言いたいことがある。
言いたいけれど、言えないことがある。
心に押し込めて、心の一番奥底に封印して。
出てこないように何重にも鍵をかけて。
……だって、言えないから。
言いたいけど、言いたくないから。

―― 不聞 [聞いちゃいない]

「このばかー!!」
ばちこーん。
盛大な女の罵声と、それに負けない派手でいかにも痛そうな音が響き渡った。響き渡って、その罵声を吐き出した女が。ゆっくりと横にかしいだ。
「……おっと」
重力に引かれて彼女が地面に倒れ込む――直前に。ぎりぎりのところで細い肩をつかんで、彼女を横抱きに支えたクリフが。肺の中をすべて空にするような勢いの、ため息をひとつ。
「おいフェイト、生きてっか?」
「――……ったー」
ほほに見事なもみじを咲かせた青髪の青年が――たった今派手なびんたを喰らってひっくりかえった青年が、小さくうめきながらゆっくりと身を起こす。

◇◆◇◆◇◆

現在地――なぜかヴァンガード三号星、ウィプル村の西南部に広がるペソットの森。の一角。周囲には、緑深い豊かな森にひたすら似つかわしくない、どんよりとしたアルコール臭が立ち込めている。

◇◆◇◆◇◆

種を明かせばなんでもない。
FD界から「こちら」にやってきて。「現実」を思い知って愕然としているパーティメンバーを尻目に、「ヤケだ」と言い放ってリーダーが酒盛りをはじめた。――彼とクリフは以前ここに来たから知っている。最近パーティに入ったばかりで一人足手まとい状態の少女でさえ、この森に出るモンスターなら特に苦戦することなく倒すことができるだろう。
というか、その少女以外のメンバーなら。鎧全部を外してたとえ無防備全開で寝ていたところで、どんなモンスターに襲われようがダメージを食らうことはない、と断言することさえできる。
ともあれ。
種を明かせばまったくどうしようもないそんな理由で、周囲には現在アルコール臭が立ち込めていて。
そして、どうしようもないついでに。
舌先三寸でネルに酒を呑ませたパーティリーダーが。両ほほに貼り付けた鮮やかなもみじを両手でかばって、その場にへたり込んでいる。
――自業自得ってヤツだ。
涙目でへたり込んでいる青年を見下ろして、クリフはもう一度、これ以上ないにくらいにでっかいでっかいため息を吐いた。

隠密をやっているくせにアルコールに極端に弱い、というかアルコールが入ると何かしら周囲に迷惑をかける、そんなネルの今回の酒癖は、というと。
びんた飛ばしまくりの説教モード、というよく分からないものだった。
――実のところ。さっきからため息吐きまくりのクリフのほほにも、しっかりくっきりもみじが貼り付いていたりする。

◇◆◇◆◇◆

はああっ、そのクリフがさらにやるせない息を吐き出していると。
臭いだけで酔いそう、と言い残して村に避難していたはずの栗髪の少女が戻ってきた。
きょときょとと周囲を、というかメンバーを見渡して、
「あ、マリアさん! 宿の手配というか、空いてる民家一軒貸してくれるそうです」
「ありがとソフィア、ご苦労さま。――フェイト、現実逃避はおしまいでいいわね。
クリフはそのままネル連れてきてちょうだい」
「えー、もう?」
「もう、じゃないわよ! フェイトのバカ!! やめればいいのにネルさんにお酒すすめて、こんなになるまで酔わせちゃって!」
「こんなになるまでって、ネルさんグラス一杯も呑んでな、」
「いいわけはいいから。
ネルのさっきの説教の続き、わたしが引き受けてあげるわ。理解するまで何回でもくり返してあげるから覚悟しなさい」
そんな風にぎゃいぎゃいわめきながら三人が歩き去って。
年少組の、多少離れたところでやはりやかましい声に、クリフが横抱きにしたままの彼女がもぞりと身じろいだ。起きたか、と思ってその顔をのぞき込んで、しかしネルにはまだ意識がないらしい。無邪気な寝顔に、長いまつげに。クリフは苦笑する。

