パーティメンバーが六人になってからそれなりに経過していた。
そんな最近。
ひたすらに寝起きの悪いアルベルを叩き起こすのは、いつの間にかネルの役割に決定していた。
「じゃーんけーん」
……ともあれ、誰も好きでやっているわけではない。
毎朝恒例、宿屋の食堂で。アルベル以外のパーティメンバーが円陣を組んで、心底まじめな顔で握りこぶしを振り上げる。音頭をとっているのはリーダーのフェイト、ではなく。こういう場合にはなぜか珍しく、ソフィアだった。
「ぽん!」
ぐーぱーぐーちょきちょき。
各人のそれを眺めて確認して、
「あーいこーで、」
再びこぶしを作りながら、ネルはこっそり息を吐く。
面倒なだけの仕事、好き好んでやりたいはずがない。ましてやそれがどうでもいいこと――元敵国の男を親切に叩き起こすことならば。やらずにすむなら、確実に回避したい。
ぜひにとも。
「しょっ!」
ちょきちょきぱーぐーぱー。
「しょっ!!」
ぱーぐーぱーぱーぱー。
「……っ!?」
「はい、ネルさんの負けー。よろしくお願いします!」
自分の握りこぶしを眺めて凍り付くネルに、ソフィアがどこまでもにこやかに命じた。ぎぎぎっ、からくりめいた動きで顔を向けるネルにしかし少女は容赦なく、
「じゃんけんのルール間違ってないですし、誰もズルなんかしてませんってば。だから、あきらめてください。
……ほとんど毎朝のことですから、きっと一番コツ掴んでるのネルさんでしょう?」
「…………コツなんか……いや、分かった。行ってくるよ」
「がんばってくださいねー」
「先食べてな。……絶対に簡単に起きやしないから」
「はいはーい」
やりたくないのに、心底やりたくないのに。このパーティに入って以降身に着けた「じゃんけん」とやらに、ネルはひたすら弱くて。一度決まってしまったことに異議をとなえる性格でもない彼女は、だからしぶしぶ食堂を出た。
……気が進まない。
……でも仕方がない。
この腹立たしさを、今から起こす相手にぶつけてやろうと。今日はいっそどんな技を使ってやろうと。ネルは大きく息を吐く。
こんこん。
「……アルベル? いい加減起きな、朝だよ」
ドアをノックして声をかける。これで素直に起きるなら、今日はばんでーんとやらが攻撃を仕掛けてくるに違いない。宿屋の外に出ないようパーティリーダーに進言する必要がある。
そんなことを考えながらしばらく待って。――当然、何の反応もない。よかった、バンデーンは今日も襲ってはこない。
「入るよ」
思ってから礼儀正しく声をかけて、ネルは猫よろしくするりと部屋に入り込んだ。雑然と荷物が広がっていてどこか独特の雰囲気の男部屋、一番奥のベッドに人影。その手前まで進んで言って、大きく深呼吸をしてから、
「起きな」
とりあえず普通に声をかけてみた。まったく何の反応もない。普段の歪んだ性格表情言動はどこへやら、ひたすらに平和な寝顔に力が抜ける。
「朝だよ他のメンバーはもう揃ってる、あとはあんただけだ」
声をかけながら、今度は肩を掴んでゆすってみる。少しだけ眉が寄った。ので、ゆするのをやめたら何ごともなかったようにまた寝入った。
ちょっと腹が立つ。
「起きなってば! あんたが起きないとあたしも朝食食いっぱぐれるんだあんたは自業自得だけどそれに付き合わされるこっちの身にもなりなこの馬鹿!」
先ほどよりも乱暴にゆさゆさやりながら、少し声を大きくしてみる。今度こそ大きく顔が歪んで、しかしここで止めるとまた先ほどの二の舞かもしれない。ので、ゆさゆさを続けながら、
「言っとくけどね! 好きでやってるんじゃないからねこんな面倒なこと!! 人の迷惑になることはやるんじゃないよまったく!」
「……ぅ……」
かすかにうめき声。もう一息だ。
「いい加減にしな!!」
「……るせ……」
掠れた声。肩を掴んでがっくんがっくんやっていたネルの腕に、ふと感じた熱。ぐっと腕を引かれてなんだか視界が回って。ぱちぱちと目を瞬いたネルは、
「ば、……馬鹿なことするんじゃないよ離しなっていうかああもこの状態でまた寝てるんじゃない!!」
「んー……」
「やっ、ち、ちょっと……!? あ、あんたどこまさぐってんのさってちょっと聞いて、っ、やめなこの変態!!」
「……うごくなおちつかねえやつだなあほぅ……」
ベッドに引っ張り込まれたネル。結局起きないままもごもごとつぶやくアルベルの手が、
「無茶言うんじゃないよっていうかやめなって言ってんだろこの超絶馬鹿!!!!」
どかんっ!
「……何か鈍い音しなかった?」
「んー、別に聞こえませんでしたけどマリアさん。
……で、やっぱりアルベルさんとネルさんは好き合ってると思うんですよっ!」
そのころ。食堂では、言われたとおり先に食事を――さすがに本気で食べるには気が引けたのか、大半のものはサラダやらスープやらをつついていた。
つつきながら、ソフィアがエキサイトしていた。
「そうかー?」
「そうです! だから照れ屋さんなあの二人がくっつくまで協力してくださいねっみんな!!」
「……そりゃまた果てしなく遠そうだなあ……というかソフィア、僕ネルさんが他のやつとくっつくなんて許せないんだけど」
「そこはがんばって耐えてみてフェイト。
とりあえず今後の対策として、できるだけの二人だけの時間を作ってあげようかなって!」
「……そりゃまた親切なこって」
「ネルさんじゃんけん弱いからっていうか、前出したのと同じ手って出さないですから。そこポイントで、まずは朝からですね」
「本人気付かないのよね……いっそ不思議だわ」
わいわいやっていると、そのうちさすがにそろそろメインくらいしか料理がなくなってきて。仕方がない手を付けるか、といった空気が流れて。
その時。
「……待たせたね」
かすかに頬を上気させて、どことなく服が乱れたネルと。青タンやら紅葉やら引っかき傷やらを盛大につけまくったくせにいまだ半分以上寝ているアルベルと。
二人が来た瞬間、ソフィアはくるりと表情を変える。
「あ、ネルさん帰ってきた。アルベルさんおはようございます」
そしてにんまりと笑う。
「……なんだいその笑い方」
「いえ、なんでもないですよ? お疲れさまでした」
「まったくだよ」
「……ぁ?」
そんな会話のやり取りをして、二人が席について。入れ違いにソフィアが給仕をしようと立ち上がりかけて、同時にそれをネルに止められて。アルベルはやはりほとんど寝ていて。
とりあえず、銀河の辺境のとある町のとある宿。
一行は今日も、無駄に平和な空気を振り撒いている。
