――この女なら、お前なら。それもまったく惜しくはない。
まっすぐな目が、まるで貫くように彼女に向いていて。

―― 折膝 [ひざまずけ]

仲間、だった。
昔は、そんなに時間の経っていない以前はむしろ敵だった。故意にしろ偶然にしろ同じ場所に居合わせたなら、言葉より先にまず得物を向け合うような、そんな仲だった。忠誠を誓う国がみずからのいただく王が、彼を、彼の国を敵ではないと言ったので、そういう理由でしぶしぶ手を貸す手を借りる関係になったのは、たいして遠くない過去の話だった。
傍若無人で不器用な男が、たとえば彼の王に同じことを言われたからとてのひらを返すとも思わなかったけれど。実際にそんなこともなく、けれど日々を過ごすうちに彼なりに自然に他のメンバーたちと打ち解けて、少なくとも肩を並べて戦闘に明け暮れる毎日を過ごすようにはなっていた。
存外子供っぽい性格と幼いほどにまっすぐな性格と、残忍をよそおうことで誰も近付けないことで、結果的に誰もを護るような。不器用な性格を知った、ひねくれた彼の扱い方を知った。
いつしか彼は彼女の中で、確かに「仲間」になっていて。

◇◆◇◆◇◆

何が起きたのか、結局誰をなぜ敵としたのかもよく分からないまま、本心では理解できないまま。どうやら闘いが終わった、よく分からないままに「この世界」に戻ってきた。理解できていなかった彼女はまだ闘いを引きずって、それでも一行はカルサアに宿を取って激しかった闘いの傷痕を癒していた。
――明日、僕たちは帰ります。
そんな風に、やけにさっぱりした顔でパーティリーダーの青年が宣言したのが今日の朝食の席。どうやら星の船の技術とかそういった関係で、つまりはネルに理解できないあれこれで、彼らは当分、下手したらこの先もう一生この地を訪れることができなくなるらしい。
丁寧に説明されても結局は実感の湧かないまま、じゃああたしもシランドに帰ろうとネルは漠然とそう思った。星の船に帰る彼らを見送ったならその足で故郷に帰ろう、そんな風に思って決めて、星の船からすれば大した距離ではないアーリグリフから離れるとなると、今までのようにあわただしくかの地へ行くことができなくなるな、そんな風に思った。
ともあれメンバーにそれを告げたのが昼食の席、じゃあ今夜は最後にぱーっとやりましょうとその場で決まって。
――あの男は、確かずっと黙り込んでいたはずだ。一度だけちらっと顔を上げてなぜかネルの方を見て、けれどあとは目線を落としたままなにやら考え込んでいたはずだ。それに対してネルは、……それでもやはり実感が湧かなかったためか特に何かを思ったりはしなかった。

荷物をまとめている彼女の元に、彼が訪れるまでは。

◇◆◇◆◇◆

「……なんだい? ああ、消費アイテムはみんな等分に分けていたんだよ。なんだかんだと大荷物だからね、もうちょっとあとで届けるつもりだったけど」
「忙しいのか?」
「うーん……別に、忙しいってほでもないし暇ってわけでもないね。ていうか、珍しいじゃないか。あんたが他人の予定を気にするなんて」
「うるせえ。――ちょっと、付き合え」
「? いいけどさ……なんだい」
女部屋でなんだかんだと盛り上がりながら荷物を整理しているうちに彼が、アルベルがやってきて。あとはこっちでやっておくわ、なんて青髪の女参謀が言ってくれたのでじゃあちょっと抜けるよと言葉に甘えた。
どうやら男性陣は工房でクリエイターたちと話をつけていたらしく、彼はそれを抜けてきたとか。
戦いのとき以外は誰かの言葉尻を皮肉る以外基本的に表情の動かないアルベルは、やはり今日も無表情で。一緒にパーティ組むことがなければそんなこと知らなかったね、とネルはくすりと口元をほころばせる。
知らなかった、知ろうとも思わなかったことをたくさんたくさんこの旅で知った。知らなくていいことも、知りたくなかったことも知って、知って良かったと思うことだって山ほど知って、ネルの世界は知らなかったころよりも確実に大きく深く豊かになった。
あるいはこの男も、そうなのだろうか。そうであれば良いと――そんなことを、思って。
思っているうちに目的地に着いたのか、それまで背中しか向けなかったアルベルが、ふと立ち止まると身体ごと振り返る。

ウォルター老の屋敷の片隅、訓練兵たちの声が遠くに聞こえる。
乾いた地に生えた大きな樹が天を抱くようにそびえていて、どんな意味なのか訊ねてはいないけれど荒削りな一抱えほどの小岩がただしつらえてあって。知っている、確かアルベルはカルサアに来るとほぼ確実にここに寄っていた。無言でただ立ち尽くして、ここに立つ細い背には何か淋しげな雰囲気が流れていた。
きっとここは彼の特別な場所なのだろうと。
思って、だから知っていたけれど実際ここに来るのはほぼはじめてで。くるりと周囲を見渡して、樹と小岩以外に特に目を引く何かはなくて。乾いた空気が木陰にちょうどよく冷えていて。