「おーい、ネル。起きろよー。移動するぜ」
「んー……」
今度は何の件に関してなのか、やかましい声が気付けばずいぶん遠くなっていた。
――このまま運んで他のやつらに見られて。素面の時にそれ指摘されると怒り狂うんだよなー。
そんなことを思いながら、しかしクリフは無理に起こそうとしないでネルを横抱きにしたまま。ゆっくり大またに歩きはじめる。歩きながら、ささやくようにつぶやいてみる。
「お前なあ……酒、弱ぇんだからよ……フェイトの口車になんぞ乗るなよ」
――村に着いて落ち着いたなら、半覚醒状態ならとりあえずは水でも飲ませて。ブドウ糖とビタミン剤なんて気の利いたもん……オレは持ってねえしマリアはどうだろうなあ。
クリフはぼんやり考える。
自分が底なしだから、正直なところアルコールでの二日酔いになったことはないものの。昔どこぞで捕まったときのジャンキーな自白剤だとか。その他得体の知れないクスリだとか。そういったものから醒めたときのあの猛烈な気持ち悪さを思い出すと、世話してやらなきゃな、と不思議に義務感が芽生えたりする。
いや。相手がネルなら、そういったことを考えなくてもどういう時でも。かいがいしく世話するのが、別に嫌でも面倒でもない。
他の人間相手のときは、たとえ付き合いが長いあの相棒でもそんなことしようとは思わない、と思う。――まあ、そもそもあの万事抜け目のない相棒が、クリフごときに「世話されてやる」状況に陥ることなどないはずだけれど。
「っかし、すっかりやられちまったよなあ」
「……ん……」
声を低くしてぼそりとつぶやけば、聞いていないと思っていたネルがタイミングよくうめいた。
――起きたか、聞き付けたか。
悪いことをしているわけでもないのに、どこか青臭くどきどきしながら。クリフがこっそり様子をうかがって、しかし彼女はまだ寝ている――ように見える。

◇◆◇◆◇◆

見下ろして、その整った顔の愛らしさにふとほほをゆるめて。
その脳裏に、ほほのもみじをもらったとき、ぶちかまされた説教が流れた。
――誰にでも当然みたいに世話焼いてるんじゃないよ。
――あたしにまで保護者面するんじゃない。
――自分ひとりで全部背負い込んで、平気なんてずるい。
――たまにはへこたれてみせてくれたって良いじゃないか。
――たまには、あたしを頼ってくれたって良いじゃないか。
そんなことを、その他にも諸々。どうやら説教というよりは、抱えていた不満を単にぶつけてきたようで。クリフの自惚れでないなら、それは、
――ある意味、愛の告白のようで。

「ああいう台詞は、素面のとき言ってくれると嬉しいぜ?」
「…………っ」
ささやきながら、いまだ――きっとアルコールのためだろう、赤く染まったままのやわらかでシャープなラインを描くほほに。いたずらのように軽く唇を落として。
あの台詞の代償がこのほほの痛みなら、まあそれも良いと思う、とか。そんなことをさらにささやいて。
ぴくりと跳ねたしなやかな身体だとか、さらに上気したほほだとかは、――気のせいか、それとも見間違いか。
……現実だったら、嬉しいのだけれど。

そんなことを思いながら、のんびり大またで再びクリフは――いつの間にか止まっていた歩を再びウィプル村に向けた。

◇◆◇◆◇◆

言いたいことがある。
言いたいけれど、言えないことがある。
心に押し込めて、心の一番奥底に封印して。
出てこないように何重にも鍵をかけて。
……だって、言えないから。
言いたいけど、言いたくないから。

――好きだ、なんて。
――……愛してる、なんて。

―― End ――
2005/07/19UP
聞いちゃいない / 創作者に15のお題_so3CP混合_
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不聞 [聞いちゃいない]
[最終修正 - 2024/06/14-15:27]