――愛しているよ、の言葉が。
――あまりに自然すぎて、とても遠くて。
白い石組みの広い空間、窓という窓にはたぶんこの国の神話をかたどったステンドグラス。この城のいたるところを流れている清らかな水が、この部屋では滝になっていて。さあああっ、水音と、立ち上る淡いカーテンはいつでもひるがえっていて二度と同じ形を取ることがなくて。
重厚だけれど決して威圧的ではない不思議で荘厳な雰囲気。
アペリス教の総本山――聖王都シランド、シランド城は礼拝の間。
何度訪れてもここは、来るたびに新しい発見がある。
ぴんと背筋を伸ばしてきりっと前を見て。まるで憧れの、あの青髪の女参謀に近付くことができるような気がする。もしくは同じく憧れの、あの赤毛の女隠密に。
少しでも、近付くことができるような気がする。
「ふわぁ……っ」
「ソフィア、好きだろ? こういう場所」
はじめて連れて来られたとき、別に彼の手柄というわけでもないけれど、何となく自慢そうに言うフェイトにうんうんと激しくうなずいた。
ここは代々女王の国と聞いた、そのせいだろうか。この国にあるすべてのものはどこかまろくてやさしくてでもどこか華やかで、彼女の好みぴったりで。
この礼拝の間は、中でも群を抜いていて。
「きれい……すてき……!」
「はは、ソフィアならきっとそう言うと思ったよ」
本当はあちこちぱたぱた見て回りたいのに、それさえ躊躇してしまう凛とした空気。きれいすぎて気後れしてしまう、けれどきれいすぎて気持ちを、魂を向けずにはいられない。
心があらわれるような、とはたぶんこういう気持ちなのだと思った。
ぽかんと間抜けに口を開けて、ただ魅入っていたソフィアは。そして、ここに彼女を案内した青年にぎゅっと抱きしめられる。
まるで耳に口付けるような至近距離でうっとりするほど優しく。
甘い言葉をもらう。
「……はあ……」
――そして、今のソフィアの口から漏れたのは重い息。過去を思い出してうっとり吐いた息ではなくて、どうにも重くてやりきれないような、そんなため息。
――あの時もらったのは、甘い甘い愛の言葉で。
――思わずうっとりなったけれど、今でもうっとりしてしまうけれど。
――それでも、
「……日に何度も口にするような言葉じゃ、ないと思うのよ」
誰もいないから暗い声でぼそっとつぶやいて、ソフィアは再び息を吐く。
言われて嬉しくない言葉ではない、むしろ言われるたびに舞い上がってしまう言葉だけれど。でも、だからといってことあるごとに、まるで挨拶のように聞く言葉ではない。
それでは何かが違うと思う。
――おはよう、ソフィア。愛してるよ。
――うん、美味しいよ。愛してる、ソフィア。
――これは僕が片付けるから、ソフィアは休んでてよ、愛しい恋人にそんなことさせてられないよ。
――ソフィア、何だかハンバーグが食べたいんだ。え? 作ってくれる?? ありがとソフィア、愛してるよ。
――おやすみ、ソフィア。良い夢が見られますように。明日も愛しいソフィアが僕の前にいてくれますように。
別に間違っていないとは思わないけれど、やさしく嬉しそうに言われることは幸せだけれど。でも、何かが違うと思う。
別に価値が薄くなるわけではないけれど、でも何かが違うと思うのだ。
「ああ、ソフィア。やっぱりここにいたんだ」
「……フェイト」
しゃん、もうすっかり慣れた鎧の音がして。顔だけ振り向いたら、当のフェイトがにっこり笑顔でそこにいて。当然のように伸びてきた腕がやさしくソフィアを抱きしめて、
いつもの言葉が、ささやかれる。
「……フェイト」
「うん? どうした、ソフィア??」
「本当の本当に、わたしのこと、好き?」
「――……え?」
すっと抜けた腕の力に、そこから抜け出して上目遣いに彼を見る。きょとんとした顔はまるで想定外のことを訊ねられたときのそれで、前フリのない唐突な質問に後ろめたさからわたわたしているのとは違う、けれど。
「いつも言ってるじゃないか。今だって。……ひょっとして、疑ってるのかい?」
「だって、あっさり言うんだもん」
ふくれてみせても、分かっていない顔。ただ、離れようとするソフィアを許さないように、一度はほどけた彼の腕が、また身体に回る。
「好きだよ、愛してる。ソフィアだけだよ?」
「……」
一度疑いはじめたらどうしても、どうしてもどこか信じられない。ずっとずっと一緒に育って、この間しばらく離れていたにしろ、彼の嘘は全部見抜く自信があるけれど。それでも、どうにも信じられない。
疑っているわけではない、彼の愛を疑っているわけではないのだ、でも何か、
「……ぁ、っ、」
むぅっと膨れたままの彼女の細い顎が、次の瞬間さらわれていた。くいっと上向かされて、え、と思った時には、
「信じてほしいな、本当にソフィアだけなんだ。愛してる。一生に一度の恋だよ、ソフィアだけが大切なんだ」
荘厳な礼拝の間、神に誓って、と続けそうなフェイト。真面目で真剣な顔はからかいとか冗談ではなくて、そのまま結婚の誓いさえ立ててしまいそうなほど。
でも、それでも。逆に、だからこそ。
――愛しているよ、の言葉が。
――あまりに自然すぎて、とても遠くて。
――でも、言われると嬉しい、その気持ちは本物だから。
――だからどうしても、悔しくて仕方ない。
「フェイトのばか!」
「????」
真っ赤になって大きな声を上げたソフィアに、フェイトがきょとんと首をかしげた。押し退けようとするか細い力はまるで役に立たなくて、
「――ソフィア?」
やっぱり分かってくれない碧が、まっすぐまっすぐソフィアを見ている。
