あなたの望みは何ですか。
あなたの願いは何ですか。
どうか口に出してください。
何があっても叶えてみせるから。

―― 永遠 [これからも、ずっと、ずっと]

「ごめんマリア! 本当にごめん!!」
「……もう分かったから。それに一体何を謝ってるのよ、フェイト」
かちゃん、音を立ててティーカップがソーサーに戻った。空になったいかにも華奢なつくりの陶磁器に、マリアが優雅な手つきでティーポットからおかわりを注ぐ。伏せられていた目が、カップを満たすとすぐに彼に戻って。
まっすぐに見つめられて、フェイトは居心地が悪い。
「部屋、ここしか空いてなかったんでしょう? 一応一般的には半年先まで予約が詰まっているっていう三ツ星よね、このホテルって。
だったら仕方がないじゃない」
「……でもさ、」
「お金ならあるわけだし。……それとも、何か変な魂胆でもあったのかしら?」
「ちがっ、違うよマリア……」
情けない顔でフェイトが呻いて、くすくすと笑うマリアは湯気の立つ紅の色の液体に角砂糖を一つ二つ落とした。その動作すべてがひどく洗練されていて、フェイトは思わずぼうっと魅入ってしまう。
――マリアは、何をしてもひどく華がある。存在そのものがそもそもとても華やかだ。
フェイトがそんなことを思っていることにまるで気付かないように。カップを口元に持っていった彼女は小さく笑った。
吐息にカップからの湯気がふわりと散る。
「――まあ、いくら先立つものがあるとはいえ、私たちにこの部屋はまだ早いかもしれないけど」
「……うん」
声に見上げれば高い天井、二間続きの広い部屋。足首まで埋まりそうなふかふかの絨毯に、趣味よく品よく配置された置物やら壷やら。シャンデリアが明るすぎない落ち着いた光で、調度品と一緒に部屋でくつろぐ青髪の男女をやわらかく照らし出す。
商業の町ペターニ、街の西にででんとかまえた高級ホテル。半年先まで予約の詰まったそのホテルの、さらには今まで一度として泊まったことのないロイヤルスイートルームで。
こんな部屋に泊まるのははじめてだわ、とどこか嬉しそうに笑うマリアが。
けれどすっかりくつろいでいるさまがまるで「はじめて」に見えないマリアに。
いいから冷めないうちに飲みなさい、それとも私の淹れたお茶が飲めないの、などと命令されて。小さくなったフェイトが自分の分のカップをゆっくりと持ち上げた。

◇◆◇◆◇◆

「神」を倒して闘いが終結して、それはつまり彼らの持つ特殊能力が必要なくなったことを示していた。彼らが前線に立たなくてはならない理由が、なくなったことを示していた。
だからマリアはクォークを解散したのだと、フェイトはそう思う。
無駄なことをひどく嫌う彼女だから。敵対する銀河連邦が事実上瓦解した今、クォークに存在意義を見失ったのだと思う。
もしかしたら闘いの最中、ずっとずっと考えていたのかもしれない。
クォークを――今のマリアにとって、「家族」とも「家」ともいうべきそれを解散することを。そうして慣れ親しんだ人たちすべてと別れることを。

そして、決めたとおりに宣言したとおりにすべての事務業務を終えたあと彼女は、
――なぜだろう、まぎれもなくフェイトを選んでくれた。

◇◆◇◆◇◆

午後のお茶会を優雅に楽しみながら、マリアがにこにこしている。
「まあ、分不相応でも。たまにはいいと思うわ。
特にここのところ事務作業ばっかりで身体が固まっていたし。それ以前は――ゆっくり宿に泊まるなんてことできなかったし」
「……でも、今からでもたとえばシングル二つに変更できないかな、」
「だから予約でいっぱいなのを無理して空けてもらったんでしょう。これ以上ワガママ言わなくても私は文句ないわよ、って言っているの。
大体、シングルなんて……そんな部屋そもそもこのホテルどころかこの星に存在しないじゃない。あれって地球のどこかの国で昔はやっていただけでしょう? 二人でいる状態で二人部屋を二つ借りるのって無駄でしょう??
別にダブルってわけでもないし。私と一緒のツインの部屋に文句があるのかしら?」
だからこの話はここでおしまい、と叱られたフェイトは。そこで会話が途切れて沈黙が侵食したことにあわてたフェイトは。
不意に、あ、と声を上げる。

