瞬くごとに色を位置を変える光は。
その、光は。
「あ、アルベルさん……!? あ、の……っ」
あわてた声が、なんだか息たえだえな声が上がって。ちらりと見れば予想通り、声どおりの顔があって。
アルベルは、ひとつ舌打ちをした。
舌打ちをして、少し考えて。つい周囲の気配を探ってから、無造作に手を差し出す。
――歩調を気にしないで歩けば、気が付けば少女を置いてきぼりにしていることを最近知った。
――ことあるごとに脆い身体がどうにも気にかかって、それが「心配」だということを最近知った。
今まではどうでも良かった、知ろうとも思わなかったそんなことを。少女と関わりはじめてから、勝手にいろいろ覚えていく自分がなんだか変だと思う。
それは、戸惑いはあるものの。
不快ではないことがなんだか変だと思う。
娯楽都市、ジェミティ。夜ともなればそこかしこにまばゆい光が灯ってきらきらまたたいて、不夜城ジェミティに変わる町。
正直、アルベルには不快でしかない、とにかく落ち着かない町だけれど。
今、一行はここにいて。
無言で背後に伸ばした手に、やわらかい感触が生まれた。
目で確認するのがひどく気恥ずかしくて、ただ前を、進行方向を見るしかできないアルベルだけれど。今振り返ったなら、戸惑いながらもはにかんだ、けれどどうにも浮かぶ嬉しさで顔をほころばせたソフィアを見ることができると確信している。
確信しているから、やはりどうにも気恥ずかしいから背後を見ないで。アルベルはソフィアを連れて、ただ先へ、先へと急ぐ。
――別に急ぐ必要はないと分かっていたけれど。
――そうでもしないと、時間を稼ぐことすらできなくて。
あの時火傷を負った左腕は感覚すべてがひどく遠いままで、右手なら腕そのものよりも自在に操ることのできる刀を、振るえない。それなのに自由な右手をわざわざふさいで、自分からそんなことをしようとする自分がいつもながら変だとまたひとつ思う。
今まで絶対だった「力」をないがしろにして、「女」を取った自分が信じられないとまたひとつ思う。
思うけれど、それでもそれが間違っているとは思わなくて。
手をつなぐ、たったそれだけを信じられないほど喜ぶ少女が、その少女がこの手にあることが。それがやけに誇らしくて。
「あの、アルベルさん……っ、どこ、へ、向かっているんですか……!?」
「……着きゃ分かる」
早足の彼になかば引きずられながら上がった声に、答えたくないわけではなくて答えることができなくて。返事に困ったあげく無愛想に返して、やわらかなものを握る手にほんの少しだけ力を込めた。
やわらかいものは、やわらかすぎて。いつも力の入れ加減が分からない。
分からないからいつも恐々そうしている彼に気付いているのかいないのか、そのやわらかなものが応えるようにきゅっと力を込めてきて。
それがくすぐったくて、けれど心が騒いだ。
ジェミティ。FD界の、都市のひとつ。
どうやらすべてが分かるわけではないようだけれど、ソフィアたち星の船からやってきた人間は、たぶん自分よりも多くのことを知っている。アルベルには見たことも想像したこともない物体を、何をする道具なのか瞬時に見極めて、それほど苦労することなく自在に操る。
だから逆の立場ならあれこれ説明できるかもしれないけれど、
アルベルには分からないから、自分が向かう先にあるものを説明する言葉を持たない。
説明できるだけのことを知らない。
ただ、いつの間にか誰よりも大切になっていたこの少女を、そこに連れて行きたかった。そこにあるものを説明できないけれど、知識も足りないしそういえば性格的にも説明できないけれど。
連れて行って、それを見せて。喜んでくれたら良いと思う。
自分勝手に、そう思って、
ぎゅっとつないだ手に力がこもって、思わず反射的に握り返したら。まるであわてたように、こもった力が抜けてしまった。それが残念だと思うことさえ、こうも力強く引っ張られているとなかなか難しい。
歩調も歩幅もまるで違う上、さらに早足になったアルベルに追いつくことは大変で。ソフィアは必死に脚を動かすけれど、やはりなかなか追いつくことができない。
それでもアルベルを呼び止めることは、なんだかはばかられて。
一生懸命、まるで走るように脚を動かしながら。ソフィアはぐいと彼女を引っ張っていくアルベルを、そっとそっとうかがう。
――細身なのに、大きな身体。少しだけ早めの体温。
――つないだてのひらも、その皮もなんだか自分とはまるで違ってなんだかかたい。
――かたくてごつごつしていて、それはなんだか不思議だと思う。
うかがい見た整った顔は、無表情だったけれど。出会ってからずっと彼を見ていたソフィアには、そんなアルベルがなんだか焦っているように見えた。
考えてみれば、ソフィアと一緒にいるときのアルベルはいつも何か困ったようだったり悩んでいるようだったり迷っているようだったり。生まれ育った世界が違うために常識の壁が高く厚く立ちはだかっていて、きっとそれをどうしようかいちいち身構えているのかもしれない。
それは、淋しくて。けれど逆になんだか嬉しくて。
追い付くことができない、声を上げる余裕もない。
それでもつないだ手は離れないから、彼が引っ張ってくれるから。足手まといでしかないソフィアを、アルベルが見放さない証明のようだから。手をわずらわせている罪悪感はあるけれど、その分かまってもらえることが嬉しくて。面倒くさそうではあるものの、きっと嫌がってはいないアルベルを分かった気持ちになれば、それはとても嬉しくて。
――このまま、この時が続いてくれないだろうか。
――こうして手をつないでいてくれないだろうか。
――彼女に、アルベルを独占させてくれないだろうか。
――それはやはり、許されないことなのだろうか。
思考は泡のようにはじける。はじけて消えて、追い付こうと必死で余裕のないソフィアには、自分が何を考えているのかなかなか把握できない。
――どこへ向かおうとしているのか、それはどうでもいい。
――ただずっと、このままが続いてくれればそれでいい。
思っていたソフィアが、しかし、どん、とアルベルの身体にぶつかった。息を弾ませてあわてて顔を上げれば。いとおしいものを見るような、悔しそうな獰猛なやさしい激しいやわらかい。矛盾する印象を抱かせる笑みを、アルベルは浮かべていて。
行儀悪く、その彼が顎で指したものをあわてて見てみれば。
そこには光が絵を描いていた。
――イルミネーション。
夜だけの主役が光の絵を描いていて、それがどんどん流れていく。
瞬くごとに色を位置を変える光は。
その、光は。
――ソフィアのようだ、とアルベルが思って。
――アルベルのようだ、とソフィアが思う。
美しいものの代名詞のように、きっとそういう意味で自分でもよく分からない感想を抱いて。
二人とも、ただ無言で。
じわりといまだ握ったままの手に力がこもっては、あわてたようにその力がすぐに消えていく。何度も何度も、それをくり返す。
「きれい……」
うっとりささやいたソフィアが、さりげなく何気なくアルベルに半歩近付いた。
逃げるわけにもいかなくて、気付いていながらそんなソフィアに気付かないふりをするアルベルに。果たしてソフィアは気付いているのかいないのか。
――イルミネーションの光が流れていく。
――二人をつなぐ互いの手は、いつまでもつながったまま、
――離れない。
