あなたの夢は何ですか。
わたしの夢は何ですか。
ふたつが重なってくれればいい。
ふたつ一緒に叶えばいい。
「あの、フェイト……立ってくれないかしら」
「マリアが僕の質問にちゃんと答えてくれたら」
困惑するマリアの目の前に膝をついたフェイトが、顔を上げるとにこりとほほえんだ。やわらかくて優しくて人当たりが良い、けれど妥協する気のない意固地な笑顔。今まで何度か目にしてきた、そのたびに周囲の人間を振り回してきた笑み。
にこにこと笑いかけられて、マリアは混乱から立ち直ることができない。
「たとえばさ、漠然なものでいいんだ。それに明日は違うこと考えてもかまわないし、違うからって、今日言ったことが「嘘」だなんて言わない。僕は言わない。
ただ、今のマリアの望みを訊きたいんだ」
「……あの、」
「難しく考えるものじゃないよ。……ねえ、何かないかな?」
「え、あの、……いきなり言われても、フェイト……」
困った顔でマリアがつぶやいて、くすくすと笑うフェイトはひとつ肩をすくめると、体重を感じさせない動きであっさりと立ち上がった。どこか芝居がかったそれがなぜか彼に似合って、ちょっと前までは違ったわよねとマリアは目を瞬く。
――フェイトは、いつの間にか優雅さと威厳と強さを身に着けていた。失うものばかりのあの闘いの中で、けれど彼は新しいものを手に入れた。
マリアがそんなことを考えていることにまるで気付かないように。立ち上がって少ししわになった服を引っ張ってのばした彼は小さく笑う。
マリアの心臓がどきりと跳ねる。
「――まあ、そういえば今までずっと「義務」に縛られていたマリアがいきなり自分のことを考えるのは難しいかもしれないけど」
「……そ、うかもしれないわね」
こくりとうなずけば、フェイトが困った顔で笑った。自覚しなかったけれど眉の寄っていたらしいマリアの額を、ちょん、人差し指でつついてくる。なんだか子ども扱いされたような気がして面白くはなかったけれど、反面、なんだか甘えることを許されたような気がして彼女はふっと身体から力を抜いた。
商業の町ペターニ、街の西にででんとかまえた高級ホテル。半年先まで予約の詰まったそのホテルの、さらには今まで一度として泊まったことのないロイヤルスイートルームで。
底が見えない笑みを浮かべるフェイトが。
けれど嬉しそうとか幸せそうとか、そういう種類の笑みを浮かべたフェイトに。
言葉がないままに大切に大切に包まれて。どきどき痛い心臓にマリアは目を閉じる。
地球が攻撃されたことを知った瞬間から、自分たちの存在理由を突きつけられた瞬間から、「愛しているよ」の言葉の呪縛に捕らわれた瞬間から。
ずっとそうしようと決めていた。
はじめてフェイトに逢ったときから、彼について調査をはじめたときから、彼の存在を知ったときから。ずっとずっと漠然だったけれど考えていた。
「神」を倒して闘いが終結したら、自分たちの持つ特殊能力が必要なくなったら。自分たちが前線に立たなくてはならない理由が、なくなったなら。
――クォークを解散しよう、と。
旗に掲げた「反銀河連邦」も、連邦が本拠地の地球をつぶされ瓦解したも同然になれば。もうなくてもかまわない、クォークはもう役目を終えた。
だからもう、クォークはなくてもかまわないから。マリアひとりのワガママに振り回されなくてもいいから、マリアから開放されるべきだから。
クォークを――今のマリアにとって、「家族」とも「家」ともいうべきそれを解散することを。そうして慣れ親しんだ人たちすべてと別れることを。
最後の決戦をひかえるころには。マリアはもう心に決めていた。
そして、決めたとおりに宣言したとおりにすべての事務業務を終えたあと彼女は、
――迷うことなくフェイトを選んでいた。彼しか考えられなかった。
近すぎてフェイトの顔が見えない。ぎゅっと優しくきつく抱きすくめられて、ロクに身動きがとれない。反応の鈍いマリアに、優しい声が笑う。
「もう義務に生きなくてもいいんだよ。好きなことをしていい。リーダーだからって、自分を縛り付けなくてもいい」
「……うん」
「さっきは答え急かしてごめん。でも、僕は待っているから。マリアの答えを待っているから。
……僕の願いは、それだから」
「……え?」
意味が分からなくて。きょとんと目を瞬いたマリアに、それが分かったのか抱擁の手が緩んだ。ゆっくり顔を上げれば、底が見えないいつもの深い深い笑みが、けれど優しくて暖かくて深い深い笑みが。
彼女だけを映していて。
にこり、フェイトが笑う。
「じゃあしばらくはマリアの夢を探す旅、だね」
「……はりきるほどのことだと思わないけど。というか、言葉にすると恥ずかしいわねそれ」
「そんなこともないよ」
フェイトがにこにこと笑っている。先ほどの彼の質問がマリアの脳裏に焼きついている。その瞬間思ったことが。
マリアの脳裏をぐるぐる回る。
フェイトには、言えない。
答えを待っていると笑ってくれるフェイトには、浅ましすぎるこんな「答え」を言うことができない。
――ずっとずっと一緒にいたい、なんて。
――どこで何をしようとかまわない、これからどうやって生きていこうなんてどうでもいい。
――ただ。
――あなたといたい、なんて。
――あなたのそばにいたい、ずっといたい、死がどちらかを迎えにくるまで。
――それまでずっと一緒に。
――死を迎えても、できることなら一緒に在りたい。
――魂の還る、深い深いところまで。
――ひとつに溶け合って逝くことができたら、なんて。
――そんなこと。
――言えない。
言えないから、マリアは微笑んだ。彼女に微笑みかけるフェイトに、笑い返した。気品ある笑みを、美しい笑みを、華やかな笑みを、――完璧な笑みを。
醜い心を隠すように。
――あなたの夢は何ですか。
――わたしの夢は何ですか。
――ふたつが重なってくれればいい。
――ふたつ一緒に叶えばいい。
豪奢な部屋の雰囲気にまるで呑まれていない、いつでもにこやかな青髪の青年と。青髪の姫君の、二人の影が。
シャンデリアの落ち着いた光の下、ふたつの影がひとつになった。
