敵意を隠そうともしない店員にたった今おろしたそれを売りに来たと伝えて、残りの荷物も持って来ようかと踵を返す。
返しかけた、ところで、
「……ネル様!」
「これも、そのでかい像と一緒に換金してくれないか」
「は、はい……!」
彼女の言葉に店員がかくかくとあわててうなずいた。シーハーツ隠密最高位、クリムゾンブレイドの名を冠する赤毛の女は、両手で抱えてきた袋を静かに足元に下ろす。
「……」
ただ無言で、紫の強い目をアルベルに向ける。
憎まれることには慣れている、恨まれることには慣れている。そうして負の感情をぶつけられることなど日常茶飯事で、今ではそれを別にどうとも思わない。
そう考える自分が、ヒトとして何か欠けているというならばそうなのだろう。
否定する気はないし、その欠けた「何か」を埋めるつもりもない。埋めようと思って埋められるものではない。そう考える自分は間違っているのかもしれないけれど、それはそれでアリだと思う。
憎まれることには慣れている、恨まれることには慣れている。そうして負の感情をぶつけられることなど日常茶飯事で、今ではそれを別にどうとも思わない。
――どうとも思わない相手に何と思われようと、関係ない。心底、そう思う。
思う、けれど。
裏を返せばそれは、何かしら好意を抱いている人間からは良く思われたい、そんなエゴから出ている。自分が好意を抱いた人間を白眼視から守りたい、そういったエゴから出ている。――自覚してけれど無視している事実が、アルベルには苦々しい。
そんな彼の思惑を無視して、そんな彼の好意を無視して。無言のネルが強い目でアルベルを見ていた。双方無言のプレッシャーに押された店員があわただしくアイテムを鑑定して、その代金を――ネルに渡した。
「……ばか」
店を出て道を歩きながら、ネルが片手に持っていた代金をアルベルに放った。沈黙を破ったのが罵声で――どこかやわらかな罵声で、むっと反論しようとしたアルベルは結局何も言わないまま投げられた小さな皮袋を受け止める。
「あんたは、何も分かっちゃいない」
「……あァ!?」
二人の脚が止まって、紅と紫、強い視線が交錯した。
「パーティメンバーを、自分以外の仲間を冷たい視線にさらしたくない。そう考えたんだろう。……あんたにしちゃずいぶん殊勝なこと考えたじゃないか。
それそのものを否定する気はないけどね、けど、その中にあたしを入れるのは大間違いなんだよ」
「何が間違ってるってんだ。恨まれるのは俺ひとりで十分だ。大体、てめえはこの国の重臣だろうが」
たった一歩の距離を置いて間近い距離から見下ろす顔は。喧嘩腰の言い合いをしているにもかかわらず、強い目でにらんでくるにもかかわらず、彼の目にやけに愛らしくて。
「そのとおりさ。あたしはクリムゾンブレイドで、あんたは漆黒団長。……だからこそ、あたしは――あたしとあんたは、仲良くしてなきゃなんないんだ」
「…………何言ってやがる阿呆」
「少し前まで戦争していた両国の、それぞれの重臣が仲良くしてるのを見れば、戦争が本当に終わったんだって分かるじゃないか。陛下やあんたんとこの王様が何か言うよりも――シーハーツとアーリグリフはもういがみ合っていないんだって、分かるじゃないか。
あんたがアーリグリフ全部の恨みを背負うなら、あたしはシーハーツの憎しみを引き受けるさ。あの戦争に勝者はいないんだ。あんたとあたしは対等なんだから」
「……てめえ個人が、」
「ああ、確かに裏切り者呼ばわりされるかもしれないね。けど、シーハーツの民はそんなに馬鹿じゃない、きっといつか分かってくれる。――だから、たとえ今そういう陰口叩かれたとしても、あたしにとってそれは恥じゃない。かまわないさ」
どこまでも強い目、しなやかな――思考。一瞬目を見開いたアルベルが、一歩の距離を一気につめるとネルの腰に手を回して、
「――そういう「仲良く」じゃないよこの馬鹿!!」
ネルの怒声と頬にぐーが入った痛そうな音が、――アリアスの空に響いた。
