過去は。
「じゃあ、三日後の昼時に宿屋入口へ集合ってことで」
パーティリーダーがにこやかに言い放って、メンバーが思い思いにうなずいた。それを確認したのかしないのか、言ったリーダーはそのころにはすでに工房に向かって歩きはじめていた。
――新しい薬がどうのとかアクセサリーがどうのとか武器鎧がどうのとか。
残った面々もぶつくさ言いながら、結局はぞろぞろと工房に向かって歩き出して。その流れにひとり逆らう人影に、
「……アルベル?」
マリアだけが気が付いて、ぽつりとつぶやくと首をかしげた。
現在地、鉱山の町カルサア。
侯爵級エアードラゴン・クロセルに喧嘩を売りに行く……もとい、協力を仰ぎに行く前に。目付け役兼案内役のアルベルをアーリグリフまで迎えに行った一行は、近くまで送るという親切な兵士の申し出をあっさり断って、なぜか地道に山道を歩いてこの町に来ていた。町に来たついでにアイテムやら何やらを揃えようということで、集合時刻と場所を決めてパーティを解散した。
少し前にパーティに加わったばかりのマリアは、自由行動といったところで特にすることを思い付かない。アイテムクリエイションで時間つぶしをすることも一応考えたものの、ふらりひとり出歩く細長い男の方が好奇心をかきたてる。「しなければならないこと」は何もないので、ちょっと後を追ってみようかと悪戯心が芽生える。
そして。
小さな部屋。年代を重ねた備え付けの小さなクロゼットは、傷だらけで変に白っぽい。陽当たりの良い場所に据置かれたためにすっかり天板が反り返った本棚には、本ではないごちゃごちゃした小物が場所を取っていて。小ぢんまりとした机の上にはあまり開かれたようには見えない本やら巻物やらが投げ出してある。何かの書類なのかメモ用紙代わりなのか、風で飛ばされたのかもしれない紙がばさばさと床に大量に散らばっていて。その紙に隠れるように、もしくは文鎮がわりのように。現在の部屋の主を思えばやや小さな鎧やら、ショートソードと区別がつかないような小さな刀やら。
そのすべてにほこりがつもって、部屋全体がなんだか白く白くけぶっている、
「…………」
――どうしよう。
マリアはゆっくりと瞬いた。
この部屋に案内してくれた兵士はとっくに持ち場に戻っていて、アーリグリフの城のように声を上げれば飛んでくるメイドがいるとは思えない――もしもいるなら、こんな乱雑な状態でほったらかしにしておかないだろう。そして、未開惑星ということを考えるまでもなく、誰かを呼ぶためのたとえば通信機械がそこいらに転がっているはずがない。
けれど案内人がいないと、多分迷うと思う。
――下手な好奇心なんかなだめて、やはり工房に向かうべきだったかしら。
何度目かも分からないため息を吐き出しかけたマリアは、ふとドアの開く気配に動きを止めた。
どういう顔をすればいいのか分からなかったから、とりあえず無表情に振り返れば。いい加減見慣れた金髪が、たぶん真っ先に部屋の中にマリアを見付けて。
「……何してやがる」
「何かしら」
部屋のど真ん中に仁王立ちになったマリアと、微妙な仏頂面で部屋を覗き込んだアルベル。
視界が行き交い、入り混じる。
好奇心に駆られてアルベルの後を追ったマリアは、しかしすぐにその姿を見失った。アルベルの行動パターンから先回りできるほど付き合いは長くないし、この町の地理にも明るくないし。だったらあきらめれば良かったものの、なんだかそれも癪で。
すぐそこをぶらついていた黒い鎧の兵士に、駄目元で訊ねてみたら。なんだか笑ったような声の彼に、ここへと案内された。
ここ――町の北部、立派な屋敷の東がわ。多分、兵士たちの宿泊施設。
「ウォルター伯爵に、この部屋の片付け命じられているはずだから、って。
……ざっと十年、何やかやの理由つけて逃げ回ってたって聞いたわよ」
わざと肝心なところを抜いてそう笑ってみせれば、元から不機嫌な顔が苦虫を噛み潰したようなものになる。
「黙れクソ虫……」
「殉職したならともかく。個人の私物を勝手に捨てるわけにはいかないし、それにあなたけっこう偉い人なんですって? いろいろ重なって、だからどうにもできずにいたとか」
町に来たついでか、それともマリアが気付かないうちに誰かから伝言でも受けたのか。きっとウォルター老のところに顔を出して、そこで部屋の掃除をしろとでも言われたのだろう。
いい年こいて自室の掃除を命じられた男は、きっと拗ねたせいでそっぽを向く。
「黙れ」
まったくおとなげない。
マリアがじっと見つめれば、居心地の悪そうな顔でわざとらしく息を吐き出して、
「……気になるなら全部捨てろ燃やせと、何度も言ってあった」
「本人の確認もなしに? ひょっとしたら特別なものがあるかもしれないじゃない」
「ねえよ」
話を聞けば、ここは幼いころから父親にくっつきまわっていたアルベルが、「風雷」に出入りしていた最後に使っていた部屋らしい。「風雷」部隊そのものにアルベルが属したことは今まで一度もなかったものの、長のウォルターが勝手に用意して押し付けた部屋だとか。
雑然とした部屋を見れば、なんだかんだ言って幼いアルベルがこの部屋を頻繁に使っていたことはよく分かる。
分かる、から。
「……「思い出」でしょう」
クォークに入る以前のすべてを失ったマリアは、懐かしむ笑みを浮かべて小首をかしげた。
「んなキレイなもんであってたまるか」
そんなマリアに見向きもしないで、そうはき捨てたアルベルが。鉄爪に覆われた左の二の腕あたりを押さえ付けていて。
――十年前……。
ばらばらに仕入れていた断片的な情報が、マリアの頭の中で組み立てられていく。
もしもマリアの考えが当たっているなら、
「……でも、それでも」
竜を得るために、なんとかの儀式に向かう直前までアルベルが使っていたのが、この部屋なのかもしれない。
「それでも、ここにあるもの一つひとつが。現在のあなたを作り上げているのは事実でしょう」
そうして儀式に失敗して、きっと誰より尊敬した父親をそのとき失って、
「過去の断片をいくら嫌ったところで、あなたは、」
それは、すべてマリアの憶測にすぎないけれど。推測にすぎないけれど。
――たとえばたかが部屋ひとつ、その中のものひとつに。幸せだった昔を、愚かだった幼い自分を思い出すのかもしれない。
――だから、それが嫌で。部屋に立ち入ることも思い出すこともしたくなくて。
――だから、十年もの間。きっと何度もウォルター老に小言をくらいながら、それを無視し続けて。かたくなにこの部屋を訪れなかったのかもしれない。
「あなたは、」
――幼い自分自身を、ずっと封じてきたのかもしれない。
「うるせえ……本当にいやなら、うじうじ過去引きずってるなら俺は今ここにいねえよ」
何をどう言えば良いのか迷うマリアを、鮮やかな深紅がかすかに笑った。
過去を吹っ切ったから今ここにいるのだと、笑いながら言い切った。
「――確認した、ガラクタばかりだ。全部燃やせ」
「は!」
「っ、!?」
声は――いつの間に来たのか、部屋の外の兵士に向いていて。用件はすんだとさっさと部屋を後にする細い後ろ姿にマリアは、
マリアは。
鉱山の町カルサア、町の北東部の「風雷」駐屯地、兵たちの宿泊施設の一角で。
何かを言おうとしたマリアに、深紅がちらりと振り向いて。
――にやりと、ただ静かに凶悪に笑ってみせた。