「……なんだい?」
「てめえに言いたいことがある」
「ふうん……いいさ、聞こうじゃないか」
やけにかたい表情のアルベルに、これはなんだろうね? なんてのほほんと思いながら彼女は目を細めた。日向にあって、この乾いた土地の土埃は目に痛い。分かったのかアルベルがすっと木陰を指さして、入ってみれば風は涼しく樹のおかげかここの空気は適度に水分を含んでいて心地良い。
だからいい場所知ってるじゃないか、なんて軽口を、後に続く彼に投げようとして。

くるりと何気なく振り向いたネルは、瞬間、これ以上ないほどに目を見開いた。

◇◆◇◆◇◆

アルベルが、この、プライドだけは無駄に大きくておかげで何度も何度も面倒を呼び込んであるいは貧乏籤を引き続けてそれでもその態度を改めようとしなかったアルベルが。
ネル以外この場にいなくて、彼女以外の目がないとはいえ。
「……あんた!?」
鋭く叫んだはずが、驚きのあまり呆然としたかすれきった声。身長差で普段は見下ろされている彼が、今は低い位置から小さく笑う。いつもは口元を曲げるだけのひねくれた笑みのくせに。なぜだか今は、おだやかに笑っている。
彼女の前に、それはまるで姫君に対する騎士のように。膝を折って、低い位置からやけにおだやかに笑う、この男は。
「……あ、な……何ごとだい!? 変なもの食べたのかい、ていうかあんた、ホンモノのアルベルじゃないだろうさては!!」
「残念だな、俺はアルベル・ノックスだ。ちなみにいたって正気だ、そんなことてめえに気にされることじゃねえがな」
一瞬だけいつもの揶揄の笑みを浮かべて、そしてすっと息を吸って表情を引き締めて、途端に空気が変わってネルは動けない。すっかり見知ったはずの男がまるで見知らぬ騎士のようで、どうしたらいいのか分からない。
戸惑うネルに、彼は。アルベルはまた先ほどのおだやかな笑みを浮かべて、
「――旅が終ったなら、言おうと思ってた」
――何を。
訊ねたくても驚きのあまり声が出ない。
「ネル、俺は、」
それこそ珍しいこと再来、彼がまっすぐに彼女の名を呼んで、

「     」

そのまま口は動いてその単語を吐き出して、耳に届くのにネルの意識はそれをなかなか理解できない。ただただ瞬くのに、きっと彼女のそんな反応は想定ずみだったのだろう。ありえないほどやさしくそれはまるで包み込むような、
そんな笑みがまっすぐに、ただ彼女のためだけに浮かんで、

――この女なら、お前なら。それもまったく惜しくはない。
まっすぐな目が、語るようにまるで貫くように彼女に向いていて。
この男に膝を折らせるような自分ではないと混乱するネルの頭が叫ぶのに、俺がそうしたいからそうしているんだといつもの傍若無人がそんなことをいいわけして、

◇◆◇◆◇◆

「返事は、いい。今は必要ねえ。
お前も国でやることがあるんだろう? 俺も俺のごたごたがあるしな、カタついたら迎えに行く、そのときでいい」
ふっとうつむいた紅の視線、張り詰めた空気が途切れる。止まっていた呼吸を思い出してネルがあえぐように数回吸って吐いて、思わずそれはすがりつくように、
「あん、た……」
「まあ覚悟はしとけよ、お前は俺を本気にさせたんだ、何が何でも、何年かかっても俺はお前を諦めねえからな」
「……脅迫、かい。今までそんなのおくびにも出さなかったくせに」
「気付いてたやつは気付いてたがな。隠密が呆れるぜ、本当に気付かなかったのか」
気付けばいつものように揶揄の言葉、舞台演技のようにすっときれいに立ち上がると服についた土埃を払う。くつくつ、なぜか機嫌よく喉の奥で笑って、ああ、またそんな少年みたいなまっすぐな紅がネルを射抜いて、
「残念だろうが俺は本気で、正気で、さっきのは現実だ。忘れんなよ、――覚悟しとけ」
「アルベル、あんたは」

何ごともなく立ち去ろうとした彼が、ふと脚を止めた。思わずぎくんと凍り付いたネルの手を、そしてさっとさらって。
――ありえない、これは夢だ白昼夢だ悪夢だとネルの脳裏が叫んでいて、
それはまるで姫君に忠誠を誓う本物の騎士のように、

彼女の手に熱い感触が、

―― End ――
2006/06/30UP
ひざまずけ / 創作者に15のお題_so3CP混合_
OFP
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折膝 [ひざまずけ]
[最終修正 - 2024/06/14-15:28]