反銀河連邦組織クォークを立ち上げて、なんとか活動が軌道に乗りはじめてからそこそこ経っていた。トラブル好きで常に新しい刺激を求める、年齢の割に落ち着きのないクリフのことだから、そろそろ新しい厄介ごとを探しはじめかねないとミラージュやらランカーやらの古参連中がこっそり心配しはじめていたころだった。
そんなおり。
ちょっとした大事件がクォークに舞い込んだ。

―― 護持 [何してるんですか]

日常業務が一段落付いたミラージュがふと息を吐く。事務仕事は嫌いではないけれど、どうにも集中しすぎていたらしく、なんだか変な感じに疲れた。ふと振り返ればコクピットの定位置で、珍しく真面目にコンピュータとにらめっこしている金髪の相棒の後ろ姿。
――自分の休憩がてら、何か飲みものでも持っていってあげましょうか。
そんな風に思って、彼女は席を立つことにする。

両手にコーヒーのカップを抱えてクリフに近付くと、どうやら仕事をしていたわけではなさそうだと気付いた。けれど、お遊びでアダルトサイトに繋げているわけでもない。
どこまでも真剣に一心不乱に、いっそにらむような青い目が見つめているのは、
「……何をしているんですか?」
難しい顔で画面とにらめっこしている相棒の後ろ姿に、コーヒーを持ってきたミラージュは静かに声をかけた。
「クリフ?」
「――ん。お、さんきゅ」
顔も視線もそのまま、声が上がって手がのびる。そこにカップを持たせてじっと眺めていると、ほとんど無意識のように一口すすって、やはり視線は固定したままで。
「クリフ」
「わーってる、真面目に仕事する……」
言いながらも画面をスクロールさせていって、新しいリンクを二つ三つ開いて。今は忙しいわけではないから、クリフにまでデスクワークをさせる必要性はない。だから別に無理にも仕事をしろと急かすつもりはないけれど。
ミラージュは息を吐いた。
「クリフ、私用なら部屋でして下さい。部屋のパソコン、買ってからまともに使っていないじゃないですか。たまには埃を払うくらい、したらどうですか」
「……ああ」
完全に集中した今の彼には、ミラージュの言葉はまったく届いていない。
長い付き合いからそうくることは分かっていたはずなのに、なんだかとても腹立たしくて。彼女はむっと目付きをきつくした。
「――あの娘をここに連れて来た方がいいですね」
「!?」
その言葉にぎょっとした顔であわてて振り向いたクリフは、いかにも道化じみていた。けれどそれににこりともせずに、彼女はかたい声で続ける。
「文面の凡例よりも、生身のあの娘と衝突した方が得るものがあるでしょう。どのみち仕事に手を付ける気はなさそうですし、私はさっき今日の分の作業を終わらせましたし」
「……ミラージュ……?」
コクピットにいた他のクルーやらたまたまやってきたランカーやらが、一目で事態を理解したらしく肩を震わせて笑っていた。その腹立たしさまでクリフに向けて、ミラージュは一度強く彼をにらみつけるとあっさり踵を返す。

ためらいのない足取りが、廊下に出たところでふと止まった。――止まらざるをえなかった。
彼女のその肩を、のびた太い腕が軽く掴んで止めている。
「悪かった。すねるな、ミラージュ」
片手にコーヒーカップを持ったまま、あわてて追いかけてきたらしい。ちらりと目で振り返れば、少しこぼれた熱い液体がその手を点々と赤く染めていた。
軽い火傷に多分気付きもせずに、鮮やかな青が困っている。
「すねるなよ」
「すねてなんかいません」
「すねてるって。オレが悪かった」
「呆れているだけです」
クリフの顔を見たらなんだか負けそうで。何に関してかは分からないけれど、負けてしまいそうで。それが悔しくて目を前に――彼とは反対方向に向けて。
そのまま埒の明かない言葉を交わす。
何を馬鹿なことをしているのだろう、とひどく冷静に頭の一部分がため息を吐いている。

「――大体、どこになにしに行こうってんだよ」
「……私の話、まったく聞いていなかったんですね。あの娘を連れてきます」
ミラージュは覚悟を決めると氷の視線でクリフを射た。
「肩、離してください」

◇◆◇◆◇◆

ちょっとした大事件――四日前、救難信号を受けてその宙域に向かった結果、漂流者を拾った。
ポットに乗っていたのは十二歳の少女。多少衰弱していたもののなんとか健康で、しかし何があったのか幼い彼女はあてがわれた部屋にずっと閉じこもったまま出てこない。難しい年ごろの少女をどう扱うべきか、クルーの誰もが白旗を掲げた。
結果。食事を届けがてら様子見に行くミラージュ以外、この艦に乗る誰一人、救助されて以降彼女の姿を見た人間はいなくて。
それはクォークリーダーかつこの艦の艦長のクリフも同じで。

