ぽつり、天から落ちてきたそれは彼女の肩に当たって砕けた。
ぽつり、次のそれは彼の髪の青にまぎれた。
ぽつ。ぽつ、ぽつ。小さな雨粒は少しずつ数と勢いを増していく。
土も空気も、ひとの心も。
すべてが乾いたこの地に、――静かなかすかなざわめきを生み出し降り落ちる。

―― 雨情 [雨の日の笑み] 1

――細かく降る雨は、まるで「のいず」のようだ。
ネルは思った。思って、ふっと苦笑した。
「のいず」……「彼ら」と出会う前までまるで知らなかった言葉。ほんの数ヶ月ほど前までは、まるで聞いたことさえなかった単語。そんな言葉を、こうしてとっさに思い浮かべた自分がなんだかおかしかった。
だから苦笑して、ネルは思う。
――細かい雨は、「のいず」だ。
やわらかく視界をふさいで耳に頭に入りこんで、目も耳も心も薄い紗にさりげなく閉じ込める。
それがありがたい時もあるし、それが邪魔でしかない時もあるだろう。
雨は、太古の昔から変わらない雨は。そんな勝手なことを思う人間のことなどきっと何も知らないで、知らないままただ強く弱く今までと同じように降る。渇きを満たして新たな災害を引き連れて、けれど雨はきっとずっと未来までどこまでも同じように降る。
そうして細かく降る雨が今も周囲を薄い紗で、「のいず」で覆い隠す。
そうしてかすんだ視界にネルは思う。
――今は、
――今のあたしは、この「のいず」をどう思っているんだろう……?
――今のあたしに、この「のいず」はどういった意味があるだろう……??
泡のようにぽかりと浮かんだなんでもない思考に、ネルは苦笑する。
苦笑して、ゆるく目を伏せる。

◇◆◇◆◇◆

「――こそこそ隠れてるんじゃないよ。影から見ていたいなら、もっとうまく気配を殺しな」
背を向けて、目まで伏せて。そんなネルが上げた声に、背後にぼんやりあった気配がふとざわめいた。きっと本人は隠れていたつもりだろう気配が、見つかったことに動揺してざわざわと揺れた。
ネルは口元だけで笑う。
「かくれんぼかい? ガキっぽい真似するじゃないか」
「……そんなんじゃないですよ。ていうか、こそこそ隠れてなんかいません。
大体、隠密のネルさん相手にそんなことしても無駄に決まってるじゃないか」
ばつが悪そうにもごもご言いながら、あるいはふて腐れたようにそっぽを向きながら。ネルの背後、廃墟と化した元教会の壁。物陰から近付いてくる気配。
ネルは振り向かない。
気配は――フェイトは。ネルの脇、一歩引いたあたりの場所で立ち止まって。困ったように少し間が空いて、やがておずおずと、
「ええと……僕はぶらぶら散歩してたんですけど。ネルさんは……お墓参りですか?」
「そう、だね……」
彼女の前には、フェイトの言葉どおり確かに石の墓が並んでいる。どこか雑然と、粗末な石の墓が並んでいる。
この前の戦争で荒れたのは、土地だけでなく人の心もきっと同じで。だからだろう、元から粗末な石の墓は手入れされないままどこか薄汚れるに任せている。降る雨に色を深くして、墓たちはただじっとそこにある。
気のない返事をして動こうとしないネルに、やはり戸惑ったフェイトの声が、
「……でも、ネルさん。雨、降ってきましたよ」
「分かってるよ」
最初はぽつりぽつりと落ちてきた雨粒が、今ではそれなりに遠慮なく降っていて。地に吸われる、ネルに当たる――墓石に砕ける。そうしてどこかにぶつかるたびにかすかな音を立てて、かすかな音は、ネルが「のいず」という言葉を思い出すくらいに弱く長く続いていて。
どこまでもうつろなネルの返事、それに驚いたのか黙り込んだフェイト。
細かな雨に服の表面が完全に水気を帯びるまで、二人はそのままで、
やがて痺れを切らせたように、フェイトが深く息を吐いた。――ため息だったのかもしれない。
「風邪、引いちゃいますよ」
「うん、……そうかもしれないね」

鉱山の町、カルサア。その片隅。ひっそりと朽ちるに任せる墓地に立つ、赤毛の女隠密は。
目を伏せたまま動かない、手を組み印を切るわけでもなく、ただ黙祷を捧げるように動かない。あるいはうなだれたように目を伏せて顔をうつむかせて、
青年の気配がおたおたとしているのを、知るつもりがないのにただ感じている。

―― Next ――
2005/07/14執筆 2005/07/15UP
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雨の日の笑み 1 2
[最終修正 - 2024/06/14-15:27]