「アルベルさん!」
「……あ?」
埃っぽいカルサアの町の宿屋で。何をする気も起きずに不健康にベッドで腐っていたアルベルの元にソフィアがやってきた。
「暇ですよね今日一日付き合ってくださいっ!!」
「……ぁあ!?」
言った方は満面の笑み、言われた方は不快というよりも疑問から顔を思い切り歪める。
「お礼をしたいんです」
それにもめげずに、やはり満面の笑みはきっぱりと言い切った。
……一体何ごとだ。
大して品揃えが良いわけではない雑貨屋で、それでもひたすら楽しそうに小物を眺める後ろ姿が分からない。というか、こんなところまで引っ張ってこられてそれに怒りもせずに付き合っている自分自身がよく分からない。
アルベルは息を吐いた。
「礼」をしたいと言っていた手前、だろう。ソフィアはまずは武器屋に行きましょう、と言った。しかしながら、今となっては一般に売られている武器防具よりもよほど強いものを身に付けている。武具を眺めていればけっこうな時間をつぶすことのできるアルベルではあるものの、そうでもないソフィアを置いてけぼりにするのは気が引ける。というか、黙ってじっと待たせる、待たれるのはなんだか腹が立つ。
だからざっと見て適当に引き上げると、今度はソフィアが雑貨屋に行きたいとごねた。
――どうやら明確に何かをしたい、どこかに行きたいというわけではないらしい。
「アルベルさん! これとこれ、どっちがかわいいですか?」
「……同じだろうが」
「違いますよ! 微妙に顔が違うじゃないですか全部一つひとつ手作りですから!!」
「手作り以外にどう作るってんだ阿呆」
「……むー」
癒し猫を両手に抱えて、ソフィアがむくれた。批難轟々のその目付きになんとなく気まずくなって、アルベルはしぶしぶマスコットに目を落とす。
……やはり同じにしか見えない。
そもそもこんなところで買わなくても作れるじゃねえかクリエイターもいるし、と思ったものの。そう思いながら目線を上げれば小首を傾げた無邪気な顔があって。毒気を抜かれたアルベルは、それを口にするのを止めた。
しかし何度見ても、彼女の手にある癒し猫は同じにしか見えない。効力だってまったく同じに決まっている。どちらが良い、もないと思う。
しかし期待に満ち満ちた目には何となく圧迫感があって。じぁあ右、とアルベルが適当に言うとソフィアは嬉しそうに笑った。すぐさまレジに持って行く、その後ろ姿を見送って。アルベルは自分の口元がゆるんでいることに気付いた。
…………?
「ちょっと小腹が空きましたね。……ファクトリーにリジェールさん、」
「却下」
雑貨屋を出てまたもあてもなく町をうろつきながら。ソフィアの提案をアルベルが即座に蹴った。
ソフィアの腕と調理クリエイターがファクトリーに揃ったなら、確かにどんな料理だろうが即座にでき上がることだろう。だがしかし、きっと今もファクトリーにいる顔見知りの面子には会いたくない。
こうしてソフィアと一緒に行動している、それをきっと何ごとかからかわれる、それはとても面白くない。
「……というか、離せ」
先ほど雑貨屋で浮かべたのと同じ、批難の色いっぱいのむくれ顔に。思わず浮かびそうになる苦笑を押し止めて、アルベルはうめいた。
「歩きづらい」
「そんなことないです!」
――いや、お前がどうとかじゃなくて、俺が。
何が楽しいのか、彼の左腕にぶら下がった少女。もとい、金属のカタマリになかば抱き付いたような状態のソフィア。
……なぜこれほど無防備なのか。
アルベルは息を吐く。
面倒ごとは嫌いなのだ。ここで少女を怒らせるときっとのちのち何かと不具合が出てくる。それは面白くない。――それだけではなくて、なついてくれているこの少女にアルベルは嫌われたくない。
だから、
「別に逃げねえよ」
だから、数歩先を歩いていればいい。背後から守ってやるから。数歩後を歩いてくれてもいい。好きな時にいなくなるなら、それはそれでかまわないから。
彼女の隣に連れ添って歩くには、アルベルは血生臭すぎる自分を知っている。
「……迷惑ですか?」
「違う」
そうじゃない。本当に迷惑だと思ったなら、宿で話しかけてきた時点で追い払っている。そもそも近付いてきた段階で威嚇している。こうして買いものに付き合ってやるわけがない。
そう説明しても、どうやらソフィアは納得しない。
「大体、何の「礼」なんだ。俺は特別お前に、」
「――今日、助けてくれました」
しゅんとなったソフィアの、そのつむじを眺めながら。言われたことに思い当たらなくて、アルベルは眉を寄せた。
「今日?」
「カルサアに来る前に、アーリグリフからの山道でモンスターに襲われた時に」
「……?」
「横手からモンスターに攻撃されて、攻撃そのものはなんとか避けたけど、わたし、脚をすべらせて崖から落ちそうになったじゃないですか。それをアルベルさん、助けてくれたじゃないですか」
「……そうだったか……?」
説明されてもやはり思い当たらなくて、アルベルは首をひねった。先ほど買った癒し猫をかかえたソフィアが、泣き笑いのような顔でそんなアルベルに一歩近寄る。腕を組んでいたわけでもとから大して離れていなかった距離が、さらに近くなる。
「そうやって、いつもお礼を言わせてくれないから。だからどこかのお店に寄って、何か気に入ったをプレゼントしようと思ったのに、アルベルさんまるで何にも興味がないみたいで、」
小さな手が伸びて、アルベルの服を掴んだ。きゅっと布地が引っ張られて、ほんのかすかな抵抗感に、なぜかアルベルは息を呑んだ。
そんな彼に気付かずに、ソフィアは続ける。
「最初から、ものに興味がないってことは知ってました。でも、わたしにできることなんか他になくて、工房が嫌だって言われたら、この町――この星にはわたし全然詳しくないから他に何もできない。
アルベルさん、わたし、迷惑ですか?」
「……ぁ……あ、ほう」
視界が少女で埋まるような、そんな距離。どこまでも無防備に近寄られて、アルベルの心臓が大きく跳ねた。きっと血の臭いのする自分とは違う、どこまでも無垢な少女に心が跳ねた。
汚すわけにはいかない、汚したくないから、――触れることもできない。自分からは触れられない、近寄ることさえできない。その姿を見るだけですら、心を向けるだけですら罪悪感が煽られる。
それは、
「迷惑だったら、」
「あ、ソフィア! なにしてなだよこんなとこでこんな無愛想な朴念仁と」
「っ!!??」
「……フェイト……」
今まさに一世一代の告白、だったかもしれない台詞は向こうの角から歩いてきたパーティリーダーに見事につぶされた。思わずわなわな震えるアルベル、困ったように笑うソフィア。当のフェイトはにこにこと、たった今曲がってきた角に大きく手を振る。
「マリア! ソフィア見つかったよさあちゃっちゃとクリエイションしようか!!」
……どうやらマリアと二人して、ソフィアを探していたらしい。クリエイション要員として。
そのままの勢いで引っ張られていく少女を見送りながら、憤りと脱力のあまり見動きができないアルベルは、悟った。
――このパーティにいるなら、何ごとも手早くすませなければならない。
――何ごとも。
向こうにぶんぶん手を振っているフェイトから目をそらすために。何となく空を仰ぎ見れば。
地上のごたごたなどまるで気付かないように、雲がひとつゆったりと流れていった。