◇◆◇◆◇◆

好きなところにおろしてやるぜと言われて、フェイトはすでになじみ深いエリクール二号星を選んだ。マリアは反対も賛成もしないで、そんなフェイトにくっついてきた。
――じゃあ、お前らが乗り回せるような小型の船が調達できたらまた連絡する。それまで達者にやれよ、マリア。
――分かったわ。……私いつもクリフに頼ってばかりね、ありがとう。
――気にすんなよ。お前個人のワガママなんて、どれ取ってもたいしたことじゃねえだろう。大体……、
――クリフ、無駄話する時間はありませんよ。ではマリア、また。
――ええ、ミラージュも元気で。
とてもあっさりさっぱりした、けれどどこか暖かい会話。ある意味で「親子」に違いない三人に、なんだか蚊帳の外に追いやられたフェイトはあの時何も口を挟めなかった。挟む気になれなかった。
マリアが、笑っていたから。別れの淋しさにどこか顔を曇らせながら、けれど確かに笑っていたから。
だからちょっと待っていようと思った。待つことは苦痛ではなかった。
これから先――あのときの彼女の言葉どおりなら。誰よりもきっとずっと長くマリアと一緒に時を過ごす相手は、他でもない自分だから。それを、あのとき確かにマリアの口から許されたから。
その瞬間を待つことくらい、どうということはなくて。

◇◆◇◆◇◆

そう昔でもない過去をふと回想したフェイトは、そこにひとつ話題を見つけた。抱いた疑問を思い出した。小さな声を上げた彼に気が付いて、マリアが首をかしげる。
さらさらとマリアのきれいな髪が流れる。
「どうしたの? フェイト」
「あのさ。マリアはさ、これからどうしたい?」
「……そうね、今日はもう遅いから湯浴みでもしてさっぱりしてから……」
「そうじゃなくて」
きっと質問の意図を正確に読み取ったのだろう。読み取りながら避けたのだろう。なんだか不自然に視線を泳がせるマリアに、フェイトはずいと迫る。
本当に勘違いしたなら、こんな反応見せない。勘違いをしているフリをするつもりなら、きっとマリアはもっと上手に嘘を吐く。不信感を抱かせるように、わざわざこうして目をそらしたりしない。
それができていないのは、動揺からかそれとも指摘してほしいのか。
「これから――この先。マリアは何をしたい?」
「……ひとところに落ち着くわけにはいかないわね。
うわさはどこからでも漏れるものだから。銀河全体が混乱している今、取り締まっている連邦が役立たずの今。たとえこのエリクール――未開惑星にいたって、馬鹿はどんどんやってくるわ。未開惑星をいいことにきっと好き勝手やるわね。
この星の人たちに余分な迷惑を、」
「そうでもないよ」
フェイトはふと目を伏せる。彼の言いたいことを全部分かっていながら、逃げるように言葉をつなげるマリアが、
「……「しなくちゃならない」じゃなくて、「何をしたいか」だよ。
今まで、マリアはずっと父さんを追っていただろう? その――必要がなくなってからは「創造主」を倒すことばっかりだったしさ。
じゃあ、全部が片付いた今。マリアは、何をしたい?」
おどおどと目を泳がせるマリアが、なんだか雰囲気の頼りないマリアが、いつもと全然違うマリアが。とてもとてもいとおしい。
「マリアは――どう生きたい?」
いじわるではなくて、単純な疑問でもなくて。
マリアのことが知りたかったから。
何を考えているのか、何が望みなのか。フェイトは知っておきたかったから。

「ずっと、一緒にいるよ。僕は、マリアがもうイヤだって言うまでずっとずっとマリアのそばにいる。マリアを支えられるなんて自惚れてはいないけど、でも、――一方的に支えるんじゃなくて、支え合うくらいならできると思うから。
だから、」
フェイトがカップを下ろした。困った顔のマリアの、華奢なてのひらを大切に包み込んだ。
「……だから、マリアのしたいことを知りたい。これからどうしたいのか、僕はマリアの希望を訊いておきたい」
――大切な、たいせつなひと。いとしいひと。
マリアがこれから先ずっと笑っていられるように、できるだけ努力するから。その笑顔を見られるように、精一杯がんばるから。
だから。
「マリア」
「フェイ、ト……」

――だからどうか望みを願いを口に出してください。
――言ってもらわないと僕はきっと分からないけれど、
――言ってくれたなら、何があっても叶えてみせるから。

豪奢な部屋の雰囲気にまるで呑まれていない、気品ある姫君に。青髪の王子が、うやうやしく頭を垂れた。

―― End ――
2005/06/01UP
これからも、ずっと、ずっと / 結婚で5のお題_so3CP混合_
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永遠 [これからも、ずっと、ずっと]
[最終修正 - 2024/06/14-15:35]