◇◆◇◆◇◆

あーだとかうーだとか、意味のないうめきを上げていたクリフが大きく息を吐いた。細い肩を掴んでいた手で、硬質の美貌、やわらかなラインを描く頬を包み込む。
「――オレが悪かった。あの娘の世話、お前一人に押し付けてたんだっけな」
「私が言い出したことです。手に負えないと判断したら、助けを求めていました。
――なんですか、クリフ」
大きく息を吐いた彼を見咎めたのだろう、きれいな藍い目が不審そうに細くなる。
「お前、相変わらず自分のこととなると鈍いんだよな……」
「何が言いたいんですか」
「神経ささくれ立つくらい、精神的に参ってんだろ。……悪かった。こんなになるまで気付かなくて」
「……は?」
きょとんと瞬いて、その顔はずいぶん幼い。まとう空気がそれで一気に軟化して、クリフはやわらかく笑ってみた。
笑えて――いただろうか。
少し疑問だったけれど、相棒の顔にいつもの微笑が戻ったので深く考えないことにする。
「精神的な面のケアまで、お前一人に任せてただろ。ひと一人立ち直らせるのに、大人も子供も関係ねえ――いや、子供の方が敏感に色々感じ取る分タチが悪いよな」
結局今も分かっていないミラージュを、静かに包み込む。――その段になってまだほとんど手をつけていない、今もそれなりに熱いコーヒーカップを持っていることにようやく気付いて、――ああ、悪かったなとクリフは反省した。
カップ片手のどこかぎごちない抱擁を、ミラージュはおとなしく受け入れてくれる。それが、罪悪感の反面クリフにはとても嬉しい。
嬉しさにゆるめた口の端で、続ける。
「自覚あるなしはともかく、精神的に疲れてたんだろ。だから、ちょっとしたことで腹が立った。……気付いてやれなくて、ごめんな」
「――あの娘のことを、考えていたんでしょう?」
そういえばこちらも片手にカップを持ったまま、ミラージュの小さな声。
「今はふさぎこんでいても、我に返ったあの娘にどう接したらいいのか。今のうちになんとか調べようと、時間があればいろいろ検索していたんでしょう?」
「……ああ」
やくざな組織に前途ある若者を巻き込む気はない。すべてを理解した上で本人が望んだならともかく、なし崩しに反銀河連邦組織に受け入れるわけにはいかない。
だから、すぐに手放すつもりだったけれど、信用の置ける人間に預けるつもりだったけれど――その間彼女が嫌な思いをしないように、できるだけ調べておかなければと思った。拾った以上、そこまでの責任があると。
――真面目に、直感的にそう思った。

◇◆◇◆◇◆

熱い身体に優しく包み込まれて、利き手ではない方の手がぎこちなく背を軽く叩いていて。居心地のいいそこで、しばらく目を伏せていたミラージュはやがて息を吐き出した。
指摘されて、はじめて苛立っていたことに気が付いた。
――自分もまだまだだなと思う。逆に、普段ちゃらんぽらんなくせに、こんなときのクリフは怖いほどに鋭くて少し困る。
「……やつあたりして、すみませんでした」
「ああ」
落ち着いた声が、すべてを包み込む肉体面でも精神面でも大きな存在が、ついつい甘えたいという欲求を煽る。
本人は自覚していないけれど、それはクリフの持って生まれた特性で。
――いつだって、最後に降参するのはミラージュの方で。
「……あの娘に、会ってあげてください。聡い子です。……もう、落ち着いたでしょうから」
「――お、おう……」
「少し話せばきっとすぐに打ち解けますよ。文献なんかあさる必要、ないです」
――むしろそれを知ったなら、あの青髪の娘は自分を子供扱いするなと憤慨することだろう。ひとしきり憤慨して、すねて怒って、――そして、心遣いにすぐに気付いて困ったように微笑んでくれると思う。
はじめての笑顔は、
――きっと、クリフに向けられるのだと思う。

そっと身を離せば、なんだかおろおろとした居心地の悪そうなクリフが目の前にいて。
――ミラージュは、くすりと頬をゆるめた。
「……がんばってください、「お父さん」」
「っ!? お、おいおいタチの悪い冗談やめろよオレはまだ……っ」
思春期のころ、腫れものを扱うように自分に接していた父親の姿と、ムキになって反論する目の前のクリフの姿とがぴたりと重なって、さらにくすくすと笑いがこみ上げる。
そうしてじゃれあいながら廊下を歩いていって。鍵をかけているわけではないのに、ぴたりと閉ざされた扉の前に立って。

「――マリア? ミラージュです。今、入ってもいいですか?」
「……あいているわ」
か細い声とともにドアが開いて、思わず及び腰になる相棒の腕に、ミラージュはするりと腕を回した。
――今、この瞬間。
このひとを誰かに自慢したいと、そんなことをふと思っていた。

―― End ――
2004/12/01UP
何してるんですか / 創作者に15のお題_so3CP混合_
OFP
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護持 [何してるんですか]
[最終修正 - 2024/06/14-15:26]