その歌声は、高く遠く空に。
とけて儚く消えていく。
「……あ、フェイト。
やだなあもう、来たなら声かけてくれればよかったのに」
「うん、最初はそう思ったんだけどさ。邪魔しちゃ悪いかなって思ってさ」
無言で脇に座り込んだ彼に、ソフィアは息を詰めると――しばらくそのままで、やがてゆっくり吐き出した。他のパーティメンバーなら当然のように持っている、フェイトだっていつの間にか身につけていた「気配を読む」という芸当が。彼女には、できないから。
びっくりしたソフィアのそのびっくりを読んだのか、彼がふっと微笑んで。そっと肩を包んだと思ったら、ぐっと引き寄せられた。
夜が早いサーフェリオの宵闇の下、二つの月が二つの影をつくる幻想の世界に。
水辺に腰を降ろしたソフィアと、その肩を抱くフェイトは。しばらくじっと、思い思いの方を向いてそれぞれ何かを考えていて。
「……さっきの、何の歌だっけ?」
「え? ええと……なんて歌だったかな。曲名忘れちゃった」
知っているのに、覚えているのに出てこないから。訊ねてみたら無邪気に小首を傾げて、そんなソフィアにフェイトは苦笑する。
女子高生をやっていたソフィアは、女子高生のたしなみとしてはやりの歌に強い。新曲が出るたびそれがヒットチャートに上るたび、どこかで練習でもしているのか、気が付けばそこそこ上手に歌えるようになっている。
先ほど彼が聞いたのも、そうして彼を引き寄せたのも確かそんな曲だった。
彼女の高い声で、まるでささやくように歌が聞こえた。聞き覚えはあるけれどフェイトはそれほどはっきり覚えているわけではない、数年経てばすっかり過去の曲になる、そんな曲だったと思う。ただ、それを歌っているのは幼馴染の少女しかいないと思ったから。その歌をもっと近くで、もっとはっきり聞きたいと思ったから。
「いつのだったっけ、あれ?」
「そんなに古い歌じゃないよ。……うん、昨年とかのかな」
何気なく世間話をして、ふと見上げた夜空に星が少ない。月が明るいにしても、この時間この星ならまるで宝石箱を覗き込んだみたいにきらきらしているはずなのに。まるできらきらと宝石が散らばったその宝石箱の中に、誰かが掃除機をつっこんだみたいに。ところどころ虫食いにきらきらが少ない場所がある。それがいくつもある。
それだけ、この世界から星が人が消えたという証明で。
「……なんだか、嫌になってくるな。めげそうだ」
「え?」
さらに抱き寄せた細くやわらかい身体、倒れ込んできた愛しい人。ぼそりとつぶやいた瞬間胸を覆った冷たい氷が、彼女の体温でゆっくりとけていく。自分の言葉で不安になって、自分の行動でそれが消えていく。
――馬鹿みたいだ。
考えても、どうしようもなく思ってしまって。腕の中のソフィアが消えていかない、当たり前のそれだけが妙に安心する。馬鹿みたいな自分の馬鹿みたいなつぶやきを、けれど彼女なりに真面目に考えてくれる、それは。
それは、
「闘いが終わってさ、」
ぽつり、フェイトがつぶやいた。
最近フェイトの考えが読めなくて、読みにくくて。あの離れている間になんだかぽつぽつ単語でしゃべる癖を身につけてしまった幼馴染がなんだか切ない。
夜気に冷えた肩を温めてくれる手は、ずっと前から知っているとおりなのに。
知っているとおりだからこそ、なおさら切ない。
「闘いが、終わったらさ、」
「うん」
きっとしゃべりながらいろいろ考えているのだと思う。思うから、切ない気持ちをぐっと我慢してソフィアはうなずく。
――フェイトが何を言いたいのか考えているのか、切ない以上に知りたい。
――聞いて理解できたなら、この切ない気持ちも消えてくれると思う。
「地球……あいつらにぼろぼろにされただろ。ヒットチャートもはやりの歌も、だからしばらくおあずけかなあ」
「……フェイト、あんまり興味ないくせに」
「興味なくてもさ、買いものに行けば店に入れば嫌でも聞こえるしさ。中には良い曲だって思うのもあるよ。……曲名も歌っている人の名前も、知らないまますぐに聞けなくなるけどさ」
「それが嫌になって、めげそうになるの?」
「だって、ゲームなら止めれば「いつも」が広がってるわけだろ。当たり前だけどさ。でも、今回のこれはなんとか終わって地球に帰っても「いつも」がきっとないんだ」
「でも放っておいたら、」
「うん、分かってる」
聞いてみれば何ということもない、フェイトの言葉。肩を抱いていたはずの手がいつの間にか彼女の毛先をいじっていて、ぴこぴこ動くそれは顔を頬をくすぐっていて。わざとではない、無意識だと思うけれど、それがどうにもくすぐったい。
身をすくませればそこではじめて気が付いたように、きょとんとした碧が彼女を見る。
きょとんとして、その目と目が合って。
しばらくしたら、なんだかせり上がってくる笑いがどうにもこらえきれなくなって、真剣そのものだったフェイトの顔が笑いに緩んでいくのが面白くて。くすくす笑い出すソフィアがきっかけだったように、フェイトもやがて笑い出してそれがさらにおかしい。
歌。……そう、歌だ。
曲名は思い出せないままだけど、確かあれは冬の歌だった。星が違って文明も違って、暦がずれている上にここは南半球で。どうにも感覚がずれてしまうけれど、確か地球の今も冬のはずだ。
あの曲がはやったのが、去年の今。
来年の今、自分はどこで何をしているだろう。
――去年のソフィアのは「今」が続くと言うことができたけれど。
――「今」のソフィアには、これから先がどうなるかが分からない。
――分からなくて、逆になんだかわくわくする。
「ねえ、フェイト。今度はフェイトが歌ってよ」
「いや、僕は……ソフィアの歌の方が聞きたいなあ?」
「逃げてもダメなんだから。……何でも良いよ、童謡とかでもいい。フェイトの歌、久しぶりに聞きたい」
またフェイトの手が肩に回って、今度はソフィアから身をあずけてみる。甘えるようにささやけば、困った顔が中をにらんで、逃げたそうな顔が宙をにらんで、
そして歌声は、高く遠く空に。
とけて儚く消えていく。
見えない未来がなんだか嬉しくて、
一緒に合わせて歌いながら、ソフィアの口元は笑みのかたちに緩んでいる。
