――どこまでもやさしく、大切に。
――ここまで大切に、抱きしめられたなら。

―― 抱歉 [抱きしめる]

確かに、思い返してみればずいぶん無理を重ねていたかもしれない。
戦闘ではいつも先陣をきっていたし。闘い方の関係から再接近距離からの攻撃よりは、周囲を飛んで跳ねてそうして敵の隙をうかがっていたけれど。とにかくほぼ連戦していたし。そうして戦闘が終わって、負った怪我はいつだって大したことがなかったから、アイテムやあるいは精神力を温存するためにちょっとした応急処置でしのいでいたし。むしろ彼女の方から進んで、ひどい怪我を負った仲間たちを術で癒していたし。
確かに、思い返してみればずいぶん無茶をしたものだと思う。
減った体力を回復させようにも、どうにも性分でゆっくり休んだりしなかった。誰より遅く眠りに就いて、見張り役を信用していないわけでもないけれど、ちょっとした物音でいちいち起きては周囲を確認して。そもそも誰かの前で寝ることは苦手だから、パーティ単位で、仲間たちと行動している以上本当の睡眠を取ったことは一回もなかったのかもしれない。
思い返してみれば、確かに、こうなったのも仕方がないかなと思い当たるフシがないわけでは、ない。
戦闘だけではなく睡眠だけではなく、その他雑用も買って出た。シーハーツ国内の町や村についたときは、クリムゾンブレイドの仕事だってちゃんとこなした。
無理や無茶だとは一度だって思わなかった。

――だって、本当にそう思っていたんだ。

◇◆◇◆◇◆

「うー……」
重ったるい頭、ぼんやりする意識でネルは低くうめいた。山ほど重ねられた掛布のせいもあるけれど、身体が重くて関節が何だか痛んで、まともに身体さえ起こすことができない。
鼻がつまっていて呼吸さえ何だか息苦しいし、喉は変に渇いてかすかすして痛い。
ぼんやり開いた目は実際何もまともに像を結んでいないし、熱くて寒くて視界がうるうるで、やはり思考がまとまってくれない。
まごうことなく、風邪の症状だ。

――先を急がなくちゃならないのに。
――こんなところでのびている暇なんてないのに。
――誰にも迷惑をかけたくなんてないのに。
――誰かの足を引っ張りたくなんか、死んでもしたくないのに。
――誰かに甘えてなんか、いられないのに。

思うのに、思っただけで病気が回復するなら、きっとこの世に重病人なんていない。分かっていて、でもどうにも焦って。気ばかり焦って、けれど実際は指先一本すらまともに動かせない。

◇◆◇◆◇◆

昨日の朝から、そういえば調子がおかしかった。
その昨日一日はなんとかしのいで、けれど今朝目を醒ましたときにはもう動けなくなっていた。
誰より朝の速い彼女が起きてこなくて、いっそパーティメンバー全員が寝坊して。ネルさん珍しいですね、寝坊ですか? の声に、まともに返事さえできなかった。

◇◆◇◆◇◆

「ネルさん、調子はいかがですか?」
ひょい、覗き込まれて黙って首を横に振る。回った視界にくらくらして、けれど喉が痛くてまともに声が出せない今、他に反応のしようがない。
「あー……まだつらそうですね。水……いや、ジュース飲みますか?」
――うん、のどがかわいたよ。
こくりとうなずけば、
心配そうにのぞき混んでいた顔が、ぱっと明るくなった。ひょいっと一瞬顔が引っ込んで、そしてすぐにまた生える。
「リンゴしぼってきました。ちょっと喉にしみるかもしれませんけど、少しあっためておいたし、平気かな」
――どうだろうね?
この熱できっと舌が馬鹿になっているだろうから、美味しいとも不味いとも多分言えない。それが何だか申しわけない。

そんなことをぼんやり思うネルは、気が付けば上半身起こされていて。器からして十分にあたたかいものが、かさかさに乾いた唇に触れる。ゆっくり、口の中にふわりとした感触が広がる。
――うん、美味しい。
「無理しなくていいですよ。のど、つらかったら言ってくださいね」
――大丈夫だよ、平気だからさ。
「平気って、今この状況で言われてもまるで説得力ないですよ。
ええと、これ飲んだらどうしますか? 服をかえるなら、ソフィアとか呼んできますけど」
――ん、たぶんこのままでいいよ。みんな忙しいだろう? あたしに煩わせてる場合じゃないしね。
「ネルさん、自分を軽視する癖、どうにかしてください。というか、病気のときくらい甘えてください。
これだって、もっと早く体調が変だとかなんとか言ってくれれば、早めにゆっくり休んでもらったのに。それで予防できたのに」
――うん、そうだね。悪かったよ。
「本当に、分かっていますか?」
覗き込んだ彼が、ちょっとすねたように怒っている。分かっているよ、とネルは何度も目でうなずく。

◇◆◇◆◇◆

起こされた上半身、やがて飲み終わって空になったカップが離れて、ゆっくりと遠ざけられた。だるい身体で改めて横になろうとしたら、ゆっくりと、先ほどまで彼女の身体を支えていたものに、今度は包み込まれる。
いつもならもっとずっと熱い、今はネルの方が風邪で体温の上昇しているためにそうでもない、自分ではないヒトの体温に包み込まれる。

「無理、しないでください……」
――うん。
伏せられた彼の顔が見えない。うめくような、むしろ今のネルよりもつらそうな声に恐る恐るうなずいたなら。身体に回った腕に、彼女の恐る恐るよりもずっとへっぴり腰に、じわじわと力がこもる。
――うん、ごめんねフェイト。
――すぐに、こんなの治すからさ。
「自分で何でもしようとしないでください、僕にも何かさせてください」

――どこまでもやさしく、大切に。
――ここまで大切に、抱きしめられたなら。

言おうとしていたことが、思考が、けれど真っ白になった。
かああっ、きっと風邪のためではない熱が顔に上る。頭が沸騰する。
思い返しても一体どこにぐっときたのか分からない、こんなにゆだった頭ではそもそもそんなもの分かりようがないけれど。

嬉しいと言うよりは、気恥ずかしくて。
申しわけないと言う気持ちではなく、何だかいたたまれなくなって。

◇◆◇◆◇◆

「……ネルさん?」
遠く、フェイトの声が聞こえる。

けれどネルの意識は、とうに限界に達して深く暗いどこかに、沈んでいる。
嬉しいけれど、幸せだけれど。

その「幸せゲージ」に耐え切れなくなったネルの脳は、

とうにショートしている。

―― End ――
2006/01/04UP
抱きしめる / 好きだから5のお題_so3CP混合_
OFP
中国語・無断転載禁止 ハングル・無断転載禁止
抱歉 [抱きしめる]
[最終修正 - 2024/06/14-16:00]